公開日:2022年2月8日

レイシズムとアート(前編):誰もが他人事ではいられない問題と、芸術を通して向き合う【シリーズ】〇〇とアート(5)

シリーズ「〇〇とアート」は、現代社会や日常生活とアートとの双方向的な関わり合いを考えるリレー連載。
第5回は「レイシズム(人種差別/人種主義)」をテーマに、トランスナショナルな観点から作品制作や文化研究を行う山本浩貴が、歴史的経緯から現代の作家までを論じる。

リネッテ・イアドム・ボアキエ Tie the Temptress to the Trojan 2018 Collection of Michael Bertrand, Toronto © Courtesy of Lynette Yiadom-Boakye

「レイシズム」とは何か

1946年に執筆された日本人論・日本文化論の古典『菊と刀』の著者でもある文化人類学者のルース・ベネディクトは、レイシズムを「迷信」と断言し、それをはっきりと退けている。ベネディクトは1940年に刊行された『レイシズム』(原題はRace: Science and Politics。その2年後に出版された英国版ではRace and Racismに変更された。その後の改訂版でも、このタイトルが踏襲されている)のなかで、「レイシズム」を「エスニック・グループに劣っているものと優れているものがあるというドグマ[独断や偏見に基づく説や意見]」と定義し、「どれかの人種を絶滅させようとしたり、あるいは純粋に保とうとする」このドグマこそ、「たった一つの人種によって進歩と未来が約束されるなどと人々に言わせ」、「数年前にドイツの政治体制に組み込まれて、そしていまや世界に蔓延している」当のものにほかならないと強く主張した(*1)。 加えて、ベネディクトは19世紀以降のレイシズムがヨーロッパを中心として国家間の緊張が高まるにつれて、「階級ごとの優劣を説くドクトリンから、国家ごとの優劣を説くドクトリンへと変わった」と分析している(*2)。 ベネディクトの議論を参照すれば、こうして排他的なナショナリズムと結託した、現在頻繁に見られる形式のレイシズムが形成された。

ルース・ベネディクト著、阿部大樹訳『レイシズム』(講談社) 出典:https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000341218

いっぽう、2020年に『レイシズム』を新訳した精神科医の阿部大樹はその「訳者あとがき」において、その現代的意義を認めつつも、激化する第二次世界大戦のなかで同書が多様な人種構成から成るアメリカ合衆国で総動員体制を敷くためのプロパガンダとして機能した側面もあったことに注意を促している(*3)。 こうした時代背景への慎重な配慮は、確かに重要である。しかし、その点や80年以上も前に書かれた本であるという事実を差し引いたとしても、ベネディクトの『レイシズム』には「国家的レイシズムの歴史は、【排外主義(ショーヴイニズム)】の歴史そのものである」や「現代というナショナリズムの時代には、レイシズムは政治家の飛び道具である」など、現在の国際・地域社会を考察するうえで、いまでも有効であると思われる鋭い洞察が随所に示されている(*4)。

さらに、近年では「インターセクショナリティ」という観点からレイシズムの問題を解きほぐすことの重要性も唱えられている。2020年にちくま新書の1冊として『レイシズムとは何か』を上梓した研究者の梁英聖は、同書のなかで「インターセクショナリティとは、現実の歴史のなかでは従属が、レイシズムやセクシズムなど、常に複数の従属と交差しているということを明確にするための概念である」と説明し、「レイシズムやセクシズムはそれぞれ単独で存在するわけではない」ことへの意識を喚起させる(*5)。 それゆえ、レイシズムを考えるにあたって「人種」という要素だけではなく、「性・ジェンダー」や「階級」といった別の要素も注意深く考慮に入れる必要がある。

アートとレイシズムの歴史的関係

ベネディクトも述べるように、極端なナショナリズムと手を結んだ国家的レイシズムの高まりは第二次世界大戦以降に目立つようになった現象だが、「エスニック・グループに劣っているものと優れているものがあるという」臆見、すなわちレイシズム自体はその遥か昔から存在してきた。歴史家のエリック・ウィリアムズは1944年に上梓した『資本主義と奴隷制』のなかで、18世紀のイギリスを端緒とする産業革命を準備したのは——それまで通説として支持されてきたように——禁欲と合理主義に特徴づけられる「プロテスタンティズムの倫理」(マックス・ヴェーバー)ではなく、奴隷貿易と奴隷制プランテーションを通じて蓄積された資本であったとして真っ向から異論を唱えた。ウィリアムズはまた、「奴隷制は、人種差別から生まれたのではない。正確にいえば、人種差別が奴隷制に由来するものだった」と喝破し、人種のヒエラルキーが非人間的な不正義を通して歴史的に構築されたものであることを示してその因果関係を転倒させた(*6)。 そして、奴隷制が作り出した人種差別の意識は、近代の形成を加速させる動力源となる植民地主義を正当化するための都合のいい口実となっていく。要するに、現在の私たちがその内部に生を送る、資本主義に立脚した近代的な「世界システム」(イマニュエル・ウォーラーステイン)は、その揺籃期からしてすでにレイシズムの種子を胚胎していたのである。

では、アートと奴隷制に起因するレイシズムの登場・拡大のあいだには、どのような関係が切り結ばれてきたのだろうか。その関係を考えるうえで、西洋美術史・西洋思想史を専門とする岡田温司が2020年に上梓した『西洋美術とレイシズム』は有意義な示唆を与える書物である。岡田は同書で、とりわけキリスト教美術を根幹に持つ西洋美術が、絵画のなかで聖書に登場する呪われた者たちを根拠なくユダヤ人や黒人を彷彿とさせる姿に描いたり、反対に本来は「黒い皮膚」を持つ聖人や賢者たちに「白い仮面」(フランツ・ファノン)を被せたりする行為によって、レイシズムを含有していたことを暴き出した。

ジョット《キリスト嘲笑》(1303-06、スクロヴェーニ礼拝堂、パドヴァ)には、キリストに殴りかかる黒い肌の人物が描かれている
グイド・レーニ《クレオパトラの死》(1630年頃)では、クレオパトラの肌が白く描かれている

つまるところ、レイシズムが誕生し、伸張していく歴史的プロセスにおいて、(主に絵画を中心とする)アートはその初期から、人々の視覚やイマジネーションに強烈に訴えるような仕方で存在しない人種間の優劣を捏造する差別的イデオロギーを擁護することに寄与してきたと言える。加えて、「西洋絵画のなかで飽くことなく脱色され漂白されてきた」黒人人物の多くが女性であったということは、「レイシズムがセクシズムと結託してきたことの証左」にほかならないという岡田の指摘は、先述したインターセクショナリティの観点から見ても非常に重要である(*7)。

アートとレイシズムの現代的関係

リネッテ・イアドム・ボアキエ A Concentration 2018 Carter Collection © Courtesy of Lynette Yiadom-Boakye

ガーナにルーツを持つロンドン生まれの作家リネッテ・イアドム・ボアキエの絵画作品は、しばしば歴史書や古典絵画などの二次文献から着想を得て制作される。それは芸術を通して黒人に付与されてきた歴史的表象を、再び芸術を通して再解釈する試みであり、ひいては、上に述べたようなアートとレイシズムの歴史的関係を解体する作業ととらえることもできる。

リネッテ・イアドム・ボアキエ Quorum 2020 Courtesy of the Artist, Corvi-Mora, London, and Jack Shainman Gallery, New York. Photo: Marcus Leith
リネッテ・イアドム・ボアキエの個展「Fly In League With The Night」(テート・ブリテン、2020)の展示風景。左が《数々の気がかりなこと》(2010) Photo: Tate(Seraphina Neville)

2010年に制作された《数々の気がかりなこと(Any Number of Preoccupations)》などに代表される彼女の絵画は、黒人の表象が文化的に周縁に位置付けられてきた世界に対し、私たちの認識における根本的なレベルから揺さぶりをかけてくる。このように、戦後には、レイシズムにまつわる様々な問題にアプローチする多様な実践が現代アートの世界で見られる。

ホレイス・オーヴ ストークリー・カーマイケルの「ブラック・パワー」スピーチ(解放の弁証法会議、ロンドン、1967) 1967 Courtesy of Horace Ové Archives © Horace Ové

1977年生まれのボアキエが生まれた時期、1970年代後半から1980年代にかけてのロンドンでは、若い黒人作家を中心として「ブラック・アーツ・ムーブメント」と総称される運動が展開されるようになった。この運動では、1970年代後半以降のイギリス社会における黒人住民に対する敵愾心の際立った高まりに直面して、アフリカ大陸/カリブ海地域/インド亜大陸などの様々な土地にルーツを持つ黒人作家たちの多くが自ら「ブラック・アーティスト」と名乗って一致団結し、レイシズムへの抵抗を試みた。

そのひとりであるエディ・チェンバースが1979年から1980年にかけて制作したコラージュ作品《国民戦線の破壊》は、その当時に勢いを増しつつあった極右政党「ブリティッシュ・ナショナル・フロント(イギリス国民戦線)」の台頭に対して、英国国旗であるユニオンジャックをナチスを想起させる鉤十字のかたちにコラージュして、その排外主義的な性質を苛烈に批判した。さらにチェンバースはその4点のコラージュを左から右にかけて徐々にバラバラに分解したものを並列し、人種的な排外主義への抵抗の意思を明確に示した。

挿図11:エディ・チェンバース 国民戦線の破壊 1979-80 © Eddie Chambers Photo ©Tate.

チェンバースよりやや年長のルバイナ・ヒミッドも、ブラック・アーツ・ムーブメントに関わった重要なアーティストである。東アフリカに位置するザンジバルで生まれたヒミッドは、アーティストとしてピカソの有名な絵画に登場する少女たちを黒人として描き直した1984年のインスタレーション作品《自由と変化》などを発表するいっぽう、キュレーターとして男性作家に比してそれまであまり注目されてこなかった「黒人女性」作家に焦点を当てた「五人の黒人女性たち」(1983)、「黒人女性たちの現在」(1983~1984)、「細い黒の線」(1985)などの画期的な展覧会を企画した。

ルバイナ・ヒミッド 自由と変化 1984 Photo ©Tate.

ルバイナ・ヒミッド トゥーサン・ルーヴェルチュール 1987 Middlesbrough Collection at Middlesbrough Institute of Modern Art © Lubaina Himid. Image courtesy of the artist, Middlesbrough Institute of Modern Art, and Hollybush Gardens, London.
ルバイナ・ヒミッド おしゃれな結婚 1986(展示風景、2017) © Nottingham Contemporary Photo: Andy Keate Courtesy of the artist and Hollybush Gardens

ヒミッド以外にも、ソニア・ボイス(彼女は2021年[2022年開催]のヴェネチア・ビエンナーレにおいて、イギリスの黒人女性として初となるイギリス館の代表を務めることが決まっている)やクローデット・ジョンソンといった黒人女性作家らが、1980年代イギリスにおけるブラック・アーツ・ムーブメントにおいてレイシズムとセクシズムのインターセクショナルな領域を探る実践を行った。

ソニア・ボイス 「Devotional」シリーズ 2008-  出典:https://edition.cnn.com/style/article/sonia-boyce-venice-biennale/index.html

1980年代後半にイギリスに渡り、ブラック・アーツ・ムーブメントの作家たちとも濃密な交流を行った、芸術思想史と黒人文化研究を専攻する萩原弘子は、当地で聴講したヒミッドの講義(ヒミッドをゲスト講師として招聘したのは、当時リーズ大学で教鞭を執っていたフェミニスト美術史のパイオニアであるグリゼルダ・ポロックであったという)は「美術学校におけるカリキュラムの西洋中心主義に対する批判に始まり、美術機構の人種主義、美術史研究におけるジェンダーと人種のバイアス、英国によるアフリカ植民地支配の後のさらなる文化的支配を分析、批判する」革新的な内容だったと回顧している(*8)。

萩原は日本に帰国した後の2002年に『ブラック——人種と視線をめぐる闘争』を刊行し、イギリスにおけるブラック・アーツ・ムーブメントの詳細を日本に紹介した(さらに、後述するように、萩原はそれをたんなる紹介のみにとどまらず、日本独自の文脈からも展開していることは重要である)。

後半はこちらブラック・ライブズ・マター運動以降の状況と、日本におけるレイシズムとそれらに抗するアートについて

ルバイナ・ヒミッド 手術台 2017-8 Private Collection © Lubaina Himid

*1──ルース・ベネディクト『レイシズム』阿部大樹訳、講談社、2020年、118頁。
*2──同上、147–154頁。
*3──同上、205頁。
*4──同上、167頁。
*5──梁英聖『レイシズムとは何か』筑摩書房、2020年、273–276頁。
*6──エリック・ウィリアムズ『資本主義と奴隷制』中山毅訳、筑摩書房、2020年、20頁。
*7──岡田温司『西洋美術とレイシズム』筑摩書房、2020年、138頁。
*8──萩原弘子「英国ブラック・アート運動研究をめぐるあれこれ——回想、夢想、展望」『人文学論集 vol 35』、大阪府立大学人文学会、2017年、82頁。

山本浩貴

山本浩貴

やまもと・ひろき 文化研究者、アーティスト。1986年千葉県生まれ。実践女子大学文学部美学美術史学科准教授。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学にて修士号・博士号取得。2013~2018年、ロンドン芸術大学トランスナショナルアート研究センター博士研究員。韓国・光州のアジアカルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラルフェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教、金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻講師を経て、2021年より現職。著書に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社 、2019)、『トランスナショナルなアジアにおけるメディアと文化 発散と収束』(共著、ラトガース大学出版、2020)、『レイシズムを考える』(共著、共和国、2021)、『この国(近代日本)の芸術――〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』(小田原のどかとの共編著、月曜社、2023) など。