通り過ぎた場所へ、もう一度——「櫃田伸也-通り過ぎた風景」(豊田市美術館)レビュー(文:長谷川祐子)

半世紀以上にわたり「通り過ぎた風景」を描いてきた櫃田伸也。豊田市美術館で開催中の個展では、油彩画と制作の手がかりとなったスクラップが同じ空間に並ぶ。記憶や場所、異なる時間を1枚の画面につなぐ櫃田の風景画は、何を映し出すのか。美術史家・キュレーターの長谷川祐子が、展示構成や作品を手がかりに論じる。(撮影:怡土鉄夫)

展示風景

...

絵画が「はらっぱ」に置かれるとき

豊田市美術館の「櫃田伸也-通り過ぎた風景」の展示室に入ると、まず白い木製の架台が目に入る。工場の資材置き場を思わせる簡素な木製の棚が、広い空間を緩やかに仕切りながら連なっている。そこにもたれかけるように立てかけられているのは、合板を背景にした大小様々な油彩画だ。壁に掛けられた作品もあれば、床に直置きされたものもある。架台の棚の上には、画集、雑誌の切り抜き、自分で撮影したスナップ写真、展覧会のカタログ、メモ用紙に書かれたスケッチ──制作の参考に集めた無数のスクラップが並べられている。絵画を仕上げられた作品として壁に固定するのではなく、動的なもの、つねに他のイメージと関係しながら存在するものとして扱う。それが、半世紀以上にわたり「通り過ぎた風景」を描き続けてきた画家、櫃田伸也の個展における基本的な姿勢である。

白い木製の架台と合板のパネルによって構成された「櫃田伸也-通り過ぎた風景」の展示風景。作品は壁面だけでなく、架台に立てかけるように配置されている
架台には油彩画とともに、画集や雑誌の切り抜き、スナップ写真、展覧会カタログ、スケッチなど、櫃田が制作の参考にしてきた資料が並ぶ
架台のあいだを歩くことで、作品同士の重なりや距離は少しずつ変化する。鑑賞する位置によって、異なる絵画や資料がひとつの視界に入る展示構成となっている

この展示空間そのものが、ひとつの体験として深く印象に残る。固定された白壁に整然と掛けられた作品群ではなく、移動可能な合板のパネルと白い木製の架台によって構成された会場は、庭のような、あるいは「はらっぱ」のような自由な佇まいをもっている。観者はその間をぬって歩き、ある絵画の前で立ち止まり、また別の絵画へと移動する。立ち位置によって作品の見え方が変わり、架台の向こうに別の絵が覗き、棚に積まれたスクラップが視野の端に入ってくる。美術館という「鑑賞の装置」が半ば解体され、絵画がより日常に近い、偶発的な出会いの場に投げ出されている。ここは完成した作品を静粛に仰ぎ見る殿堂ではなく、思考と感覚が流動しながら出会いを繰り返す、開かれた空き地だ。

...