見えないものを可視化し、残せない音に耳をすます──Daichi Yamamotoと見る、「ICC アニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる」

現代のメディア環境における多様な表現を紹介する長期展示「ICC アニュアル」。ロンドンでインタラクティブ・アートを学んだ経験もあるラッパー/ミュージシャンのDaichi Yamamotoが鑑賞した(撮影:西田香織[*を除く]) 構成:中島晴矢)

Daichi Yamamoto。「ICC アニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる」(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])の入口で

「どの作品もワクワクしながら見ました」

NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]では、メディア・アートを中心に、現代のメディア環境における多様な表現を紹介する長期展示「ICC アニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる」が11月8日まで開催されている。今回のテーマは、歴史と技術、メディアの関係だ。

本展を訪れたのは、ラッパー/ミュージシャンのDaichi Yamamoto。ロンドンでインタラクティブ・アートを学んだ経験を持ち、現在は主に楽曲制作やライブ・パフォーマンスを行っている。そんなDaichiは、未来に何かを残すことの価値をどう受け止めたのか。

ローサ・メンクマン「イメージ・リメインズ」(2026)を鑑賞する

「全体的に情報の伝え方や残し方がメインになっていて、いわゆる『データ』について考えられるところが面白かったですね。どの作品もワクワクしながら見ましたよ」とDaichiは語る。

現在、私たちは膨大な情報が生み出される環境のなかで暮らしている。毎日写真を撮り、動画をアップし、メッセージをやり取りする生活が日常だ。いっぽうで、私たちが日々接している情報は、SNSなどのアルゴリズムによって、何らかのかたちで選別されていることも事実である。

「そうした状況のなかで、どのような情報が『記録』として残されていくのか。そして、私たちはそれらをどのように未来へ受け渡していくことができるのか」と本展の学芸員は問いかける。

「作家たちは、歴史や記録、あるいは知覚やコミュニケーションのあり方について、音、映像、インスタレーションなど、様々な方法で作品を制作しています。私たちは何を見て、何を残し、それをどう受けとめ、未来へつなげていくのか。作品を通して、そうしたことを考えていただければ」(学芸員)

会場風景より、グレゴリー・バーサミアン《ジャグラー》(1997) *撮影:灰咲光那

映画フィルムと生成AIの素材=データ

冒頭に展示されているのは、台湾のアーティストであるウー・チーユーの「セルロイドの物語」シリーズだ。本作の主人公は、初期の映画フィルムに使用されていたセルロイドの原料、樟脳。台湾における映画フィルムと樟脳産業の歴史を結びつけながら、その背後にある植民地主義や資源開発について考えるインスタレーションだ。

ポイントは、現在のAIをめぐる状況も作品に組み込まれていること。昔の映画フィルムであれAIの生成したイメージであれ、「元になるデータ」はどこから来たのかを考える必要がある。そのデータのなかに映る人たちや、そこに存在していた人々の記憶は、どのように扱われているのか。

会場風景より、ウー・チーユーの展示風景 *撮影:灰咲光那

「過去の映画産業を支えていた構造が見えにくかったのと同じように、AIも背後には電力や資源、労働者といった、私たちから見えにくい状況があります。この作品は、過去の映像資料と現在の生成AIを重ねることで、『誰のものでもないデータ』として歴史や記憶が扱われることについて、問いを投げかけているんです」(学芸員)

「映画フィルムに使われるセルロイドの歴史を初めて知りました」とDaichi。「最近は制作にAIを使うクリエイターが増えていますが、自分のなかではまだしっくりきていない部分があります。でも、この活用の仕方はすごく面白い」

展示ケース内を注意深く眺め、「本物と勘違いしてしまいそうでもある」と笑う

実際に、本作では樹木がスーツを着たシュールなAI画像が、古びたファウンドフォトのようにプリントされ、インスタレーションのひとつの要素として展示されている。

「作品のメインではなく、あくまでサポートにAIが使われていますよね。でも、100年後にこの写真が出てきたら、『本当にこういう写真があったのか』って、みんな本物と勘違いしてしまいそうでもある(笑)。シリアスなテーマのなかにユーモアもあって、魅力的な作品だと思いました」(Daichi Yamamoto)

会場風景より、ウー・チーユー《セルロイドの物語:道(陳火泉『道』に寄せて)》(2025)

記録されなかった声に耳をすます

キム・ヨンウン「未来の聴取者へ」シリーズは、録音技術によって保存された声と、記録されなかった声の存在を問い直す作品だ。鍵となるアイテムは蝋管式蓄音機。100年以上前に普及した初期の蓄音機である。

会場風景より、キム・ヨンウンの展示風景 *撮影:灰咲光那

「かつて人類学者などが各地の音楽や人々の声を蝋管に録音しました。しかし、そこには『誰が何を価値があるものとして残すと決めたのか』という問題があります。たしかに録音された音は残りましたが、録音されなかった声は残っていません。つまり『記録を残す』という行為には、必ず何らかの選別がともなっているんです」(学芸員)

キムが題材にするのは、19世紀末に録音された朝鮮の伝統音楽「Love Song: Ar-ra-rang 1」。現代の音声編集ソフトを使ってノイズを取り除いていくと、歌そのものまでノイズと認識され削られてしまう。

いっぽう、作家自身がその同じ歌を歌い、それを昔ながらの方法で蝋管式蓄音機に録音した作品や、20世紀初頭に記録された移民の男性の歌声を、デジタル技術によって複数の女性の声へと変換する作品も。とくに後者は、移民の歴史が男性中心に語られてきたなかで、記録に残されなかった女性移民たちの存在を浮かび上がらせる。

「未来の聴取者へ」シリーズは、19世紀末に録音された朝鮮の伝統音楽「Love Song: Ar-ra-rang 1」を題材としている

「本来、音楽って録音するものじゃないところからスタートしているのかもしれませんね」とDaichiは語る。

「僕は録音物を作ることを仕事にしているので、自分の制作とは音に対するアプローチが全然違うなと感じます。もともと録音するために作られたわけではない音やメロディを、外部から来た人が録音する。はたしてそこにオリジナルの温度感は残っているのかな、とか考えて。ノイズとともに歌が消えていくのも印象的でした。僕はデジタルで作った音源をレコードやCDにプレスして、なるべく『残す』ことを目指してきました。でも、それが本当に当たり前の考え方なのかどうか、この作品を見ていると考えさせられますね」(Daichi Yamamoto)

音が呼び起こす「他者」の気配

ICCの「無響室」で体験するSUGAI KEN《「…ん!?」 -虚響室-》は、音の反射や反響がほとんどない特殊な空間で、実際には存在しない「誰かの気配」を作り出した。家鳴りのような音や人が歩く音を特殊な方法でバイノーラル録音し、それらを組み合わせて高精細なスピーカーで再生。多くの人が「怖い」と感じるかもしれない。

「脳がバグる」とDaichiは驚く。

《「…ん!?」 -虚響室-》は、まず受話器を耳に当てる行為を通して「耳を洗う」ところからスタートする

「持っていかれそうになる作品だなと思いましたね。目を閉じると本当に無意識の世界へ引っ張られていく感じがして、ずっと深呼吸していました。自分が歩いているような錯覚をするんですが、『いや、いま座ってる、座ってる』って意識し直すみたいな(笑)」(Daichi Yamamoto)

ほかにも、森永泰弘の《Auto-ethnography: HAMAKAI》は、ブラジル・アマゾンの奥地に住むアワ族のコミュニティに入り、儀式や狩りの音を録音した没入型のサウンド・インスタレーションだ。

リビングルームのような空間で作品を体験する

とはいえ、「森永さんはそれを単純に『少数民族の文化の記録』として提示しているわけではありません」と学芸員は語る。「本編では、父と娘の対話(メタローグ)という思考の形式が用いられています。文化人類学者やアーティストは他の文化を残すことに価値を置きますが、娘がそれを揺さぶることで、客観視を促す構造になっているんです」(学芸員)

「録音する側とされる側、それぞれの立場について考えさせられました」とDaichi。

作品のタイムラインが進むにつれ、空間は暗転していく

「もちろんフィールドワークでレコーディングするのは大事なことでしょうけど、アマゾンで生活している人たちは、そもそも『残す』という価値観で生活していないかもしれない。そうすると、別に残らなくてもいいものだって、世の中にはたくさんあるんじゃないのかなぁ。もちろん、本人に『残す』という意図がなくても、周りが残そうとしたことで残った貴重なものもたくさんある。僕は音源とライブという、残るものと残らないものを両方やってる意識があるので、そんなことを考えました」(Daichi Yamamoto)

コントロールできない世界を設計する

さらにローサ・メンクマンの「イメージ・リメインズ」と、グレゴリー・バーサミアンの《ジャグラー》を鑑賞する。

グリッチ・アートの分野で長く活動してきたローサ・メンクマンは、本作で哲学者ヴァルター・ベンヤミンの概念「歴史の天使」とパウル・クレーの絵画《新しい天使》をモチーフに、デジタル画像の処理技術をめぐる歴史と、2025年以降に《新しい天使》=「歴史の天使」をめぐる、ある出来事を参照して描いた。また、ICCコレクション作品のグレゴリー・バーサミアンの《ジャグラー》は、19世紀に発明された映像装置ゾートロープの仕組みを応用した、立体的な彫刻によるアニメーションだ。

会場風景より、ローサ・メンクマン「イメージ・リメインズ」(2026)
ローサ・メンクマン「イメージ・リメインズ」(2026)では、パウル・クレー《新しい天使》がベルリンのボーデ博物館で展示された際の写真が掲示されている
ICCから制作委嘱された《ジャグラー》は、ICCの開館直後から継続的に展示されてきた

「『イメージ・リメインズ』はいろんなイメージが畳みかけるように出てくるから、圧倒されて少し笑ってしまったくらい。《ジャグラー》は直球のアート作品という感じ。誰が見ても楽しめるし、ずっとここにいる守り神みたいに見えてきて、好きな作品ですね」(Daichi Yamamoto)

葉山嶺の《LYMENA》は、ゲームエンジンを使って制作された、森のような仮想世界を探索できる作品だ。大きな洞窟の内部には、100匹以上のコウモリが存在している。しかし、鑑賞者はそのコウモリをほとんど見ることができないのだという。

「作品が起動すると、コウモリが1匹だけ洞窟から外へ飛び出し、仮想世界のどこかを飛び回ります。でも、そのコウモリを見ることができる確率はかなり低い。『あることはわかっているけれど、中に入ることができない』洞窟や、『いることはわかっているけれど、必ず見ることができるわけではない』コウモリという存在がいる世界を、デジタル技術を用いて表現しているんですよ」(学芸員)

風景がリアルタイムにレンダリングされ、映し出される

「最初にパッと見ただけだと、どんな作品かわからなかったんですが、コウモリが存在していて、そのなかの1匹を見つけてみようと思うだけで、急に見え方が変わるのが面白いですね。映像を作るだけじゃなくて、映像で仮想世界そのものを作る方向に移行しているのも気になります。次のステップというか、この作家さん本人が表現したい世界は、ゲーム・プログラミングじゃないと表現できないんでしょうね」(Daichi Yamamoto)

展示室の裏の廊下には操作卓があり、鑑賞者はそこで空間を探索。その画面は展示室にも投影され、ほかの観客と共有される

小林椋は、変わった形態のキネティックな装置を制作してきたアーティストだ。本展の《通中帯・底筒器(もうひとつの飛翔あるいは落下のために)》は、文学者の稲垣足穂と発明家のエドウィン・リンクにインスピレーションを得た、「飛ぶこと、または落ちることを考えるための装置」。腹ばいのような姿勢で乗り、頭、胸、膝など身体の各部分を使いながら、機械の動きに合わせて姿勢を変えていく。

Daichiは「作品にあるアンコントロールな部分に惹かれますね」とうなずく。

会場では、実際に作家が作品を体験する様子を収めた映像も展示されている

「僕も自分の制作で、あえてコントロールを手放す瞬間があります。そういうときのほうが面白いものができる。とくにライブだと、何も考えられなくなるぐらい集中する瞬間があって、すべてが自分の意図から離れたときに、少しだけスピリチュアルな感覚を味わえます。『音楽で神とつながる』みたいな話を聞くたびに、こういうことを言ってるのかなと思いますね」(Daichi Yamamoto)

「見えないもの」を可視化するテクノロジー

すずえり(鈴木英倫子)+比嘉了《Resistance Array》は、世界各地で起こる市民運動と、SNSを通じた情報の伝播を題材にした作品。壁面には、SNSに投稿された情報同士のつながりを機械学習によって分析したネットワーク図が映し出され、その上をレーザーの光が移動する。

実際にレーザーを操ることができる

「作品が扱っているのは、とくに2019年の香港の民主化デモなどで用いられた『レーザー・プロテスト』です。デモの映像やレーザーの使い方がSNSを通じて世界に拡散され、それが別の地域の運動へと伝わっていきました。その広がり方を、SNS上の投稿のネットワークから可視化。作品名の《Resistance Array》には、電子部品である『抵抗アレイ』と、市民運動の『抵抗』が連なっていくという二重の意味があります」(学芸員)

もともと「レーザー・プロテスト」の存在を知っていたと話す

全体を通して本作がとくに印象に残ったというDaichi。

「光で情報を交換する仕組み自体を初めて知ったし、そのうえにデモやSNSなどいろんなレイヤーが重なってきて、すごく面白かったです。実際にレーザーを操作する感覚が身体に残りました。政治や社会をテーマに扱うのは難しいと思うんですが、それらを巧みに作品に落とし込んでいると感じましたね」(Daichi Yamamoto)

宮下恵太「Just a Bit of Those Things:ほんの些細なものごと」は展示終了。9月12日からエマージェンシーズ! 049 杉田碧《二十一世紀の空蝉》が行われる

最後の展示作品は、エマージェンシーズ! 048宮下恵太「Just a Bit of Those Things:ほんの些細なものごと」(*展示終了。9月12日からエマージェンシーズ! 049 杉田碧《二十一世紀の空蝉》が行われる)。宮下は、情報ネットワークや電気、通信といった現代のインフラとしてのテクノロジーに焦点を当ててきた。展示空間を満たすのは、光の明滅、リズミカルな音、そして低音のうなり。低音のうなりは、東日本と西日本で異なる電力の周波数(50Hzと60Hz)の差から生じるものだという。

「本作の背景にあるのは、私たちの日常を形づくるデジタル環境や、生活インフラとして供給される商用電源です。電気というインフラと、それにより成り立つ情報社会をとらえ直すきっかけを提示しています。日常生活の『ほんの些細なものごと』を通じて、私たちが現代の環境をどのようにとらえられるかという問いを投げかけます」(学芸員)

光の明滅、リズミカルな音、低音が空間に満たされる

「この作品も大好きですね。とくに東西の周波数の違いが、音や光や物質となって表れているところ。普段は見えていないけど、そこにあるものを可視化する。僕はそんな作品に惹かれるんだと思います」(Daichi Yamamoto)

再現できない瞬間が贈り物になる

このように、独自の視点や手法で「残すこと」「記録すること」に迫ってきた本展。最後に、多様なアプローチを体感したDaichiに「自分が未来に残したいもの」を聞いてみた。

インタラクティブ・アートを学んでいた過去と現在の活動のつながりは「まだわからない」と話すDaichi

「いままでは自分の音源が残って、100年後とかに誰かが聴いて何か感じてくれたらいいなと思っていました。でも、最近は『別に残らなくてもいいや』って気持ちもあって。作品自体が残らなくても、その周辺の考えや感情の部分が『贈り物』として残るような、そういう儚さが好きなのかもしれません。ライブなんて、1回1回が絶対に再現できないものじゃないですか。隣に立っている人も次回はそこにいませんよね。だから僕は最近、そういう一瞬一瞬を心に焼き付けたいし、そういう生の現場に大きな価値を感じていますね」(Daichi Yamamoto)

「ICC アニュアル 2026 遺す/残る/受けとめる」(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC])の入口で

*チケット割引情報🎫

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「Daichi Yamamoto Joint Show Series “Hakka”」

2026年10月4日(日)
会場:福岡 DRUM LOGOS
時間:OPEN 17:00 / START 18:00

2026年10月23日(金)
会場:札幌 PENNY LANE 24
時間:OPEN 17:30 / START 18:30

2026年11月8日(日)
会場:名古屋 ReNY limited
時間:OPEN 17:00 / START 18:00

2026年11月29日(日)
会場:広島 CLUB QUATTRO
時間:OPEN 17:00 / START 18:00

▼チケット受付(全公演共通)
https://eplus.jp/daichiyamamoto-jointshow/

オフィシャル最速先行(先着):8月28日(金)18:00〜9月6日(日)23:59

▼チケット料金(全公演共通)
オールスタンディング:6500円(税込)

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。

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