最終更新:2021年11月24日

ストリートとアート:「路地裏」から生まれる革新的な文化史 【シリーズ】〇〇とアート(2)

シリーズ「〇〇とアート」は、現代社会や日常生活とアートとの双方向的な関わり合いを考えるリレー連載。
第2回は「ストリート」をテーマに、アーティストの中島晴矢が、1970年代に萌芽したストリートカルチャーから日本の前衛美術、そして現代のストリートをめぐる諸相までを辿る。

中島晴矢 TOKYO CLEAN UP AND DANCE ! 2019 シングルチャンネルビデオ 17 分 59 秒

拡張される文化概念としての「ストリート」

本稿では、「ストリートとアート」というテーマをできるだけ掘り下げてみたい。かなり大まかな議論になるが、あくまでひとりのアーティストとしての視座から、昨今のアートシーンにおいて避けて通ることのできない「ストリート」なるものをめぐる諸相を辿っていこう。

まず、世間でも一般的に用いられる「ストリート」という言葉は、基本的に「ストリートカルチャー」をベースとしている。「ストリートカルチャー」とは、文筆家 / DJの荏開津広が言うように、「1970年代にニューヨークで始まったヒップホップを中心としたものや、同じく70年代にカリフォルニアで生まれたスケート・カルチャーに根差すカルチャー」(*)を指す。つまり狭義の「ストリート」とは、ヒップホップやスケートボードといった、70年代アメリカ発のサブカルチャーを起源とする概念だ。

とはいえ、その文化概念は絶えず拡張して用いられてきた。たとえば社会学者の毛利嘉孝は、『ストリートの思想──転換期としての1990年代』(NHK出版、2009)において、90年代を転換期として総括したうえで、ゼロ年代の様々な運動を紹介しながら、新しい政治的な実践を担う場として「ストリート」を定義している。本書において「ストリート」は、「自ら持続的な空間を所有しているわけではないので、常に突発的で、一時的で、流動的なのだが、それゆえに今日の新しい対向的な政治の可能性」を示す、「場所とも非場所とも呼ぶべき空間」だった。ここでは「ストリート」が、旧来の「左翼的なもの」を乗り越えるための政治的な空間として期待されている。

また、「ストリート」から真っ先に想起されるアートは、ヒップホップの四大要素のひとつでもある「グラフィティ」かもしれない。ただ、アーティストの大山エンリコイサムは著書『ストリートの美術──トゥオンブリからバンクシーまで』(講談社、 2020)の中で、「グラフィティ(ライティング)」と「ストリートアート」を丁寧に腑分けしている。大山によれば、前者は「動的に崩れたアルファベットが絡み合い構成するライターの名前を、エアロゾル塗料やマーカーで地下鉄やストリートにかく行為」であり、後者はそれが世界的に輸出され多様な進化を遂げた、「名前をかくことに限定されない、あらゆるクリエイティブな表現」である。その意味で今日の「ストリートアート」は、路上で実践される類のアート表現に広く当てはまると言っても過言ではない。

このような広義の「ストリート」性は、ゼロ年代から10年代におけるオルタナティブなアートの動向に色濃く反映されてきた。それはとくに2011年3月11日の東日本大震災、そして13年の東京オリンピック招致決定以降、各地で催される「芸術祭」のサイトスペシフィックな要請と共振しながら、Chim↑Pomやカオス*ラウンジ、SIDE COREらを軸に展開されてきたように思える。そうしたコンテクストで記憶に新しい作品として、たとえばMESの《DISTANCE OF RESISTANCE》(2020)を挙げることができるだろう。

MES「DISTANCE OF RESISTANCE / 抵抗の距離」展(TOH、東京、2021)メインビジュアル デザイン:山田悠太朗

 「路地裏」における「ストリートアート」の系譜

次に、上記の拡張された概念を援用し、起源としての1970年代アメリカ文化から遠く離れて、日本の現代美術における「ストリート」表現を遡って見ていきたい。もちろん、現時点から過去のパースペクティブを引き直す行為が、ある種暴力的な振る舞いであることは自覚しているつもりだ。しかし日本現代美術史の内に、いわば「ストリートアート」と呼び得る系譜があると私は見立てている。それは、路上でのアクションを繰り広げてきた「前衛の遺伝子」(足立元)に深く息づいているように思えるのだ。

そもそも「ストリート」とは、当然のことながら原義としては「通り」のことである。そのうえで「通り」を大きく2種類に分ければ、「表通り」と「裏通り」があると言える。なかでも、多様で刺激的な文化を育んできた「ストリート」は、ニューヨークの再開発に際して交わされた都市計画家のロバート・モーゼスと女性活動家のジェイン・ジェイコブズによる論争を例に出すまでもなく、やはり「裏通り」のほうではなかったか。

文芸評論家の川本三郎は『大正幻影』(新潮社、1990)で、佐藤春夫や室生犀星、永井荷風らを引きながら、日本近代文学における「路地の発見」を大正時代に置いている。「路地」とは大正以降の「都市への人口の集中」が生んだ、「よそよそしくしかし猥雑な活気のあふれた人口密集地域」だ。そして「明治時代は表通りの時代であり、大正時代は路地の時代である」と看破するように、川本は明治国家的な「表通り」に対して、ささやかで個人的なユートピアとして大正期の「路地裏」をとらえた。以来、文学者をはじめとするアーティストの都市空間での表現活動は、もっぱらこの「ストリート」=「裏通り」=「路地」を舞台としてきたはずである。なぜなら、仮にそれが「表通り」での営為であろうと、その本質は「表通り」へのアンチテーゼにあるからだ。

中島晴矢 Tokyo Barracks 2019 関東大震災の絵葉書、ペン 20×14.9×3.4cm

こうした背景から浮かび上がる「ストリートアート」の実践を、いくつか列挙してみよう。「考現学」を提唱した今和次郎は、関東大震災後の東京で、立ち並ぶバラック群にペンキで絵を描いて回る「バラック装飾社」を興した。

平田実 BE CLEAN! 首都圏清掃整理促進運動 ハイレッド・ センター 1964 ゼラチン・シルバー・プリント © HM Archive | Courtesy of Taka Ishii Gallery Photography / Film

また、戦後の1960〜70年代に花開いた〈前衛の時代〉において、高松次郎・赤瀬川原平・中西夏之によるハイレッド・センターは、《首都圏清掃整理促進運動》に代表される一連のハプニングやイベントを企図している。さらに、ゼロ次元による公共空間での「儀式」、反戦や反万博のメッセージを伴ったダダカン(糸井貫二)のストリーキング、あるいは演劇における寺山修司の市街劇や、唐十郎の赤テントもそこに含まれるだろう。

糸井貫二 糸井宅付近/仙台 1970 年 9 月 20 日 © Mitsutoshi Hanaga  Courtesy of Mitsutoshi Hanaga Project Committee.(Taro Hanaga, Gallery Kochuten and Aoyama Meguro)

読売アンデパンダンの盛衰に象徴的なように、これらは美術館や画廊、劇場といった既存のフレームから逃れようと、「ストリート」へ飛び出していった経緯を持つ。何よりそうした想像力の根底にあったのは、60年安保闘争や68年前後の新左翼運動で頻発した、街頭デモの騒乱だった。

60年安保闘争で国会を取り囲んだデモ隊(1960年6月18日) 朝日新聞社「アルバム戦後25年」より 出典:ウィキメディア・コモンズ

かような「ストリート」=「裏通り」=「路地」における表現は、1980〜90年代においても「ザ・ギンブラート」や「新宿少年アート」など、シミュレーショニズムのかたちを取りながら試みられてきたし、先述したようにゼロ年代以降も継続して実施されている。ことほどさように、「路地裏」における前衛的な「ストリートアート」の「遺伝子」は、現在に至るまで連綿と受け継がれているのだ。

中村政人らが主催し、1994年東京・新宿の歌舞伎町一帯で催された展覧会「新宿少年アート」より、八谷和彦パフォーマンス © Masato Nakamura

ポスト・パンデミックの「ストリートとアート」

最後に、2020年代の「ストリートとアート」が今後どのような可能性を胚胎しているのか、独断によって簡単な見通しを立ててみよう。

目下、いわゆる「ストリートアート」は極めて表層的に消費されている。バンクシーやKAWSはSNS及びマーケット上にセレブリティとして君臨し、かつて有していたカウンターカルチャーとしての側面をもうほとんど持ち合わせていない。「反逆の神話」(ジョセフ・ヒース、アンドルー・ポター)と批判されかねない、肥大して陳腐化した「ストリート」的な〈イメージ〉に、私はあまり興味をそそられないでいる。

おまけに、この2年弱の新型コロナウイルスによるパンデミックは、あまりに甚大な社会的分断を生んだ。「表通り」は政府の要請による市民間の相互監視でがんじがらめになり、およそ身動きが取れない。なおかつ、ネットとその影響を無視できないマスメディアは、日々誰かを吊るし上げ叩き落とす「カーニヴァル」(鈴木謙介)に躍起になっている。そんな状況下で、「ストリート」の動向は再びクローズドになり、水面下に潜っているように思えるのだ。

緊急事態宣言発令中、20時以降の渋谷センター街に立ち寄る機会があったが、そこでは「お酒飲めますよ」と煽るキャッチが集い、そこかしこから爆音でクラブミュージックが流れ、スケーターが跋扈し、路上飲みが催されるという一種アナーキーな様相を呈していた。タテマエが崩れたホンネの世界。いまや深夜の繁華街は、「表通り」も含め、おしなべて「裏通り」へと反転してしまっている。むろんそれは疫学的に唾棄すべき事態だろうが、誤解を恐れずに言えば、その雰囲気に抗い難い魅力を感じてしまうことを私は禁じ得ないのだ。

いつの世も革新的な文化は「路地裏」から生まれる。建築史家のイアン・ボーデンは、「早期のスケートボーダーたちは、実際には空間と時間を拝借していたというよりは、乗っ取っていた」(『スケートボーディング、空間、都市──身体と建築』新曜社、2006)と書いた。「ストリート」における表現の本懐は、言うなれば〈公共圏の我有化〉にある。コロナ禍でも信頼できる少数の仲間と「ストリート」に繰り出し、秘密裡に蠢き遊ぶ連中へわずかばかりの希望を抱いてしまうのは、果たして許されざる心性だろうか?

ポスト・パンデミックのアンダーグラウンド化した「ストリート」から、これからの新しいアートが立ち現れる。そしてそれは、プレイヤーであれオーディエンスであれ、実地に身体を持っていき、自分の目や耳を通して体験するしかない───私にはそんな予感がしてならないのである。

*──「amanatoh」「ストリートカルチャーが世界を変える、ファッションが“階級”をハックする」https://amanatoh.jp/event/report/4157/

【もっと知りたい人へ: おすすめの本・映像】
・永井荷風『濹東綺譚』、岩波書店(改版)、1991(私家版:1937)[小説]
・滝田ゆう『寺島町奇譚』、クリーク・アンド・リバー社 、2015(発表:1968〜72)[マンガ]
・ジェフ・チャン『ヒップホップ・ジェネレーション』押野素子訳、リットーミュージック、2007/2016(原著初版:2005)[評伝]
・マット・ティルナー監督『ジェイン・ジェイコブズ ニューヨーク都市計画革命』、2016[ドキュメンタリー映画]
・ジェイン・ジェイコブズ『アメリカ大都市の死と生』、山形浩生訳、鹿島出版会(新版)、2010(原著初版:1961)[評論]

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中島晴矢

中島晴矢

なかじま・はるや アーティスト。1989年神奈川県生まれ。法政大学文学部日本文学科卒業、美学校修了。美学校「現代アートの勝手口」講師、HIPHOPユニット「Stag Beat」MC、プロジェクトチーム「野ざらし」メンバー。現代美術、文筆、ラップなど、インディペンデントとして多様な場やヒトと関わりながら領域横断的な活動を展開。主な個展に「東京を鼻から吸って踊れ」(gallery αM/東京、2019-2020)、「バーリ・トゥード in ニュータウン」(TAV GALLERY、東京、2019)、グループ展に「芸術競技」(FL田SH、東京、2020)、連載に「オイル・オン・タウンスケープ」(論創社)、「中島晴矢の断酒酒場」(M.E.A.R.L.)など。

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