没後10年の三上晴子論。ICCでの企画展「知覚の大霊廟をめざして」を機に、唯一無二のアーティストを語る。座談会:四方幸子+渡邉朋也+指吸保子

東京・初台のNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] にて、「知覚の大霊廟をめざして——三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション」展が12月13日〜2026年3月8日に開催。 構成:杉原環樹

三上晴子 Eye-Tracking Informatics 2011/19 撮影:木奥恵三 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]

1990年代以降、国内外の「メディア・アート」シーンで活躍しながら、そうしたジャンルの枠組みに収まらない創造性を発揮したアーティストの三上晴子(みかみ・せいこ、1961〜2015)。没後10年となるいま、観客参加型のインタラクティヴ・インスタレーションの大型作品を複数展示する展覧会「知覚の大霊廟をめざして——三上晴子のインタラクティヴ・インスタレーション」が、東京のNTTインターコミュニケーション・センター [ICC] にて2026年3月8日まで開催されている。また、10〜11月には√K Contemporaryにて、三上晴子没後10年追悼展「MIKAMI MEME 2025|三上晴子と創造のミーム」が、四方幸子(キュレーター/批評家、十和田市現代美術館館長)、渡邉朋也(山口情報芸術センター[YCAM]アーキビスト/ドキュメントコーディネーター)の共同キュレーションのもと開催された。

三上晴子とはどんなアーティストだったのか。その独自性と重要性を、現代の視点から改めて語りあい、作品の魅力や本展の見どころを解説する座談会を実施。1990年代から三上と並走し作品を実現させてきた四方幸子、三上作品の委嘱元であるYCAMで作品の修復・一部再制作に取り組んできた渡邉朋也、そして本展キュレーターの指吸保子(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸員)の3名に、話を聞いた。【Tokyo Art Beat】

左:四方幸子(撮影:小山田邦哉) 中:渡邉朋也(画像:©︎ 山本悠挿し絵事務所) 右:指吸保子

*本展のレポートはこちら

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「三上晴子は三上晴子だった」——情報と境界を問うた無二のアーティスト

——三上晴子さん(1961〜2015)は、1980年代半ばに鉄のジャンクを用いた作品で注目された後、90年代にはメディア・アートの領域に大胆に活動を広げました。四方さんはその頃からお仕事をご一緒されてきましたが、三上晴子とはどのような作家だったと振り返りますか?

四方:「三上晴子は三上晴子だった」、そう表現するしかないほど唯一無二の特異なアーティストであり、人物であったと思います。既存のジャンルや慣習、システムの枠には収まらない人で、それは「現代アート」や「メディア・アート」という枠組みにおいても言えます。とくに直観力は鋭く、それを実践につなぐ仕方も含め、本当に稀有な人でした。

テーマとしては、情報戦争や脳、免疫といったモチーフを通し、一貫して「情報」や「境界」の問題を扱った作り手でした。皮膜と被膜といった境界がつねに揺れ動くさまに目を向け、自己と他者、内と外、人間と非人間などがつながるということの問題と可能性を追求した人でした。

そんな彼女にとって重要だったのが、今回、ICCの展示で大きく扱われるインタラクティヴ・インスタレーションです。彼女の作品において、鑑賞者は、周囲の環境やマシンなどを通じて様々なつながりやズレを体験しますが、同時に、その当事者としての自身を俯瞰するような感覚も味わう。そうした二重の自己、分裂と統合が同時に起きているような自己のあり方というのは、彼女が多くの作品で表現した世界観だったと思います。

会場入口 撮影:冨田了平 写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 

——今回の展覧会では、タイトルにある「知覚の大霊廟」という言葉も目を惹きます。この言葉はどのような背景をもつのでしょうか?

指吸:この言葉は、2004年にスペインで刊行された作品集に収録され、後に馬定延さんと渡邉さんが和訳された文章(*1)で使われたものです。そのなかで三上さんは、「私が未来のために構想しているのは、知覚に関する全てのプロジェクトをインタラクティヴ・インスタレーションとして展示することである。それは知覚の美術館(あるいは大霊廟)になるであろう」と書いています。

三上さんは自身の作品を説明する際、自分は知覚に興味があるが、その全体を考えるのはあまりに壮大なので、視覚や聴覚などに分け、それぞれにフォーカスした作品を作るのだとたびたび言われているのですが、その複数の作品を集める構想があったのだと思います。

面白いのは、三上さんはほかに「お化け屋敷」という言葉も使っているんですね。これは私の考えですが、三上作品では、現場にいないとわからない空間の変容それ自体が作品の本質になる。つまり、目に見えないものも含めて大事だということを、この言葉で言おうとしたのでないか。今回はそれも踏まえ、「大霊廟」をタイトルとしました。

四方:視覚や聴覚、重力、アルゴリズムによる監視の問題など、不可視の領域も含め、人の身体や精神を規定し、拘束するものを、体験を通して広く問いかけようとしていた人でしたよね。

彼女が特徴的なのは、本人が「耳で視て、鼻で聴いて、眼で触ることが可能」(*2)と書いているように、知覚のオーバーラップ、もしくは絡まり合いに意識を向けていたことです。おそらく、近代以降の分割された知覚や身体感覚への本質的な違和感を持っていたのでしょう。その意味で「知覚の大霊廟」は、彼女にとって自身の存在に関わる切実な問題だったのだと思います。

異なる知覚を扱った代表的なインタラクティヴ・インスタレーションが同じ空間で体験できる今回の展示は、その「知覚の大霊廟」が初めて実感できる場になるかもしれません。

三上晴子(2011年12月撮影) 撮影:篠田英美
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