
石上純也が設計した徳島文化芸術ホールの設計図
徳島県の新ホール整備計画をめぐり、建築家・石上純也が設計した旧ホール計画を紹介する展覧会が開催直前に中止となった。実施設計段階まで進んでいた旧計画の内容を県民に広く知ってもらうことを目的とした展示だったが、開催2日前に中止が決定。石上に、その経緯と展覧会に込めた思いを聞いた。
徳島県の新ホール整備計画をめぐり、建築家・石上純也が設計した旧ホール計画を紹介する展覧会が、6月1日の開催直前に中止となった。
同展は、日本建築家協会(JIA)四国支部 徳島地域会の関係者らが中心となって企画したもので、これまで十分に公開されてこなかった設計図面や計画内容を県民に広く知ってもらい、現在進行中の新ホール計画との比較や議論のきっかけを生み出すことを目的としたもの。

石上によると、同氏が設計したホール計画は前知事・飯泉嘉門の時代に進められた事業で、実施設計に相当する段階まで進み、工事着手直前の状態にあったという。しかし、その内容は県民に十分知られておらず、今年3月に開催された講演会では、初めて計画の詳細を知った県民や建築関係者から大きな反響が寄せられた。そうした反応を受け、徳島県建築士事務所協会の関係者らが中心となって展覧会の開催を企画したという。
いっぽう、現知事・後藤田正純就任後、県は別敷地で新たなホール整備計画を推進しており、結果として2つの計画が並行する状況となっている。石上によると、自身と県との基本協定は現在も継続しており、旧計画は法的には終了していない状態だという。
石上は、新計画の根拠として県が説明してきた都市計画上や事業費上の理由についても疑問を呈する。県はこれまで、旧計画地周辺にある鉄道車両基地の移転などを前提とした都市計画上の事情を新計画の理由のひとつとして説明してきたが、石上は「その前提条件はすでに失われている」と主張。また、事業費や工期についても当初掲げられた削減目標が実現していないとして、「新たな敷地へ移転する合理性は薄れている」との見方を示した。
こうした状況のなかで企画された展覧会では、約2000枚に及ぶ設計図面のうち、公開が認められた一部の図面やパネル展示を通じて、実現目前まで進んでいた計画の全体像を紹介する予定だった。石上は、「県民の多くは実際にどのような建築が計画されていたのか知らない。ここまで具体化されていたことを知ってもらいたかった」と振り返る。
しかし開催直前になって状況は一変。石上によると、開催予定日の6月1日の2日前の5月30日夕方、会場運営会社から中止の連絡が入り、その後正式な通知が届いたという。「県と協議を重ねながら準備を進めてきたため、まさか本当に開催できなくなるとは思わなかった」と話し、突然の決定に驚きを隠せなかったと語った。展覧会ではホール計画だけでなく、同氏の他の建築作品も紹介する準備が進められていたという。

さらに石上は、中止決定後の対応にも強い違和感を抱いたと語る。開催中止を受けて報道機関から取材の申し込みが相次いだが、会場内での取材は認められず、会場周辺での対応についても「道路は県のもの」との言い分のもとで制約が生じたため、最終的にはホテルで取材に応じることになったという。「会場周辺で記者会見やインタビューを行うことすら難しい状況になっていた」と述べ、「日本でこうした事態が起きるとは想像していなかった。ものものしい雰囲気でこわかった」と語った。
また石上は、展覧会の中止によって失われたのはたんなる展覧会ではなく、「県民が複数の計画を比較し、自ら判断するための機会だった」と強調する。現在も契約関係が残る旧計画について県民が知ることで、県が進める新たなホール計画との比較検討が行われる可能性があったとし、「これまで2つの計画が十分に比較される機会はほとんどなかった」と指摘した。
さらに、行政による中止要請が表現の自由に関わる問題を含む可能性についても言及。「仮に展示内容そのものを理由として公開の場が失われるのであれば、それは民主社会にとって極めて重大な問題だということを、表現者として、みんなで考えたい」と懸念を表明した。
いっぽう、県側はこれまで、中止はあくまで運営会社が判断したものであり、県は要請を行った立場であるとの説明を行っている。今回の問題は、公共事業の進め方や情報公開の在り方にとどまらず、行政と表現活動の関係、さらには県民が政策を検証し比較検討する機会をいかに確保するかという観点からも議論を呼びそうだ。
なお、本件についてTokyo Art Beatは徳島県にも質問状を送付し、展覧会中止の経緯や県の見解について回答を求めたが、記事公開時点までに回答は得られていない。