公開日:2021年12月18日

「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展、東京会場が12月18日より開幕。大英図書館所蔵の書籍や資料などを公開

魔法薬学、錬金術、呪文学、占い学……ハリー・ポッターの世界を彩る魔法の歴史を、貴重な資料や直筆原稿などで辿る

会場風景より、ジム・ケイ《クィディッチをするハリー・ポッターとドラコ・マルフォイの習 作》(ブルームズベリー社蔵)、「オルガ・ハントの箒」(魔術・魔法博物館蔵)

12月18日~2022年3月27日、東京ステーションギャラリー「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展が開催される。『ハリー・ポッターと賢者の石』の出版20周年を記念する本展は、世界的人気を誇る「ハリー・ポッター」シリーズの背景にある、イギリスをはじめ世界各国に伝わる魔法や呪文、占いなどに関する文化や歴史を紹介する。大英図書館が2017年に企画・開催した展覧会「Harry Potter: A History of Magic」の国際巡回展であり、同作の映画シリーズにまつわる資料展というよりも、原作の世界を大英図書館が所蔵する貴重な資料とともにひもとくことを主眼としている。

ハリーが学んだホグワーツ魔法魔術学校の科目に沿って、「魔法薬学」「錬金術」「天文学」などの10章で構成され 、科学が現在ほど発達していなかった時代の人々が信じた魔法や魔術の記録が展示される。

会場風景より

1990年6月、マンチェスターからロンドンへ向かう列車で、無名の作家J.K.ローリングがひらめいたアイデア。そこから5年間に計7冊の「ハリー・ポッター」シリーズが執筆され、やがて世界中で愛されるベストセラーとなった。日本では松岡佑子訳にて1999年に出版。

「第1章 旅(The Journey)」では、イギリスでの出版のきっかけとなった8歳の読者の感想文や、イラスト版「ハリー・ポッター」を描いたジム・ケイの原画などが展示され、「ハリー・ポッター」の世界へと鑑賞者を誘う。

ジム・ケイ 『ハリー・ポッターと賢者の石』の9と3/4番線の習作 ブルームズベリー社蔵  © Bloomsbury Publishing Plc 2015

展示風景より、ジム・ケイ《アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア 教授の肖像》と《ミネルバ・マクゴナガル教授の肖像》(ともにブルームズベリー社蔵)

「第2章 魔法薬学(Potions)」では、ホグワーツ魔法魔術学校においても必修科目だった魔法薬学にフォーカス。薬に関わる古今の記録が紹介される。魔術において、薬作りは欠かせない技術。薬は病気を治すだけでなく、人間の外見を変えたり、恋心を引き起こしたりすることもできると考えられていた。

会場風景より、「外科医用の写本に描かれた薬問屋」(フランス、14世紀、大英図書館蔵)
会場風景より、「破裂した大鍋」(20世紀、魔術・魔法博物館蔵)
ヤコブ・マイデンバッハ『健康の庭』(1491) 大英図書館蔵 © British Library Board

「ハリー・ポッター」シリーズ第1作に登場する「賢者の石」は、永遠の命を与える「命の水」を生成することができると信じられ、中世ヨーロッパの錬金術師がその獲得に奮闘した。

「第3章 錬金術(Alchemy)」では、この卑金属を人工的手段により貴金属に転換する錬金術に関する資料を展示。なかでも展示室中央に置かれた4メートルもある希少な巻物『リプリー・スクロール』は、16世紀のイングランドで賢者の石の作り方が記されたという興味深い資料だ。また歴史上、もっとも美麗な錬金術解説書と言われる書籍『太陽の輝き』なども展示される。

会場風景より、ジェームズ・スタンディッシュ『リプリー・スクロール』(イングランド、16世紀、大英図書館蔵)

「ハリー・ポッター」読者には、「マンドレイク」と言えばお馴染みだろう。引き抜くと叫び声をあげると伝えられる、人型に似た植物「マンドレイク」、そして「ヘレボルス」「ハナハッカ」などの薬草が魔法薬の材料として本作に登場するが、これらはいずれも実在する植物。「第4章 薬草学(Herbology)」ではこういった薬草にまつわる記録や絵画などを見ることができる。

会場風景より。右がマンドレイクの収穫が描かれたジョヴァンニ・カダモスト『図説薬草書』(イタリアまたはドイツ、15世紀、大英図書館蔵)、左が雄と雌のマンドレイクが描かれた『薬物誌(医薬の材料の書)』(バグダッド、14世紀、大英図書館蔵)
「薬草書」(15世紀) 大英図書館蔵 © British Library Board

「アブラカダブラ」という誰でも知っている魔法の言葉。この呪文に初めて言及したとされる『医学の書』など、呪文に関する文献や、魔女に関するアイテムを紹介するのが「第5章 呪文学(Charms)」

会場風景より、中央が「アブラカタブラ」の呪文が記載された最古の本であるクイントゥス・セレヌス・サンモニクス『医学の書』 (カンタベリー、13世紀 大英図書館蔵)
会場風景より、「恋愛成就のお守り」(オランダ、20世紀、魔術・魔法博物館蔵)「ルーン文字が刻まれた枝角の円盤」(魔術・魔法博物館蔵)と、J.K.ローリング「『毛だらけ心臓の魔法戦士』の草稿」 (J.K.ローリング蔵)

魔女につきものであるとされる箒や、本作に登場する魔法界のスポーツ「クィディッチ」についての展示も楽しめる。

会場風景より、ジム・ケイ《クィディッチをするハリー・ポッターとドラコ・マルフォイの習 作》(ブルームズベリー社蔵)、「オルガ・ハントの箒」(魔術・魔法博物館蔵)、ジム・ケイ《羽の生えた鍵の習作》(ブルームズベリー社蔵)

「第6章 天文学(Astronomy)」では、天文学で用いられた天球儀や、レオナルド・ダ・ヴィンチが40年にわたって取り組んできた科学的考察を書き綴った手稿などを展示。
天文学はホグワーツ魔法魔術学校の必修科目であり、物語には「ルーナ・ラブグッド」や「シリウス・ブラック」など、月や星に関わる名前が付けられている人物も登場する。

会場風景より、ヨハン・ガブリエル・ドッペルマイヤー「天球儀」( ニュルンベルク、1728、大英図書館蔵)とジェームズ・シモンズ、マルビー&カンパニー製「大太陽系儀」( ロンドン、1842、国立海事博物館(ロンドン)蔵)

「ハリー・ポッター」シリーズでは、「闇の帝王を倒す力を持つ男の子が7月の終わりに生まれる」という予言が、物語を通じて重要な役割を果たす。「第7章 占い学(Divination)」では、水晶占い、手相占い、タロットや茶葉占いなど、世界の異なる地域で行われていた様々な占いに関する資料が展示される。

会場風景より、右手前が『奇跡!!!過去、現在、未来 著名なマザー・シプトンによる不思議な予言と 非凡な予測』(ロンドン、1797、大英図書館蔵)と「水晶玉と台」( 19-20世紀、魔術・魔法博物館蔵)、中央がジム・ケイ《シビル・トレローニー教授の肖像》(ブルームズベリー社蔵)
会場風景より、『奇跡!!!過去、現在、未来 著名なマザー・シプトンによる不思議な予言と 非凡な予測』(ロンドン、1797、大英図書館蔵)と「水晶玉と台」( 19-20世紀、魔術・魔法博物館蔵)
会場風景より、「手相模型」(魔術・魔法博物館蔵)と『古代エジプト占い師最後の遺産』 (ロンドン、1775、大英図書館蔵)

「ハリー・ポッター」の世界での究極の悪とは、最悪の場合は人殺しのために「許されざる呪文」を使うこととされている。魔法は世界の多くの文化において、邪悪な力に対抗する盾として使用されてきた。「第8章 闇の魔術に対する防衛術(Defence Against the Dark Arts)」では、世界各地で忌み嫌われていた生物や、それに対抗する魔除けの方法を記した世界各地の資料を紹介。たとえば、ホグワーツ魔法魔術学校の授業でもスネイプ先生やルーピン先生が生徒たちに紹介した狼人間、河童といった闇の生物から身を守るものとして、魔除けのお守りや呪文などが生まれたという。

会場風景より、正面はジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《魔法円》(1886、キャンバスに油彩、テート蔵)、ジム・ケイ《ハリー・ポッターとバジリスクの習作》(ブルームズベリー社蔵)
会場風景より、左が《ヘビのステッキ》(1998、魔術・魔法博物館蔵)

英国の世紀末美術を代表する画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの《人魚》(1900)と、日本の寺に伝わる「人魚ミイラ」が並ぶユニークな展示が見られる「第9章 魔法生物飼育学(Care of Magical Creatures)」

会場風景より、左がジョン・ウィリアム・ウォーターハウス《人魚》(1900、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ蔵)、右が「人魚ミイラ」(日本、1682年寄贈(?) 瑞龍寺(通称 鉄眼寺)蔵)

中世の寓話集や近世の博物学の本などに登場するユニコーン(一角獣)やフェニックス(不死鳥)、ドラゴン、スフィンクスといった想像上の生物の存在は、魔法の世界において魅力的な要素だ。『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』では、主人公ニュート・スキャマンダーが魔法動物学者になっている。

会場風景より、ジョン・グールド『ヨーロッパの鳥類』 (ロンドン、1837、大英図書館蔵)

「第10章 過去、現在、未来(Past, Present, Future)」では、「ハリー・ポッター」シリーズ発刊からの20年間を振り返り、様々な言語に翻訳された書籍や、大人になったハリーの姿を描いた舞台劇『ハリー・ポッターと呪いの子』の衣装を展示。いまも広がり続ける「ハリー・ポッター」の世界を紹介する。

会場風景より、世界中の「ハリー・ポッター」小説 (1997-2017)
会場風景より、佐竹美保による《『ハリー・ポッターと賢者の石』表紙絵》《『ハリー・ポッターと秘密の部屋』表紙絵》《『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』表紙絵》(いずれも2017年頃、 静山社蔵)
会場風景より、「映画『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』のJ.K.ローリングの注 釈付きシナリオ」(J.K.ローリング蔵)
会場風景より、「ソニア・フリードマン、コリン・カレンダー、ハリー・ポッター劇団による 『ハリー・ポッターと呪いの子』ロンドン劇団のオリジナル衣装」 『ハリー・ポッターと呪いの子』(ウエスト・エンド・プロダクション蔵)

最後に、本展の内容と直接的には関わらないが、原作者J・K・ローリングが近年度々トランスジェンダーに関して発言し、その差別的な内容が批判され、議論が起きていることもここに記しておきたい。一連のJ・K・ローリングの発言に対して、映画に出演したダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン、ルパート・グリント、エディ・レッドメインといった俳優らも、賛同しない立場を表明している。また世界中の「ハリー・ポッター」シリーズのファンからも、ローリングの発言に対して悲しむ気持ちや批判がインターネット上を中心に数多く発信されている。

作品を愛したりその価値を認めることと、そこに書かれた内容や作者自身の言動を批判的に問い直すことは両立する。本シリーズが今後も愛され広がっていくうえで、トランスジェンダーをはじめとするマイノリティの人々の尊厳と安全について、日本でもより理解が深まることを願う。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。