蜷川実花インタビュー。「それでも世界は美しい」光と花々に見出した新境地

東京都庭園美術館で開催中の個展「蜷川実花 瞬く光の庭」で最新作を披露している写真家の蜷川実花。映画監督としても活躍する蜷川が、コロナ禍で見出した新境地とは?

蜷川実花、東京都庭園美術館の「蜷川実花 瞬く光の庭」会場にて  撮影:編集部

ざわつく世界 感度上がった1年半

写真家・映画監督として多彩な活動を展開し、独自のスタイルが国際的にも高く評価されている蜷川実花。 そのコロナ禍以降に制作した最新の植物の写真と映像作品が、歴史的な名建築と競演する展覧会「蜷川実花 瞬く光の庭」東京都庭園美術館で9月4日まで開催されている。担当学芸員は同館の田村麗恵。

昨年秋まで大規模な個展が全国10会場で開催され、最新監督作の映画『ホリックxxxHOLiC』の公開も記憶に新しい蜷川。本展は、昨年早春から今年春にかけ国内各地で撮影した約4万点の写真から厳選した80点が、アール・デコ様式で装飾された同美術館の本館(旧朝香宮邸)に並ぶ。新館では、四季の花々を巡る蝶を主役にした新作の映像インスタレーション《胡蝶のめぐる季節》も披露している。自ら「光彩色」(こうさいしょく)と名付けた、柔らかな光と色にあふれた作品群は、蜷川の新境地と言えそうだ。「私の“新章”が始まった』と言う蜷川に制作の経緯や心境を聞いた。

蜷川実花 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery

──昨年まで各地を巡回した「蜷川実花展—虚構と現実の間に—」がこれまでのキャリアを総覧する展覧会だったのに対し、本展からは蜷川さんの現在形が伝わってきます。華麗かつモダンな要素もあるアール・デコ様式の建築空間と、蜷川さんの代表的モチーフである花々の写真が響き合って、展覧会自体がひとつの作品のようでもありますね。どのように構成を考えたのでしょうか?

東京都庭園美術館の本館という、普通の美術館とはまったく性質が違う展示空間は非常に意識しましたね。この場所が持つ雰囲気や歴史、記憶をどう生かすかをまず考えました。私色に染めるのではなく、作品と建物の間に良い関係性をつくりたいと思ったんです。ですから非常にシンプルな展示になっていると思います。基本的に壁面や窓部分にしか作品を掛けていませんが、各部屋にどの種類の花やどのような写真を展示するかはとても繊細に決め込んでいます。

東京都庭園美術館 南面

本展で展示しているのは私が「光」を追い求めた作品でもあるので、刻一刻と変わる光の中で見ていただく方が面白いのではないかと思い、(作品保護の観点から)通常は閉めている各部屋の窓のカーテンを結構開けてもらいました。そのカーテンの開閉具合も部屋によって変えるなど、見せ方は細かく細かく詰めています。本館自体が美術品のようなものなので、とらえ方によっては展示が難しいのですが、私は建物の力を借りたかったし、その邪魔もしたくなかった。空間と作品が共鳴するような展示にしたいなと思っていました。

会場風景
会場風景

──東京都庭園美術館本館は、フランス滞在中に全盛期のアール・デコ様式に感銘を受けた朝香宮夫妻の邸宅として1933年に完成し、いまは国の重要文化財に指定されています。これまで蜷川さんは様々な場所で展示やインスタレーションを手がけてきましたが、歴史的な建造物ならではの苦心はありましたか?

歳月を重ねた美術品のような建物に新しい作品を入れ込むので、どう調和させるかは非常に難しかったですね。建築の性質や保全上、展示方法にも制約がありましたし。でも美術館の方をはじめ皆の創意工夫で、あまりそう感じさせない展示になっていると思います。

蜷川実花、東京都庭園美術館の「蜷川実花 瞬く光の庭」会場にて

──本展の作品はすべて蜷川さんの代表的なモチーフ「花」の写真です。展観は、春の訪れを告げる梅に始まり、夏、秋、冬を経て再び春と四季を巡るように花々の写真が展開します。展示方法では蜷川さんが言われた窓の使い方がとくに印象的でした。作中の光が本物と重なるように感じたり、後ろに見える美術館の庭園の木々が借景のような効果をあげたりしています。

窓から見える景色や部屋の雰囲気を、自分の花の作品とどう溶け合わせるかは非常に気を使った部分です。西日が入る部屋は夕陽が映った写真を置いたり、藤の花の作品をメインにした1階大食堂は時間帯によって見え方が違うように配置やサイズを考えたりもしました。窓のカーテンの状態も直線的に開けたり、たわめてドレープを出したり、閉めたりと部屋によって変えています。実際にカーテンを触らせてもらって、いろいろ試しながら形を決めました。

会場風景
東京都庭園美術館 西洋庭園

田村学芸員:他の人がやっても蜷川さんみたいにきれいなドレープは出せないんですよ。

撮影のセットでしょっちゅう使っているから布の扱いに慣れているんです(笑)。もともと、小道具としてカーテンは好きですしね。

──展示作品は、この1年余の間に撮りためた約4万点の中から80点をセレクトしています。多忙な中で「花」というひとつの主題に特化して、これほど膨大な点数を撮影するのはあまりない経験だと思うのですが、どのような状況で撮影したのでしょうか?

花自体はライフワークなのでこれまでも呼吸するように撮ってきましたが、それにしてもこの1年余りは数が多かった。ものすごく感度が上がった1年半で、花に集中したら尋常じゃない撮影量になりました。長年撮影してきた花に、これほど新しい気持ちで向き合えたのは驚きだったし、自分の写真もかなり変わったと思います。「なぜ?」と聞かれたら、自分の世界のとらえ方と感じ方が変わったタイミングに撮影した時期が重なり、これまでと花が全然違うふうに見えて、その変化が自分でも楽しかったんじゃないかな。まるで生まれ変わったようなまなざしで、世界をとらえられることに夢中になっていた感じですね。

蜷川実花 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery
蜷川実花 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery

自分が認識するより先に写真が変わった

──ご自身の感度が上がったことと、コロナ禍はリンクしていたのでしょうか?

そうですね。撮影はすべて国内で行いましたが、これは完全にコロナ禍の影響ですね。コロナ以前はかなり頻繁に海外に行っていましたから。でも撮影条件は別にして、直接的に作品が影響を受けたかと言えば違う気がします。コロナ禍を機に世界が激動し、人々の生活様式や考え方や価値観が変わりましたよね。すごい勢いで世界が動いているなかで、みんなの気持ちがざわざわしたり、世の中の空気が変化したりといった、目に見えないものの影響をダイレクトに自分は受けているのだと撮り進めるうちに気づきました。

私は自分が認識するより先に写真に様々な変化が現れます。撮っているときは分からないんですが、撮影した写真を見返して初めて「自分が変わってきた」とか「いまはこれを求めているんだ」とか腑に落ちることが多いんですね。今回は時代の変わり目に反応していたように思います。

蜷川実花、東京都庭園美術館の「蜷川実花 瞬く光の庭」会場にて

──アーティストは、見えないものを可視化する意味合いで「炭鉱のカナリア」にたとえられることがあります。

いろいろな事柄を敏感に感知する人がアーティストになるとすれば、自分もそれなりに感じていたのだろうなと思います。

──作品は全国各地で撮影されています。花の種類や場所を選ぶ際の基準はありましたか。

撮影は、その花が咲く時期にその花が咲いている場所へ開花状況をチェックしながら移動を繰り返しました。どれも特別な場所ではなく、東京の新宿御苑だったり、フラワーパークだったり、植物園だったり、近所の公園だったり。ごく普通の誰でも知っている場所ばかりです。雪の日に庭園美術館の庭園で撮影させていただいた作品もあります。

蜷川実花 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery

今回改めて分かったのは自分が人間の手が入った花に興味があるということです。花壇や庭園、桜並木など人の手によって大切に育てられるから成立している花が世の中にはたくさんあって、そのことを美しいと思う。庭園美術館の庭も、来るたびに手間を惜しまずに樹木や植物を世話していると実感します。もちろん野に咲く花や高山植物もすばらしいけれど、私は人間と共存してより美しくなっていく植物にひかれるようです。

──特に桜は毎年撮影してきたテーマで、写真集『桜』(2011)も出されています。被写体としての桜はどの点に魅力を感じますか?

理屈があるというよりも、桜は「撮らずにはいられない!」と言う感じに近いかな。散っても翌年必ずまた花を咲かせる生命力や散り際の美しさに、気持ちがシンクロするのかもしれません。でも桜を良い時期に撮るのは非常に難しい。天気や気温で花の状態はあっという間に変わるし、満開の時期は短く、散るタイミングも測りがたい。毎年、天気予報とにらめっこしながら撮影できそうな日を考えます。今回の展示では桜を撮影するため新宿御苑に10回以上通ったんですが、同じ日でも朝と夕方では花の表情が全然違いました。

桜は、その刻一刻と移りいくさまが「瞬間を永遠に留めたい」という写真本来の動機に合うのだと思います。他の花はもう少し撮影のタイミングが合わせやすいんですよ。桜は本当に難しくて。でも一瞬の夢のような輝きをカメラに収めることができるから好きなのでしょうね。

柔らかい光に満ちた「光彩色」の世界へ

蜷川実花 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery

──蜷川さんの写真と言えば、目がくらみそうに鮮やかな独特の色彩が思い浮かびます。でも、ご自身で「光彩色」と呼んでいる本展の作品群は、これまで見たことがないような柔らかい光と色にあふれていて、新境地だと感じました。

近い写真は以前にもありましたが、自分がかつてないほど「光」を求めていたのは確かでしょうね。光は「希望」だけど、その瞬間の「輝き」でもあって、時間が経つと薄れてしまう。撮影しているときは、自然の光に包まれた花を見ながら「この美しさが続いてほしい」と願う気持ちと、「はかないからこそ尊い」という確信が交錯して、祈りに近い気持ちでシャッターを押すことが多かった。「光彩色」と名付けたのは、私の作品は「極彩色」とよく形容されるのですが、本展ではふさわしくないので、適切に思える言葉を考えました。

──蜷川さんの作品は、ヴィヴィッドな色彩世界が内包する毒っぽさや孤独感も持ち味です。でも本展の写真は透明感や明るい穏やかさ、幻想的なはかなさが際立って感じられました。

撮影を経て、自分が濾過されたような感じがします。これまでは、怒りを原動力に作品を作りあげていたところがあったんですが、それは一旦止めてもいいんじゃないかと自分を解放した結果、今回のように素直な写真が撮れたのかもしれないです。

蜷川実花 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery
蜷川実花 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery

――先日の日曜日に本展を訪れました。お年寄りからお子さんまで非常に幅広い世代の方が作品に見入っていたのが印象的でした。「気持ちが明るくなった」と言いながら帰っていく方もいました。

そう聞くと嬉しいです。未来はどうなるか分からないけれど、いま目の前にある世界はこんなにも美しい。コロナ禍の揺れ動く世界の中で、大勢の人がそう実感したと思うし、私も「でもやっぱり世界は美しいよね」と思いながら花を撮っていました。それを伝えたくて撮影したわけじゃないけれど、結果的にはそうしたメッセージになったと思います。

田村学芸員:来館者からは「癒された」「浄化される感じ」「固まっていたものがスーッとほぐれた」といった感想をいただいています。

確かに『ヘルタースケルター』の監督と同じ人物が撮ったとは思えないかも(笑)。私の中ではいろいろな感覚がグラデーションになっていて、片方の端にダークな『ヘルタースケルター』の世界、もう一方の端に光に満ちた『光彩色』の世界があるみたいで。

田村学芸員:どちらも蜷川さんの作品世界の特徴ですし、両方とも鑑賞者を引っ張る力になっていますよね。今回は見る人が重荷を下ろせて気持ちが軽くなったり、心地良くなれたりする面が強く出たように感じています。

主語が「私」から「私たち」になった

会場風景

──何枚もの紗幕に移り行く四季と花々、蝶の姿を投影した映像インスタレーション《胡蝶のめぐる季節》は、きらめく万華鏡の中にいるような没入感が味わえました。アート作品では初めてチームで制作したそうですが、発見はありましたか?

ひとりでは絶対なし得なかった作品だと思います。コンセプト段階から宮田裕章さんと案を出し合い、編集や技術担当者も一緒にディスカッションを重ねて、皆のアイディアが混然一体となった状態で作品を作りました。音楽を作曲してくださった内澤崇仁さん(androp)も素晴らしかった。映画はもっと指揮系統がはっきりしていて、私がやりたいことへ向かってプロの集団が走るピラミッド型の構造になっています。本作は私の作品ですけれど、もう少し有機的にいろいろな人が入り乱れたアイディアのキャッチボールがありました。チームで作るってこういうことなんだ、と思いましたね。映像は写真と並行して撮影したのですが、蝶が回遊しながら季節を巡る本作のコンセプトが固まると、本館の展示構成もあのかたちに決まりました。

映像インスタレーション《胡蝶のめぐる季節》の会場風景
映像インスタレーション《胡蝶のめぐる季節》の会場風景  撮影:編集部

──いま「チーム」という言葉が出ましたが、本展の映像インタビューで「主語が『私』から『私たち』になった1年半だった」と振り返っていたのが印象に残っています。どのような心境の変化があったのでしょうか?

私は第2次ベビーブーム世代なんですね。とにかく人数が多かったし、「私が」と頑張らないと埋没してしまう世代。アーティストになってからは「私はこうしたい」がもっとも数多く発してきた言葉で、「私」に対して忠実であることが結果的に誠実なものづくりになると考えてやってきました。だから見てくださる方のことは最後のパッケージ段階では考えるけれど、作品は自分のためにしか作っていない、とインタビューでも言い切ってきたんですよ。それが結構変わってきた。見る方の順位が自分の中で上がり、主語も「私」より「私たち」と言えたらいいなと感じるようになりました。大人になったのかな(笑)。

多分コロナ以前の、1人目の子供を産んだ頃からじわじわと自分が変わる兆しはあったのかもしれないです。自分の中の“毒”をマックスで出したのが映画『ヘルタースケルター』の時期で、「母親になって丸くなった」と言われたくなかったし、そんな視線に抗いたかった。その後に2人目が生まれ、緩やかに自分にかけた枷(かせ)が溶けていって、それが完全に抜けた時期とコロナ禍と今回の展覧会のタイミングが重なったのだと思います。自分で自分を解放していく過程だった気もするし、生まれ変わりの儀式だったような気もするし、いまは新しいスタート地点に立てた気がします。今年50歳になるんですが、「人生100年」なら折り返し地点ですよね。その意味で自分にとって重要な展覧会になりました。

蜷川実花 © mika ninagawa Courtesy of Tomio Koyama Gallery

──1990年代半ばに写真家として活動を始められて四半世紀が経ちました。当時の若い女性写真家の作品を「女の子写真」とひとくくりに呼ぶ風潮に対して、蜷川さんは違和感を表明してこられたし、木村伊兵衛写真賞を2001年に同時受賞した長島有里枝さんは著書『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(2020)で男性評論家の固定観念を指摘しました。ただ性差による不均衡やバイアスはまだまだあるものの、近年では女性が声を上げる#MeToo運動が起き、東京都庭園美術館のように女性館長が増えてアート界も少しずつ変わる兆しが見えます。最近の状況をどう考えますか?

先日、男女格差を数値化したジェンダー・ギャップ指数(*)が日本は世界116位で主要先進国では最下位だと報じられましたね。あの数字を見ると本当にやるせないし、涙が出そうになります。ただ私自身に関して言えば、基本カメラマンは撮影現場でつねにリーダーだし、映画監督もそう。男性の下で仕事をした経験がないので、自分ではそれほど大変な思いはしてきていないんですね。ただ、隣で起きている出来事についてきっちり声を上げてきたかと言うと、そうではなかった気もします。許せなければ盾ついたし、作品の中ではさんざん女性に声を上げさせてきたけど、仕事に差し障りそうなことは回避してきたかもしれない。だから、いまの若い女性が「それは違う!」と意義を申し立てる姿がまぶしい。私の映画の現場スタッフは女性の方が多いんですが、そうやってまず自分にできることからやっていこうと思います。

田村学芸員:補足すると、赤ちゃん連れで本展を鑑賞していただける「ベビーデー」を今度開催するのですが(申込期間終了)、蜷川さんからのご提案で定員数を大幅に増やしたんですよ。

上の世代の女性が頑張ってくれたおかげで、まだ私は仕事がしやすかったと思う。だから将来、私も下の世代にそう言ってもらえるように環境づくりをしていかなければと感じますね。

蜷川実花、東京都庭園美術館の「蜷川実花 瞬く光の庭」展にて  撮影:編集部

(*)──世界経済フォーラム(スイス)が毎年、男女格差報告書で公表する数値。世界各国を対象に教育・健康・政治・経済の4分野を分析し、男女平等の達成率を指数化したもの。

蜷川実花

にながわ・みか 写真家、映画監督。1972年東京都生まれ。木村伊兵衛写真賞ほか受賞多数。映画『さくらん』(2007)、『ヘルタースケルター』(2012)、『Diner ダイナー』(2019)、『人間失格 太宰治と3人の女たち』(2019)監督。Netflixオリジナルドラマ『FOLLOWERS』が世界190か国で配信中。映像作品も多く手がける。2008年、「蜷川実花展」が全国の美術館を巡回。2010年、Rizzoli N.Y.から写真集を出版、世界各国で話題に。2016年、台北現代美術館(MOCA Taipei)にて大規模な個展を開催し、同館の動員記録を大きく更新。2017年、上海で個展「蜷川実花展」を開催。2018年から2021年に全国の美術館を巡回した個展「蜷川実花展—虚構と現実の間に—」は各地で好評を博し、のべ約34万人を動員した。最新写真集に『花、瞬く光』。

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。