2021年、セーヌ川を見下ろすパリの一等地に誕生した、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)ホテルマネジメントが運営する高級ホテルメゾン「シュヴァル・ブラン パリ」。
「シュヴァル・ブラン」は高級スキーリゾート地であるクーシュベルをはじめ、フランス南東部のサントロペ、モルディブのランデリ、カリブ海に浮かぶセントバースにもホテルを構えているが、シュヴァル・ブラン パリはそのなかで唯一の都市型ホテルだ。
世界のラグジュアリービジネスを牽引するコングロマリットであり、アートの複合文化施設「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」(パリ)を運営するなど現代アートの積極的な支援を使命にかかげるLVMHがプロデュースするホテルだけあり、シュヴァル・ブラン パリには選び抜かれたアート作品が館内のいたるところに配されている。そんなホテルの魅力について、レポートをお届けする。
昨年10月。2度目を迎えるアートフェア「Paris+ par Art Basel」の開催に合わせ、街中がアートで活気づく季節に、シュヴァル・ブラン パリを訪ねた。
パリでもっとも古い橋「ポン・ヌフ」の目の前に建ち、ルーヴル美術館へは徒歩5分弱、21年に開館したピノー・コレクションの私設美術館ブルス・ドゥ・コメルスへも徒歩10分以内でアクセスできる、アートめぐりにはこれ以上ない立地。
直前までファッションウィークで賑わい、世界中から多くのファッション関係者が集っていたというこのホテルは、まさにファッションと芸術、文化をつなぐ建築だ。
内装の設計デザインはピーター・マリノ。ルイ・ヴィトンの銀座並木通り店やディオール銀座をはじめ世界各地で高級メゾンの旗艦店を手掛ける建築家・インテリアデザイナーだ。
建築はもともと20世紀の建築家アンリ・ソヴァージュがデパート「サマリテーヌ」として設計したアールデコ調の建物で、重要文化財にも登録されている。その一部を建築家エドゥアール・フランソワがホテルとして再設計、現代的な姿に改装した。
なお老舗デパート「サマリテーヌ」も隣接する敷地に2021年6月にリニューアルオープン。リヴォリ館の設計を妹島和世+西沢立衛/SANAAが担当した。
ロビーに足を踏み入れると、洗練された内装に設置された鮮やかなアート作品が目に飛び込んでくる。
まず注意を引くのは、ジョルジュ・マチュー(1921〜2012)による水色を基調にした横長の大きな絵画作品《Samsum》(1978)だ。
「ジョルジュ・マチューの《Samsum》は、建設前からシュヴァル・ブラン パリのために選び抜かれたもので、この作品を引き立てるように壁が配置されています。この作品は傑作です。家具の色や、作品の下にある本棚のサイズなど、このロビーの配置や装飾はすべて本作を中心に考えられています。この作品の色彩は訪れた人の全身を引き込み、メゾン全体の基本となるトーンを示しています。ここで感じられるのは、パリでの休息や喜びに満ちたひとときです」。
マチューは戦後の新しい抽象絵画に触発され、豊かな色彩と動的なメージによって人々に訴えかける叙情的な抽象画を描いたフランスの画家。チューブから直接絵具をキャンバスに塗りつける技法や、派手な公開制作パフォーマンスでも知られる。1956年に批評家のミシェル・タピエらとともに来日すると、その表現は衝撃を持って受け止められ「アンフォルメル旋風」を巻き起こした。日本の戦後美術にも、大きな影響を与えたアーティストだ。
マチューと言えば、赤や黒の絵具が多用された、激しさが沸き立つ絵画をイメージする人が多いかもしれない。しかし本作はむしろ、人々の日頃の忙しさやフラストレーションを穏やかに沈め、深い呼吸を誘い、フレッシュな身体を取り戻させるような雰囲気がある。
さらにロビーでは、ブラジル出身のアーティスト、ヴィック・ムニーズ(1961〜)の巨大な作品2点が人々を出迎える。コミッションワークである本作は、パリの象徴であるエッフェル塔をモチーフに、作家お馴染みの手法である不要となった紙の再利用によって制作された。この2つの鮮やかなエッフェル塔のあいだを抜け、人々はホテルの奥へと進んでいく。
エレベーターホールには、フォンダシオン ルイ・ヴィトンの建築を手掛けたフランク・ゲーリー(1929〜)による彫刻が。シュヴァル・ブランのロゴマークにもなっている馬が、宿泊客を歓迎する。
このほかにも人々が行き交う廊下やレストランの前、そして宿泊する部屋にも魅力的な作品が多数飾られており、館内を歩くたびに驚きがある。
たとえば、大御所トニー・クラッグ(1949〜)や、Florian et Michael Quistrebertという気鋭の兄弟デュオによる大きな彫刻作品は、螺旋を描く大理石の階段と見事に調和している。
地下はリラクゼーションとウェルネスのための空間。ディオールのスパとロッサノ・フェレッティのヘアサロン、ジム、ハマム、屋内プールなどがある。
プールの底にはミカエル・マイヤーによる職人技が尽くされたモザイクが敷き詰められ、壁にはアーティストOyoramによるパリの街並みを再現したデジタル映像作品が広がる。ポン・ヌフ橋や周囲の建物が実際の方位に正確に映し出されており、まるでセーヌ川を泳ぎながらパリの風景を眺めるような感覚だ。
また筆者が感動したのは、宿泊する部屋の前の廊下に、ソニア・ドローネー(1885〜1979)の作品が数点並んで展示されていたこと。いちばん奥のスイートルームを見せてもらうと、室内にも1点ドローネーの作品が飾られていた。ドローネーのある部屋に宿泊できるなんて、なんて贅沢なのだろう。
ソニア・ドローネーはロシア帝国(現ウクライナ)に生まれ、ドイツ留学を経て20歳のときにフランスに移住。パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックらとも交流し、パリを拠点にした活躍した先駆的な前衛アーティストのひとりに数えられる。
彼女が卓越した表現を行ったのは絵画だけではない。テキスタイルのデザインをはじめ、セルゲイ・ディアギレフのバレエ公演や、映画のための衣装デザインを手がけるなど、ファッションや装飾、デザインの分野でも目覚ましい活躍を見せた。
パリにおけるファッションとアートの交感の歴史を象徴するようなソニアは、芸術とクラフトマンシップの歴史を過去から未来へと受け継ぐ、シュヴァル・ブラン パリを飾るのにぴったりのアーティストだ。
「アートはシュヴァルブランにおいて重要な要素です。アートは見ること、感じること、触れること、感覚を呼び覚ますことを可能にします。アートは感性に関わるものであり、人々の感情に訴えかけます」。
作品を見るだけではなく、ここでは五感を使って楽しむことができると案内してくれた担当者は言う。たとえば館内に使われている大理石には数種類があり、それらを触って感触を確かめたり、心地よいパフュームの香りに癒されたり、もちろんレストランでは特別な食事を味わうことができる。室内には貴重なファブリックやオーダーメイドの家具が設えられ、卓越した職人の仕事を自分の肌で感じられる。
西のエッフェル塔から東のノートルダム大聖堂までを一望でき、パリの古き良き歴史からコンテンポラリーで最先端のモードまでがこのホテルを彩っている。宿泊する部屋の心地よさ、すみずみまで心遣いが行き届いたホスピタリティはもちろん格別だ。
アートを楽しみにパリへ。その際にはシュヴァル・ブラン パリで特別な時間を過ごしてみてはいかがだろうか。
Cheval Blanc Paris(シュヴァル・ブラン パリ)
8, quai du Louvre
75001 Paris France
Tel: +33 (0)1 40 28 00 00
http://www.chevalblanc.com/en/maison/paris
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)