日本写真史を書き換える30のまなざし──「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」(ヒカリエホール)キュレーター、竹内万里子インタビュー

アルル国際写真フェスティバルを皮切りに14万人を動員した大規模世界巡回展が、拡大して待望の日本上陸。東京・渋谷のヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)で7月4日~8月26日開催

竹内万里子 撮影:西田香織

1950年代から今日までの日本の女性写真家30人の作品が一堂に会する大規模な展覧会「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」が7月4日~8月26日、東京・渋谷のヒカリエホール(渋谷ヒカリエ9F)で開催される。主催はBunkamura。2024年のフランス・アルル国際写真祭を皮切りに各国で開催されて高い評価を得てきた国際巡回展が、拡大版としていよいよ日本に凱旋する。

日本の写真表現は近年、国際的な注目が高まっているが、これまで紹介される写真家は男性に偏りがちだった。そうした状況に新たな視座を提示したのが、2024年に英語・フランス語版が同時刊行された書籍『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』。戦後日本の女性写真家の歴史と表現を体系的に紹介した同書が、本展の出発点となった。同書に寄稿し、共同キュレーションも手がけた竹内万里子(日本展担当キュレーター、批評家・作家・キュレーター・京都芸術大学教授)に、経緯と本展の見どころを聞いた。

「日本写真」は男性写真家に偏っていた

──展覧会「まなざしの奇跡 日本女性写真家の冒険」は、400ページを超す大型書籍『I’m So Happy You Are Here』がベースになっています。まず、この書籍について教えていただけますか。

前提として押さえておきたいのは、日本写真の国際的な注目と評価がとりわけ2000年代以降に大きく高まったということです。それ以前にも断続的に紹介される機会はありましたが、2000年代以降は継続的な研究と展示、市場が連動するかたちで質的な転換があったと考えています。なかでも象徴的なのは、2003年に米国のヒューストン美術館で開催された「日本写真史展」(The History of Japanese Photography)で、その図録はいまでも重要な英語文献になっています。私自身も2008年のパリフォトで日本特集を担当し、それ以降も各地での日本写真の展示や紹介にも関わるなかで、注目の大きさや評価の高まりを実感してきました。

竹内万里子 撮影:西田香織

そうしたなか、国内外における「日本写真」の枠組みがとかく男性写真家に偏っていることが、徐々に意識されるようになっていきました。石内都(1947~)や川内倫子(1972~)、志賀理江子(1980〜)ら国際的にも評価される女性写真家が続々と登場したことで、従来の言説と現状とのギャップが明らかになってきたのです。このような問題意識を、それぞれの立場で携わってきた各地の研究者やキュレーターが共有し、お互いに蓄積してきた知見を持ち寄って、この国際プロジェクトが実現したとも言えます。

川内倫子 《無題》(「illuminance」シリーズ)より 2009 © Rinko Kawauchi

その背景には、世界的に美術や文学などあらゆる分野で、既成の歴史的言説を見直す動きが近年広がったことも挙げられます。従来の枠組みをただ批判したり否定したりするのではなく、ジェンダーやポストコロニアリズムなどの視点や語りの複数性を取り入れ、多層的に歴史をとらえ直していこうとする動きですね。そうした文脈のなかで、本書も日本写真史にもうひとつのレイヤーを提示するひとつの試みとして構想されました。もちろん今後はさらに、日本という枠組みそのものの問い直しやノンバイナリーなどアイデンティティの複数性に基づく研究も必要だと思います。

書籍『I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』(Aperture、2024) 撮影:西田香織

──日本の女性写真家に光を当てる本書は、とくに50年代以降の25人の代表作や経歴、作品解説に加えて日米欧の専門家による論考などが掲載され、国際的に重要な文献になりそうです。編纂者はどのような方ですか。

共同編纂者のふたりは、どちらも国際的に知られた写真のスペシャリストで、日本の文化や写真への造詣も深い方たちです。フランス出身のポリーヌ・ヴェルメマールは子供時代を日本で過ごし、パリのアンリ・カルティエ=ブレッソン財団を経てニューヨークのマグナム・フォトや国際写真センターに勤務し、現在はブルックリン美術館の写真キュレーターを務めています。米国出身のレスリー・A・マーティンは、本書の英語版を出版したアパチャー財団のクリエイティブ・ディレクターを長く務め、これまで数多くの写真集を手がけてきた名編集者です。現在はプリンテッド・マターのエグゼクティブ・ディレクターを務めています。彼女も日本に暮らした経験があり、日本の90年代カルチャーに大きな影響を受けています。ふたりは、それぞれ異なる立場や関心から日本写真に関わるなかで、女性の写真家にも関心を強め、その研究や紹介に携わってきた人たちです。

アルル国際写真祭にて。(前列左から)竹内万里子、杉浦邦恵、石内都、ポーリーヌ・ヴェルマール、レスリー・A・マーティン(後列左から)川内倫子、綾智佳(The Third Gallery Aya)、アリソン・ブラッドレイ(Alison Bradley Projects)、髙橋朗(PGI)、細倉真弓、小松浩子、多和田有希

──竹内さんはおふたりと知り合いでしたか。

そうですね、それぞれ20年くらいの付き合いになります。私自身は10年以上前から女性写真家の系譜について企画や執筆を重ねてきて、レスリーとプロジェクトを一緒にやりたいねとは話していました。直接のきっかけは2021年あたりに、日本の女性写真家をテーマに書籍を作りたいと考えたポリーヌから連絡がきたことでした。こうして異なる導線から近い関心を共有するに至った者同士がつながり、本書の制作が具体化しました。

当初はフランス語版の出版企画として始まりましたが、その後英語版の制作も並行して進められました。私は寄稿者として参画するいっぽうで、内容や構成についても意見交換を重ねました。その過程で、本書の内容を展覧会にするという話が持ち上がり、刊行とほぼ同時の2024年夏に、アルル国際写真祭で展覧会「I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now」が開催されました。私は編纂者のふたりとともに同展を共同キュレーションしました。

アルル国際写真祭での「I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now」展示風景

大きなエネルギーが感じられる展覧会

──世界の写真シーンに大きな影響力を持つアルル国際写真祭を舞台に、日本の女性写真家を包括的に紹介した展覧会は話題となり、現在は欧米各地を巡回中です。観客の反応はいかがですか。

アルルの後、昨年オランダのハーグ写真美術館とドイツのフランクフルト写真フォーラムに巡回し、これまでおよそ14万人を動員しています。今年は日本展とほぼ同時期にロンドンのフォトグラファーズ・ギャラリー、10月からはニューヨークの国際写真センターで開催される予定です。

もともと本展は、日本写真に詳しくない幅広い観客にも開かれた、いわばイントロダクションとして機能することを意識して企画された展覧会です。そういうこともあり、観客の反応は非常に多様です。日本の写真家をまったく知らない観客から「これが好き」と率直に特定の作品に対する強い関心をお聞きすることもあれば、専門家からはこれまで「日本写真」として知られてきた作品群との違いや、想像以上に多様な作品のラインアップに驚かれることもありました。いずれにせよ、そんなヴィヴィッドな反応を引き出したのは、やはり作品そのものの力だと思います。一人ひとりの写真家のパワフルでインディペンデントな表現に触れることで、「日本写真」のみならず「日本」や「写真」に対する既成概念が揺さぶられたという声が多かったように感じています。

フランクフルトでの展覧会「I’m So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now」展示風景

──欧米巡回展を拡大した日本展「まなざしの奇跡」は、どのような構成と内容になりますか?

欧米巡回展は3人による共同キュレーションでしたが、日本展は拡大版となるため、基本的に私が担当しています。欧米巡回展の出品作家26人をベースとして、さらに4人(今井壽惠、岩根愛、藤岡亜弥、米田知子)を加えた総勢30人の作品を紹介します。作品の内容や規模も拡大し、約1600㎡あるヒカリエホールを会場に、写真のみならず、インスタレーションやコラージュ、映像など多彩な手法による約200点が一堂に集結します。様々な表現が交錯しながら、全体としてひとつの大きなエネルギーが感じられるような展覧会にできればと思っています。

展示全体は、新たに「記録と記憶」をめぐる章を加えて4章構成としています。そもそも本展における章立ては、あらかじめ明確なテーマを設定してそこに作家を当てはめるのではなく、一人ひとりの多様な表現や方向性を読み解いたうえで、緩やかにグルーピングして決めたものです。実際には各章をまたがるような作家も多く、その意味において、各章のテーマは厳密な「分類」ではありません。観客が作家のアプローチを読み取るための最初の「足場」としてとらえていただければと思います。

杉浦邦恵 Polluting‘95" 1995 Courtesy of Taka Ishii Gallery
岡上淑子  二人の女 1995 ©︎ OKANOUE Toshiko Courtesy of The Third Gallery Aya

第1章「『写真』をめぐる冒険―想像力を解き放て!」では、写真をめぐる先入観や常識を問い直すような、実験精神に満ちた作品を紹介します。岡上淑子(1928~)のコラージュや杉浦邦恵(1942~)のフォトグラム、多和田有希(1978~)の立体作品やインスタレーション、山沢栄子(1899~1995)による抽象写真など、多様なアプローチをご覧いただきます。色鮮やかな作品で知られる蜷川実花(1972~)は、新作となるモノクロームの写真・映像を、小松浩子(1969~)はロール印画紙等を使った大がかりなインスタレーションを展示する予定です。

多和田有希 Family Ritual 2018- 「時間を想像する」(第12回恵比寿映像祭)展示風景 写真提供:東京都写真美術館 © Yuki Tawada 撮影:才木暢宏(参考写真)
小松浩子 Exhibition view of Komatsu Hiroko: Second Decade Joseloff Gallery at the University of Hartford Connecticut the USA 2022 © Hiroko Komatsu Courtesy of MEM(参考写真)

山沢栄子 What I Am Doing No.77 1986 © Yamazawa Eiko Courtesy of The Third Gallery Aya

写真はいまや日常的にスマートフォンで撮られたり見られたりするものですが、鑑賞者は会場で、写真が操作され、変形され、再構成され得るメディウムであることを体感することになります。このセクションは展覧会全体の入口として、写真をめぐる先入観や常識を揺さぶり、鑑賞の前提そのものをいったん解体するような役割を担います。

蜷川実花  「Dancing with Shadows in the Light」より 2024 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery

──第2章「『記録と記憶』をめぐる冒険―目に見えないものに向かって」では、写真を通して個人や社会の記憶と向き合ってきた石内都(1947〜)や石川真生(1953~)、東大全共闘を撮影した渡辺眸ら9人の写真家が登場します。

第2章は写真が本来的に持つ記録性に焦点を当てていますが、ここで紹介する作品は、ただ目に見える出来事の記録にとどまりません。たとえば志賀理江子(1980~)は東日本大震災の被災地の現実を踏まえながら、個人や土地に蓄積された記憶の層を独自のアプローチで可視化しています。米田知子(1965~)は大文字の歴史として語られる場所や人物のなかに、ほとんど語られることのないきわめて個人的な記憶の存在を喚起します。岩根愛(1975~)は、地域やコミュニティの記憶を掘り起こし、それを写真や映像として提示するプロジェクトに取り組んできました。

志賀理江子 歌が誰にもわからない 2012 © Lieko Shiga
米田知子 フロイトの眼鏡-ユングのテキストを見るⅠ I998 TOMOKO YONEDA Courtesy of ShugoArts

これらの写真家に共通しているのは、「見えるもの」を起点にしながら、その背後に潜む「見えないもの」──記憶、歴史、時間、関係性──を示唆しようとする姿勢です。表層しか写さないはずなのに、不可視の領域にまでアプローチしうる。そんな写真の特性が強く感じられるセクションです。

石川真生 「アカバナー沖縄の女」より 1975-77 © Mao Ishikawa Courtesy of POETIC SCAPE

第3章「『女性』をめぐる冒険」―ジェンダー、身体、セクシュアリティ」では、見る/見られるものとしての身体や、ジェンダーを取り巻く社会規範に対する批評的視点をもった作品を展開します。本展のメインヴィジュアルにもなっているやなぎみわ(1967~)の《エレベーター・ガール》シリーズは、約30年前の作品ですが、いまなお強いインパクトを放ちます。やなぎはジェンダーを表立って掲げる作家ではありませんが、女性をめぐる若さ/老いといったテーマを頻繁に扱い、独自のナラティブを編み上げながら、写真にとどまらず幅広い創作を展開しています。

やなぎみわ 案内嬢の部屋 1F(2点組の右側のみ) 1997  © YANAGI Miwa

さらには自分の身体を生きた彫刻とみなし、社会的規範を問う片山真理(1987~)の新作を含めた展示、自ら変装して多様な人物に扮する澤田知子(1977~)による《OMIAI♡》の人気投票。長島有里枝(1973~)がほかの女性たちと共同制作したテントやタープ等によるインスタレーションは、女性同士の関係性やシャドーワーク(報酬が出ない目に見えない労働)の問題を浮かび上がらせます。

片山真理 shell 2016 © Mari Katayama Courtesy of Mari Katayama Studio and Gallery Suzanne Tarasieve, Paris
澤田知子 OMIAI♡ 2001 © Tomoko Sawada Courtesy of ROSE GALLERY
長島有里枝 DOMANI plus@愛知「まなざしのありか」(みなとまちポットラックビル、愛知)展示風景 2022 撮影:大塚敬太+稲口俊太(参考写真)

小さな囁きから力強い主張まで、ポリフォニーのように響き合う声

──第3章で取り上げる岡部桃(1981~)は、国内で作品を見る機会が限られてきました。

そうですね、岡部桃は今年木村伊兵衛写真賞にノミネートされましたが、どちらかと言うと海外での評価が先行した写真家でもあります。セクシュアリティの問題にストレートに切り込んだその作品は、2015年に日本人として初めてポール・ハフ・アワードを受賞するなど、欧米で高い人気を得てきました。今回の展覧会では、この岡部や多和田有希といった、いわば知る人ぞ知る気鋭の作家や、第2章に登場する西村多美子(1948~)や渡辺眸のように、十分なキャリアがありながらもまだ十分に評価を得ていないと思われる写真家も、広く伝えたいという意図もあります。

岡部桃 IL MATAR 2020 © Momo Okabe
西村多美子 東京・三鷹 1979 「続」シリーズより © Tamiko Nishimura Courtesy of Zen Foto Gallery

最後の第4章「『日常』をめぐる冒険―見過ごされた風景の中で」は、ほかの章と比べると一見穏やかで親しみやすい作品が多いのですが、同時に写真の真髄とも言える力を感じていただけるセクションです。ここでは光や気配、生命の循環といった、日常に潜む詩的な瞬間をとらえた川内倫子の映像プロジェクションや、太陽の光や宇宙空間、風景といった自然事象を、独特の距離感で提示する野口里佳(1971~)らの作品を紹介します。様々な家にある冷蔵庫の内部を緻密に撮影した潮田登久子(1940~)らの表現にも注目します。

潮田登久子 東京都世田谷区 1981年(「冷蔵庫 Ice Box」より) © Tokuko Ushioda Courtesy of PGI
野口里佳 不思議な力 #9 2014 © Noguchi Rika Courtesy of Taka Ishii Gallery

ここでは、カメラという装置を通して、ごくありふれた時間や空間のなかにいかにして思いがけない発見や変容が立ち現れて得るのかを感じていただけるでしょう。写真は日常のなかで私たちの知覚を静かに揺さぶり、新しい視点をもたらす可能性を持っているのです。

──今回の「まなざしの奇跡」展のように、日本の女性写真家に特化した大規模展はこれまで前例がありません。観客の方には、本展をどのように見てほしいと考えていますか。

たしかに人間のアイデンティティにおいて、性別は数多ある要素のひとつにすぎません。しかし残念ながら、この社会のなかでは女性であるというだけで一括りにされたり周縁化されたりしてしまうという場面がいまだ少なくありません。だからこそ、あえて「女性」という名のもとで、一人ひとりのインディペンデントでまったく異なる世界を体感することでこそ、人はようやく「女性」という概念から本当の意味で解放され得るのではないかとも思います。それはいまだに誰にとっても必要な、そして極めてポジティブなメッセージでもあります。

ですから、会場では何よりも、作品そのものと出会っていただきたいです。パワーと創造性に溢れたすばらしい作品ばかりですし、あまり見る機会のない作品も多いので、普段写真の世界にあまり馴染みがない方でも、写真に関心の深い方でも、きっと楽しみながら色々な発見ができると思います。

これらの作品はまた、一人ひとりの作家の「まなざし」でもあり「声」でもあります。小さな囁きから力強い主張まで、それぞれ異なった声が会場にはポリフォニーのように反響し合うことと思います。そのなかから、観客がご自分の心に響く声と出会っていただけたら、と思います。その声は、じつは私の声でもあるのかもしれない、というような。そして自分はひとりではないという感覚、何らかの力を受け取ったという感覚、あるいは少しでも解放されるというような感覚を得ていただけたなら、大変嬉しく思います。

竹内万里子 撮影:西田香織

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。

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