公開日:2026年10月22日

「見る/見られる/見せる」を越えて──「アイヌ民族と博覧会 ―150年の経験―」展(国立歴史民俗博物館)が問いかけるもの(評:吉本裕子)

千葉・佐倉の国立歴史民俗博物館にて「アイヌ民族と博覧会 ―150年の経験―」展が、11月29日まで開催されている。本展を文化人類学者の吉本裕子(横浜市立大学客員研究員)がレビューする

会場風景より、「第五回内国勧業博覧会」明細図

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「見せる」ことを考える

大阪・関西万博において、アイヌ民族が伝承してきた舞踊が披露されたことは記憶に新しい。千葉・佐倉にある国立歴史民俗博物館にて開催中の「アイヌ民族と博覧会 ―150年の経験―」展は、1872年の「湯島聖堂博覧会」にアイヌ資料が初めて出品されてから、2025年の「EXPO2025 大阪・関西万博」に至るまで、およそ150年にわたるアイヌ民族と博覧会の関わりを描き出している。

会場風景

博覧会は、新たな知識や文化、産業を紹介する場として近代社会の形成に大きな役割を果たしてきた。いっぽうで、それは人やモノを収集し、分類し、序列化する場でもあった。とりわけ、会場内で生身の人間を生活させ、観覧の対象とした「人間展示」は、文化人類学や歴史学等の分野において、植民地主義や人種主義との関係から批判的に検討されてきた。1903年の「第5回内国勧業博覧会」に設置された学術人類館では、アイヌをはじめ沖縄、朝鮮、台湾、インド、ジャワ等の人々が展示対象となり(*1)、日本の博覧会史においても象徴的な出来事として記憶されている。

会場風景

しかし、本展の特徴は、こうした歴史を「見る側」と「見られる側」という関係からのみとらえるのではなく、博覧会に関わった多様な人々の経験や、その関係性に光を当てている点にある。展示から浮かび上がるのは、「見られる側」にとどまらず、ときに他者を「見る」立場にもなり、自らの文化を「見せる」ことにも関わってきたアイヌの人々の姿である。

本稿では、本展が描き出す「見る/見られる/見せる」という重層的な経験に着目しながら、展示の意義と課題を検討するとともに、その歴史を踏まえた今日の博物館の在り方について考えてみたい。

会場風景より、川村則子によるミンタラ
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