公開日:2022年9月18日

「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展レポート。作家と地域との関わりの軌跡を追う

弘前れんが倉庫美術館が誕生する以前、同地にあった煉瓦倉庫にて、2002年、2005年、2006年と3度に渡り開催された奈良美智の展覧会を、ドキュメントとして振り返る展覧会がスタート。作家と地域とボランティアの情熱と成果を多角的に振り返る。2023年3月21日まで。(撮影:筆者)

会場風景より、小屋上の作品は奈良美智《Untitled》(2006)

奈良美智と出身地・青森県弘前市との軌跡

「『もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?』奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展」が、弘前れんが倉庫美術館で開催中だ。

1959年生まれの奈良美智は、青森県弘前市生まれ。1988年にドイツへ渡り2000年に帰国。国際的な人気作家として世界各地で作品の発表を重ねるなか、2002年、2005年、2006年には故郷である弘前市で、まだ美術館になる前の「煉瓦倉庫」を舞台に展示を重ねてきた。2020年に開館した弘前れんが倉庫美術館で開催される本展は、この3度の展覧会の軌跡を、様々な資料、写真や映像で振り返るもの。奈良と故郷・弘前の関わりやそこで生まれたものたちの軌跡を追いながら、これらの経験が未来に何を伝えるのかを考察する。キュレーターは佐々木蓉子。

タイトル「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」は、当時の煉瓦倉庫のオーナーである吉井千代子(吉井酒造株式会社社長)が、奈良の作品に惹かれ、小山登美夫ギャラリーに自ら電話をかけたエピソードに因んでいる。この1本の問い合わせから、市民やボランティアを巻き込んだ3度の奈良美智展が開催されることになり、通常の美術館では実現できなかった記録されるべき体験を生み出した。

弘前市出身の現代美術作家、使われていない歴史的倉庫、美術館がない街……と、様々な要素が奇跡的に噛み合い、参加した誰もの記憶に残るあたたかい手作りの展覧会が実現した。

弘前れんが倉庫美術館外観

奈良美智 A to Z Memorial Dog 2007 ©︎ Yoshitomo Nara Photo: Naoya Hatakeyama 2006年「YOSHITOMO NARA + graf A to Z」は、約900名のボランティアと市民が関わり、約7万人の来場者が訪れた。2007年、関わってくれた地域の人たちへの感謝の気持ちとして制作されたこの作品は煉瓦倉庫前の土淵川吉野町緑地に設置され、長らく弘前市のシンボルとして親しまれてきた。2020年より、弘前れんが倉庫美術館のエントランスで来館者を出迎えている

美術館によると、以下の4つの見どころが用意されている(公式サイト)。

①印刷物やグッズ、映像などさまざまな資料を中心に、三度の展覧会を多角的に振り返る
②展覧会が生まれるエネルギーを伝える写真展示
③当時の展覧会で出展された奈良美智の作品を一部展示
④展覧会と並走する参加型プロジェクトの展開

本記事ではこの構成に沿って、本展を紹介したい。

会場風景より
左より、南條史生(弘前れんが倉庫美術館 特別館長補佐)、永野雅子、細川葉子、奈良美智、山本誠、三上雅通(弘前れんが倉庫美術館 館長)

①印刷物やグッズ、映像など様々な資料

2002年の看視スタッフ用のイス。当時はボランティア自身がイスを持ち寄っていたそう

当時の関係者へのインタビュー映像、市民の協力で集まった印刷物やグッズなどの資料を展示し、3度の展覧会準備から完成までの軌跡を紹介。さらに、煉瓦倉庫の持ち主であった吉井千代子と奈良の出会いや、展覧会運営を担ったボランティアの存在を起点とした持続的なコミュニティ形成のあり方などを考える。

2002年に制作された奈良美智の浴衣や印刷物等

2006年の印刷物、グッズなど
会場近隣の洋・和菓子屋では、奈良作品モチーフの焼印をつけたお菓子も販売された

②展覧会が生まれるエネルギーを伝える写真展示

奈良の活動や弘前市での展覧会を撮影したふたりの写真家、永野雅子と細川葉子による写真を紹介。そこに写されているのは、展覧会準備中の会場風景や、展覧会づくりに参加した人々、当時の街の様子など。共通する対象をそれぞれの視点でとらえた写真群で、奈良美智の展覧会の完成というひとつの目標の下に集結した人々の熱気、当時の煉瓦倉庫が放つ場のエネルギーを伝える。

また本展の会場構成には、過去の弘前での展示のグラフィックや、書籍「AtoZ」(奈良美智、graf著)を手掛けたデザイナーの山本誠が参加。

会場風景より、「永野雅子 写真小屋」

会場風景より、「永野雅子 写真小屋」
会場風景より、「細川葉子 写真小屋」

③当時の展覧会で出展された奈良美智の作品を一部展示

当時の展覧会の資料とともに、弘前で過去に出展された奈良美智作品の一部を展示。絵画、ドローイング、立体作品などのほか、奈良が弘前で暮らしていた時代に親しんだ書籍やレコードも展示されている。

会場風景より、奈良美智《Milky Lake》(2001)
会場風景より、奈良美智コレクションのレコード

会場風景より、奈良美智《サーフィンドッグ》(2001)と《AKICHI RECORDS》(2008)

④展覧会と並走する参加型プロジェクトの展開

作り手、地域の人々、鑑賞者など異なる視点が交差し、ふれあい、交換される場を目指す「弘前エクスチェンジ#05」では、「もしもし演劇部」「小さな起こりリサーチプロジェクト」など、市民参加型プログラムや展示を展開する。

「もしもし演劇部」は奈良美智展を体験していない若い世代がリサーチし、演劇を創作する。2022年12月18日(日)にドラマリーディング形式で上演予定。

会場風景より、「もしもし演劇部」部室外側

「小さな起こりリサーチプロジェクト」では、応募によって集められた約10名の参加者が2022年6月より当時の関係者へのインタビューなどを通じて、3度の奈良美智展が個人や地域に与えた影響や変化をリサーチし、その活動記録を会場やウェブ上で公開する。

高校時代に奈良美智展のボランティア参加をきっかけに、現在ガラス表現を用いたアーティストとなった佐々木怜央の作品も展示されている。彼は進学に悩む高校時代に奈良美智展でアートの可能性に触れ、理系大学ではなく芸術系大学に進学した。奈良美智展が地域や次世代に撒いた種が、それぞれの違った形でゆっくりと芽を出し始めていることを確認できる。

佐々木怜央《雪の精霊と花の歌》

最後に奈良の言葉を紹介したい。

「(奈良美智展覧会は)自分が弘前市出身だったからできたイベントだし、1回だけではなく3回できたからこそのものだった。それぐらい年月をかけたから認知されたし、市民と美術を発信する場所がつながることができた、すごく理想的なかたちだった。この展示の表層は楽しそうだし、その下にある苦労がなかなか見えない。その苦しさを楽しく見せているということが、成功したということなのかもしれない。でも少し苦労を想像しながら見てもらえたら嬉しい。若い人には、自分だったら参加できたか想像してもらったり、自分も新たに何かできるかもしれない、と希望を感じてもらえる展示になればいい。同じ経験をした人同士だけで懐かしむのは簡単だけど、経験していない若い人たちにしっかり伝えなければいけない」。

なお、今回の展示の設営にも約30人のボランティアが参加した。

「もしもし演劇部」部室で「今回は弘前市民の方向を向いたオリジナルのキュレーションで、とても嬉しい」と語る奈良

吉田千枝子(字と図)

吉田千枝子(字と図)

ライトノベルズ編集部やCGWORLD編集部を経てフリーに。主に取材記事を手掛ける。グラフィックデザイナーよしだすすむとのユニット「字と図」としても活動中。