公開日:2023年3月3日

「ルーヴル美術館展 愛を描く」(国立新美術館)レポート。ブーシェ、ヴァトー、フラゴナールら73点の絵画から、様々な愛の表現をひもとく

3月1日~6月12日に開催。神話の世界から人間同士の性愛まで、時代と共に変わる「愛」のあり方とは?

会場風景より、フランソワ・ジェラール《アモルとプシュケ》、 または《アモルの最初のキスを 受けるプシュケ》(1798)

ルーヴル美術館が所蔵する73点から「愛」をひもとく

ルーヴル美術館の豊富なコレクションから「愛」をテーマに作品を紹介する展覧会「ルーヴル美術館展 愛を描く」が、2023年3月1日より国立新美術館でスタートした。会期は6月12日まで。その模様をレポートする。

本展は、人間の根源的な感情である「愛」の姿を、ルーヴル美術館が所蔵する73点の絵画作品で紐解いていくというもの。開幕前に行われたプレス向け内覧会において、本展を企画した国立新美術館主任学芸員 宮島綾子は「2018年から準備を進めていた4回目となるルーヴル展。これまでは風俗画や肖像画などジャンルごとにルーヴルの名品を紹介してきたが、今回は『愛』という切り口で名画を紹介したいと考えた」と語った。

展覧会は16世紀から19世紀なかばまでに描かれた作品を4章構成で紹介していく。

プロローグ「愛の発明」では、ヨーロッパ文化の源流となる古代ギリシア・ローマ、そしてキリスト教における愛のはじまりの象徴的な表現を紹介する。

ブーシェによる《アモルの標的》は、ヴィーナスの息子である愛の神アモル(キューピッド)が放った矢がハートの形をした的を射抜いた場面、つまり愛が生まれた瞬間を描いている。よく見ると、的の周辺には無数の穴があり、アモルが何回か射的に失敗したことがわかる。

また、上空を飛ぶアモルは両手に持つ月桂冠を掲げ、画面下部のアモルたちは、もう必要がなくなった弓矢を燃やしており、画面のすみずみまで愛らしさにあふれている、展覧会の冒頭を飾るのにぴったりの作品だ。

会場風景より、フランソワ・ブーシェ《アモルの標的》(1758)

そのいっぽう、ダルビーノの《楽園を追われるアダムとエバ》もプロローグに配置されている。ユダヤ教やキリスト教の土台となっている「創世記」で綴られた禁断の果実を口にし、楽園を追われたアダムとエバの姿を描いている。二人はその後どうなったのであろうか?

会場風景より、カヴァリエーレ・ダルビーノ(本名 ジュゼッペ・チェーザリ)《楽園を追われるアダムとエバ》(1597)

プロローグに続き、第1章「愛の神のもとに」では、古代神話におけるさまざまな欲望の場面を取り上げる。現代の規範に則れば理不尽にも感じられるような、荒々しく欲望を発露する神の姿を、画家たちはしばしば画題として取り上げていた。

ヴァトーは自然物の精、ニンフと、人間の身体と山羊の角や足を持つ好色のサテュロスを描いた。サテュロスはぐっすりと眠るニンフのベールを持ち上げ、裸身に夢中になっている。

会場風景より、アントワーヌ・ヴァトー《ニンフとサテュロス》(1715-16頃)
第1章会場風景より。左から、ピエール・ミニャール《パンとシュリンクス》(1685-90頃)、ミシェル・ドリニー《パンとシュリンクス》(1657)、セバスティアーノ・コンカ(1715-1730頃)

第2章「キリスト教の名のもとに」では、キリスト教における愛の表現を探る。神話における、神々の奪い取るような愛から一転、相手を受け入れ、慈しむ愛の形を画家たちは優しい光や色彩とともに描きこんでいく。

会場風景より。左から、リオネッロ・スパーダ《放蕩息子の帰宅》(1615頃)年、シャルル・メラン《ローマの慈愛》、または《キモンとペロ》(1628-30頃)

《眠る幼子イエス》は、ぐっすりと眠るイエスを聖母が優しく抱き寄せている構図だ。しかし、キリスト教に慣れ親しんでいる人には、この構図がイエスの遺体を抱きかかえて悲しむマリアの図像「ピエタ」や受難を想像するものとなっている。この主題の作品は人気があり、多数制作されたという。

会場風景より、サッソフェラート(本名 ジョヴァンニ・バティスタ・サルヴィ)《眠る幼子イエス》(1640-85頃)
ウスターシュ・ル・シュウール キリストの十字架降下 1651頃 カンヴァスに油彩 直径134cm パリ、ルーヴル美術館 Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Gérard Blot / distributed by AMF-DNPartcom ※画像写真の無断転載を禁じます

そして第3章「人間のもとに 誘惑の時代」では、人間たち同士の愛について取り上げる。

フラゴナールの《かんぬき》は26年ぶりに来日した本展の目玉作品のひとつ。本展を担当する学芸員、宮島綾子は「この作品は日本で展示したい作品のひとつとして最初からリストに入れ、ルーヴルに打診をしていた」と語った。

ジャン=オノレ・フラゴナール かんぬき 1777-1778頃 カンヴァスに油彩 74x94cm パリ、ルーヴル美術館 Photo © RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / Michel Urtado / distributed by AMF-DNPartcom ※画像写真の無断転載を禁じます

この作品は、男性が女性を抱き寄せ、部屋のかんぬきをかけている場面が描かれている。女性は恍惚としているのか、抵抗しているのかは判別しにくい。画面の周辺には、男性性器の暗示とされるかんぬき、女性性器や処女喪失の暗示とされる壺とバラの花などメタファーが散りばめられ、すでに乱れているベッド、人類最初の女性であるイヴが楽園から追放される原因となったリンゴなども含め、様々な解釈ができる作品となっている。

宮島は、同作について「フランス革命の約10年前に描かれた作品で、当時は人々のモラルが代わり、男女の恋愛模様も大きく変わる時代だった。以降、同作のように男女の恋愛模様や性愛を彷彿とさせる作品は非難されるようになった」と語る。また、「18世紀フランスでは、自由や快楽を肯定することが、キリスト教の権威に対する反発や批判に繋がる風潮が流行していた。本作もすぐには解釈できないあいまいさが画面に散りばめれている」とも語った

ホーホストラーテンの《部屋履き》は、暗示的な表現を楽しめる作品の一つ。なんの変哲もない室内画のようにみえるものの、床に散らばる部屋履き、錠前に鍵が差し込まれたままの奥の扉から、部屋の住人が画面の外でどのような状態でいるのか、見るものの想像を掻き立てる構成となっている。

会場風景より、サミュエル・ファン・ホーホストラーテン《部屋履き》(1655-62頃)

最終章となる第4章「19世紀フランスの牧歌的恋愛とロマン主義の悲劇」では、18世紀末から19世紀フランスの愛の形について作品を通して見つめる、この展覧会のクライマックス。当時のフランスは、無垢で素朴な、牧歌的な恋愛物語が流行していた。

展覧会のメインヴィジュアルとしても採用されているフランソワ・ジェラールの《アモルとプシュケ》も、当時の世相を繁栄した作品。若く美しいアモルが、美貌で知られた王女プシュケの額にそっとキスをする瞬間が描かれている。プシュケの表情からは、初めて愛を意識した無垢な驚きが読み取れる。

会場風景より、フランソワ・ジェラール《アモルとプシュケ》、 または《アモルの最初のキスを 受けるプシュケ》(1798)

宮島とともに、本展を企画したルーヴル美術館学芸員のソフィー・キャロンは、「(悲劇的な物語が多い)ギリシャ神話では珍しく最終的に二人は結婚する。なめらかな身体や陶磁器のような肌、プシュケの薄い衣、などジェラールの卓越した画力を楽しんでほしい。ルーヴルにとっても大切な作品」と作品を語った。

そして、当時の新古典主義で好んで描かれていた、思春期の若者特有の両性具有的な身体を持つ《アポロンとキュパリッソス》や、当時流行していたロマン主義の特徴である破滅的な愛のテーマを描いたアリ・シェフェールの《ダンテとウェルギリウスの前に現れた フランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》なども4章で注目したい作品。両作品ともに、時代の空気を現代に伝えてくれている。

会場風景より、クロード=マリー・デュビュッフ《アポロンとキュパリッソス》(1821)
会場風景より、アリ・シェフェール《ダンテとウェルギリウスの前に現れた フランチェスカ・ダ・リミニとパオロ・マラテスタの亡霊》(1855)

シャセリオーが描いた《ヘロとレアンドロス》はこの主題がとても好まれ、詩人たちはこぞってヘロとレアンドロスを題材に詩をしたためという。作品では、恋人のヘロに会いに行くために嵐の海を渡ろうとするも力尽きてしまうレアンドロスと遠くに佇むヘロが描かれている。

会場風景より、テオドール・シャセリオー《ヘロとレアンドロス》、または《詩人とセイレーン》(19世紀第2四半期)

「愛」とは普遍的であるとは言われるものの、そのあり方は時代によって大きく変わる。芸術作品は、愛のかたちがその時代どのようなものであったのか、当時の人々がどのように考えていたのかをダイレクトに伝えてくれる。ルーヴル美術館の名品で、様々な愛の形に触れてみたい。

浦島茂世

浦島茂世

うらしま・もよ 美術ライター。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』『京都のちいさな美術館めぐり プレミアム』『企画展だけじゃもったいない 日本の美術館めぐり』(ともにG.B.)、『猫と藤田嗣治』(猫と藤田嗣治)など。