公開日:2022年2月9日

レイシズムとアート(後編):誰もが他人事ではいられない問題と、芸術を通して向き合う【シリーズ】〇〇とアート(5)

シリーズ「〇〇とアート」は、現代社会や日常生活とアートとの双方向的な関わり合いを考えるリレー連載。
第5回は「レイシズム(人種差別/人種主義)」をテーマに、アーティストで文化研究者の山本浩貴が、ブラック・ライブズ・マター運動以降の状況と、日本におけるレイシズムとそれらに抗するアートについて解説。

チョン・ユギョン NO HATE(pink) 2020

前編はこちら「レイシズム」とは何か、またイギリスの現代アーティストの実践について解説

ブラック・ライブズ・マターと彫像の引き倒し

非黒人警察官の不適切な拘束方法によって黒人男性が命を落とした、2020年の出来事(ジョージ・フロイド事件)を機に世界中に知られるようになった「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」運動は私たちの記憶に新しいが、この運動はそれ以前から各地で頻発していた黒人に対する(主に白人の)警察官による不当な暴力——2012年のトレイボン・マーティン射殺事件、14年のエリック・ガーナー窒息死事件、同年のマイケル・ブラウン射殺事件など——に対して継続的に強い抗議を行ってきた。同様に、前編で見た通り、戦後のイギリスに暮らす黒人アーティストたちは、人種間に存在しないヒエラルキーを鋳造しようとする動きに対して作品制作を通じた異議申し立てを起こしてきた。また、今回はイギリスの事例に焦点を当てたが、アメリカやその他の様々な国や地域においても——たとえば、アメリカでは1950年代以降に盛んになったアフリカ系アメリカ人による公民権運動とも絡み合いながら——レイシズムと格闘する芸術家の挑戦は多様に展開されてきた。

さらに言えば、前編冒頭で(ルース・ベネディクトの定義を引きながら)示した通り、レイシズムは「エスニック・グループに劣っているものと優れているものがあるというドグマ」であり、肌の色だけに規定される概念ではない。コロナ禍におけるヨーロッパ諸国やアメリカでは、その発生源とされるアジアにルールを持つと認識された人々が不当な差別や暴力の被害者となる事例が多数報告されているが、これもまた紛れもないレイシズムの現れである。そのような理由から、文化研究者の石松紀子は「ブラック・アート」という言葉を「帝国主義という歴史的な背景のもとで引き起こされる人種差別に関わる表現や、そのような差別から生じる苦境を言及している」芸術であるとして、その定義を拡張して用いている(*1)。 帝国主義やそれと密接に関わる奴隷制や植民地主義がレイシズムのイデオロギーを形成してきたことはすでに確認した。レイシズムに抗するアートは、これらの歴史が生成した負の遺産と格闘する芸術実践にほかならない。

ところで、ブラック・ライブズ・マターに関連して世界中で彫像の引き倒し運動が発生したことは、その印象的なニュース映像とともに私たちの記憶に新しいところだ。19世紀のアメリカ南北戦争で奴隷制度を支持する南軍の司令官を務めたロバート・E・リーなど、奴隷貿易に関与していたり、それを支持していたとされる人物たちの像が現在進行形で次々と撤去・破壊されている。この現象に関連して、自身も彫刻家である批評家の小田原のどかは『現代思想』誌に寄せた論考(「モニュメンツ・マスト・フォール?——BLMにおける彫刻削除をめぐって」)のなかで、[彫像を]削除するならば、撤去し、引き倒し、海に投げ入れたあとの空白を何で埋めるのか」もまた問われるべきであると指摘する(*2)。 この点について、アートは「空白」のあとに来たるべき未来を描くイマジネーションの可能性をはらんでいるのではないだろうか。

日本におけるレイシズムとそれらに抗するアート

ブラック・ライブズ・マターは日本でも盛んに報道されたが、日本ではどこか他人事のように事態を眺める視線が優勢だったのではないかと筆者は記憶している。これは端的に言って誤った、危険な認識だ。日本に暮らすどの人々にとっても、ブラック・ライブズ・マター運動が照射する問題、すなわちレイシズムの問題は決して他人事ではない。レイシズムの問題は、奴隷制(資本主義)と植民地支配が作り出した現代世界に生きるすべての人々に関わる。そして、レイシズムに苦しむ(主にエスニック・マイノリティの)すべての人々はそうした不当な抑圧から解放される権利を有するし、抑圧者の側に立つ(主にマジョリティである)すべての人々はそのための努力を行う責務が課されている。

吉國元 Mama with Braids 2021 © Moto Yoshikuni

ブラック・ライブズ・マターと日本の関わりについて忘れてはならないこととして、当然ながら日本に在住する黒人はたくさんいるという事実がある。アフリカ近代史を研究していた父の関係でアフリカ南部の一国ジンバブエで生まれた画家・吉國元は、「来者たち」シリーズ(このタイトルは、詩人の大江満雄がハンセン病者について「癩者は来者である」と書いたことに由来する)などの絵画作品においておよそ10歳まで過ごした当地で出会った人々の記憶を描き続けるいっぽう、日本に住むアフリカ出身の人々のコミュニティを独自に取材し、様々な媒体を通して発信していく個人プロジェクトを継続している。吉國は自身のホームページに掲載したテキスト(「私のフィールドワーク」)のなかで、「戦争、コロニアル、ポストコロニアル、レイシズムやマイノリティー」の問題は「遠い国の出来事だけではない。それは現在足元で起こっている事でもあり、その場所は現代日本とも関係している」と記している(*3)。 レイシズムの問題が「対岸の火事」として軽視されがちな日本において、改めて吉國の言葉はしっかりと重く受け止められなくてはならない。

吉國元 来者たち グループ展「Ordinary than Paradise 何事もなかったかのように」(アキバタマビ21、東京、2021)の展示風景

そのほかにも、別の観点から日本におけるレイシズムの問題を考えてみたい。先述した萩原弘子の『ブラック』のなかの次の一節は傾聴に値する。

日本語で「人種差別」と言うと、黒人対白人という皮膚の色による二分と、その二者間の権力関係のことと理解され、日本にはない、よその問題と考えられてしまう。しかし人種差別(racism)は、皮膚の色を理由とするものではなく、奴隷制度と植民地統治で築きあげた権力関係をその後も維持するために、皮膚の色が、はっきりと人為の権力関係を自然化してみせる論法として利用されている。そうであるなら、在日朝鮮人や他の第三世界出身者に対する植民地主義的な権力関係の維持という、歴史的、政治的、経済的な動機に根ざす不公正を制度化した日本は、人種差別(racism)社会と言える(*4)。

萩原が『ブラック』を上梓してからすでに20年近くが経過しているが、現在の日本の状況を的確に言い当てている洞察である。「在日朝鮮人や他の第三世界出身者に対する植民地主義的な権力関係の維持」のために、そうした人々を抑圧し攻撃する「ヘイトスピーチ」は現在も日本に偏在するレイシズムの顕現であろう。在日コリアンの現代アーティストたちや、一部の日本人アーティストたちがこうした問題に作品を通じて取り組んできた。映像・パフォーマンス作家の琴仙姫(クム・ソニ)は、2005年に制作した映像作品《獣となりても》の一場面において、日本の北朝鮮コミュニティで育った自身の体験にも言及しながらながら、在日コリアンに対する迫害の歴史を前景化している。

在日コリアン3世のアーティストであるチョン・ユギョンは、国家や民族にまつわる思索から作られる絵画を発表するいっぽう、ナショナリズムが高揚するオリンピックの時期にはピクトグラムを用いた「ZAINICHI AGAINST RACISM」という缶バッチを自作して販売するなどのアクティビスト的なエンゲージメントの手法を通してレイシズムとの戦いを展開している。

チョン・ユギョン ZAINICHI AGAINST RACISM 2021
チョン・ユギョン Untitled -Victory- (black)  2019

ドローイング作品《新大久保レイシズム昆虫合戦図》(2013)などの作者である竹川宣彰は、特に在日コリアンらに対するヘイトスピーチに抗する運動に連帯しながら、日本におけるレイシズムの蔓延と格闘しているアーティストである。しかしながら、日本ではこうした芸術実践の意義が十分に認知も議論もされていないのが現状である。ここまで繰り返し述べてきた通り、レイシズムは現代世界を生きるあらゆる人々——当然ながら、そこにはアーティストやアート関係者も含まれる——に関わる問題である。誰も他人事のような顔をしてはいられないのだ。日本においても、アートを通してレイシズムと対峙し、対決する様々な実践が今後、さらに広く深く議論されていく必要がある。

竹川宣彰 新大久保レイシズム昆虫合戦図 2013 © Nobuaki Takekawa Courtesy of Ota Fine Arts
竹川宣彰 新大久保レイシズム昆虫合戦図(部分) 2013 © Nobuaki Takekawa Courtesy of Ota Fine Arts
竹川宣彰「AMIGOS」展示風景(オオタファインアーツ、東京、2020)。スペイン語で友達を意味する展覧会タイトルの「AMIGOS」は、日韓間の軍事情報包括保護協定「GSOMIA」のアナグラムになっている © Nobuaki Takekawa Courtesy of Ota Fine Arts

*1──石松紀子『イギリスにみる美術の現在——抵抗から開かれたモダニズムへ』花書院、2015年、41頁。
*2──小田原のどか「モニュメンツ・マスト・フォール?——BLMにおける彫刻削除をめぐって」『現代思想 vol.48-13』青土社、2020年、245頁。
*3──吉國元「私のフィールドワーク」、https://www.motoyoshikuni.com/texts
*4──萩原弘子『ブラック——人種と視線をめぐる闘争』毎日新聞社、2002年、33頁。


【もっと知りたい人へ: おすすめの本・映像】
・Eddie Chambers, Black Artists in British Art: A History Since the 1950s, I. B. Tauris, 2014.
1980年代のイギリスで盛り上がりを見せたブラック・アーツ・ムーブメントの作家でもある、アーティストのエディ・チェンバースは主にブリティシュ・ブラック・アートを専門とする美術史家としても活動している。2014年に出版された本書は、戦後、1950年代から2010年代までのブリティシュ・ブラック・アーティストたちの活動と作品の歴史が、当事者でもあるチェンバースの目線も交えて語られている貴重な記録である。

・映画『それでも夜は明ける』、2013年
原題は「12 Years a Slave」。ブラック・アーツ・ムーブメント後、1990年代のイギリスでブリティッシュ・ブラックの映像作家として頭角を現したスティーヴ・マックィーンが監督を務めた。マックィーンの映像作品については、上述したチェンバースの著作のなかでも紹介されている。この映画は、1980年代半ばに実際に奴隷として売られた黒人男性の書いた自叙伝を原作として製作され、彼が解放されるまでの12年間の苦難の道のりを描いている。本作はアカデミー賞・作品賞を筆頭として、様々な賞を受賞した。

・白凛『在日朝鮮人美術史1945-1962——美術家たちの表現活動の記録』明石書店、2021年
戦後、日本には数多くの在日コリアンがいる。そのなかには、当然ながら美術家になった人々がいた。だが、そうした人々の活動は、ナショナルな枠組みが強い美術史の記述から疎外され、忘却されてきた。白凛の近著には、差別や偏見とも戦いながら芸術活動にエンゲージし続けた在日コリアン美術家たちの軌跡が克明に記されている。

山本浩貴

山本浩貴

やまもと・ひろき 文化研究者、アーティスト。1986年千葉県生まれ。実践女子大学文学部美学美術史学科准教授。一橋大学社会学部卒業後、ロンドン芸術大学にて修士号・博士号取得。2013~2018年、ロンドン芸術大学トランスナショナルアート研究センター博士研究員。韓国・光州のアジアカルチャーセンター研究員、香港理工大学ポストドクトラルフェロー、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科助教、金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科芸術学専攻講師を経て、2024年より現職。著書に『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社 、2019)、『トランスナショナルなアジアにおけるメディアと文化 発散と収束』(共著、ラトガース大学出版、2020)、『レイシズムを考える』(共著、共和国、2021)、『この国(近代日本)の芸術――〈日本美術史〉を脱帝国主義化する』(小田原のどかとの共編著、月曜社、2023) など。