公開日:2023年10月27日

「松山智一展:雪月花のとき」(弘前れんが倉庫美術館)レポート。作家とキュレーターの言葉とともに、古今東西のイメージが集約された作品世界を探索する

ニューヨークを拠点に世界的に活躍するアーティストの日本の美術館初個展。会期は10月27日〜2024年3月17日。

会場風景

松山智一、初の大規模個展

「松山智一展:雪月花のとき」弘前れんが倉庫美術館で10月27日~2024年3月17日に開催される。

松山は1976年岐阜県生まれ、ニューヨーク在住。スノーボードのセミプロ選手として活動したのち、25歳でデザイナーを志し単身ニューヨークへ。そこで出会ったアートに感銘を受け、独学でアーティストになったという異色の経歴の持ち主だ。代表的な絵画シリーズは色鮮やかで装飾的。東洋と西洋、ハイカルチャーとサブカルチャー、伝統と日常など様々な要素がサンプリングの手法によって同居し、アメリカに暮らすアジア系移民としてのアイデンティティを強みとしてプレゼンテーションする。

松山智一

これまで龍美術館(上海)での個展や、国内外での大規模なパブリックアートの発表などを重ねてきたが、日本の美術館での大規模な個展は今回が初。新作9点を含む日本初公開作品23点に加えて、近年の絵画や彫刻など計30件を紹介する。

多様な時間・文脈・地域からの引用と、そこからの解放

まず会場入ると、「いらっしゃいませ」と書かれた飲食店用マットや、民家の玄関で見たことがある足ふきマットが並び、なんだか昭和で懐かしい雰囲気に意表を突かれる。「ニューヨークから凱旋した最先端のアーティストの個展」というイメージを持って足を踏み入れた観客の印象を見事に脱臼させる、ユーモアたっぷりの挨拶がわりという感じだ。

会場風景

そして展示室に入ると、本展のタイトルにもなっている松山の代表的な絵画シリーズ「Fictional Landscape(雪月花のとき)」が鑑賞者を出迎える。本シリーズはそれぞれユニークなかたちのシェイプド・キャンバスに描かれており、模様や色彩で画面を埋め尽くす装飾性が印象的だ。

ここでは、その絵画一つひとつに対し特別な壁が作られ、それぞれもまたユニークなかたちを持ち、画面から延長されたように色と模様で彩られている。松山の絵画が3次元へと広がり、鑑賞者を包むような特別な空間が広がっていた。じつは壁に使われている美しい壁紙も、このためにヴィンテージ品等を購入したというこだわりようだ。

会場風景

今回の展覧会は、コロナ禍に制作された作品が多く出品されている。中央に置かれた作品《Desktop Utopia(デスクトップ・ユートピア)》(2020)も、象徴的な作品のひとつだ。自宅でのリモートワークが一般的になった、新しい仕事と生活のスタイル。デスクトップパソコンを載せた机には、この期間に欠かせないアイテムとなった消毒ジェルも見える。

会場風景より、《Desktop Utopia(デスクトップ・ユートピア)》(2020)
会場風景より、《Desktop Utopia(デスクトップ・ユートピア)》(2020)部分

「パンデミックによってコミュニティと個が断絶されたなかで、どういうふうに表現をすればいいのか、つまりはどのように呼吸をするのかを考えながら、作品を制作をしています。コロナ禍においてニューヨークは社会が機能しない状態になりました。そのなかで僕は、より自分の内面を見るようになり、これからの我々の在りたい方向を作品で描きたいと思いました」(松山)

松山はこのシリーズについて、以下のように説明する。松山の仕事を貫く思想が書かれているので、解説パネルのテキストをそのまま引用したい。

「異なる時代、異なる場所から選びとられた様々な要素が集約されています。それらは大量消費される商品や、歴史的に重要な絵画の中に描かれているモチーフであったりします。例えば、ニューヨークのニュース・スタンドで売られているファッション誌やインテリア雑誌に掲載された人物のイメージ、それと、中国や日本の伝統絵画から印をした美しい動植物、アメリカで1950年代に生まれた抽象表現主義による身体性のある表現などです。私はそれらを再構築し、新しい画面構成が出来るまで様々な情報を書き込んでいきます。それら異なる要素を自然に並置させることにより、時間と文脈、地域性といったものから解放されたいという思いで制作しています。」

松山智一 展覧会場にて

こうして描かれた絵画は、背景の異なる様々なイメージや事物がレファレンスとしてあげられ、1枚に凝縮された情報量がとても多い。それでいて、各要素がバラバラにならず全体感を持って定着している。この統合力に関係する要素のひとつとして注目したいのが、画面全体に概ね均一に点在する白い点だ。

松山の作品にとって日本画の主要画題である「雪月花」は重要な役割を果たし、この白い点はやはり雪のように見える。それと同時に、アメリカ抽象表現主義の画家ジャクソン・ポロックが身体を振りながら顔料を画面に飛散させるドリッピング手法も思い起こさせる。さらにいえば、グラフィティアーティストがストリートの壁に吹きかけたスプレーの飛沫のようでもある。

時代も場所も違う参照源を思い起こさせるこの白い点が満遍なく浮かぶことで、画面にまとまりを生み出すと同時に、雪というリアルな物質性=三次元性と、装飾としてのドット=二次元性を呼び起こし、画面内の空間と鑑賞者のいるこちら側の空間をもつないでいるように感じられた。

会場風景より、《Wanderlust Innocence(誠意ある放浪癖)》(2019)。左奥にあるのは、松山のスタジオにある神棚を、右下にあるのは松山のスニーカーをそれぞれスキャンし3D出力したオブジェ

芸術の世界と、眼前のリアルな世界をつなぐ

この作品と現実を往還するような感覚は、展示室に点在するオブジェによってさらに強められる。これらは松山のスタジオにある神棚やボール、絵筆、ブラシ、さらに松山自身の右腕などをスキャンし、3Dプリンタで出力したものだ。

会場風景

「自分のパーソナルな空間にあるものを、ある種プロダクト化し、公の場で発表しています。自分の絵画のリアリティと、自分の眼前にあるリアリティとの接点を生み出したいという思いがあり、このようなインスタレーションを作りました」(松山)

会場風景

これまでニューヨークのアートシーンで、アジア人・日本人というアウトサイダーとして果敢に挑戦してきた松山は、作品のタイトルを英語で付けてきた。担当する本館副館長兼学芸統括の木村絵理子は、これまでとは異なるポイントのひとつとして、本展では各作品に日本語のタイトルが付けられたことをあげる。

「日本の観客に向けてどのように作品を届けることができるのかを松山さんが考えて、詩的な訳が付けられています。本展のタイトル 『雪月花のとき』は代表的なシリーズタイトルでもある『Fictional Landscape』の日本語から取られていますが、これが直訳ではないことも象徴的です」(木村)

会場風景

続く展示室には、ゆずのアルバム『People』のメインビジュアルにもなった《People With People(心の連鎖反応)》(2021)や、スタジオで制作したキャンバス作品では最大の幅6mに及ぶ《We Met Thru Match.com(出会い系サイトで知り合った)》(2016)が展示されている。後者は、松山が敬愛するアンリ・ルソーに、アジア的な感性を融合させたものだという。

会場風景より、《People With People(心の連鎖反応)》(2021)
会場風景より、《We Met Thru Match.com(出会い系サイトで知り合った)》(2016)

また縦5mという高さを誇る《Say You, Say Me,(セイ・ユー、セイ・ミー)》(2023)は、縦に並んだ2枚組みのキャンバスを横方向にも並べることもできるという。

ステンレス鋼の巨大彫刻

そして黒い壁に覆われた暗い展示室には、ステンレス鋼による巨大な彫刻作品が煌めいている。《Nirvana Tropicana(ニルヴァーナ・トロピカーナ)》(2020)は、パンデミックによってロックダウン中のニューヨークで、暴風雨によってなぎ倒された街路樹を自宅の窓から眺めたときの経験に基づいたもの。このとき松山は地面に倒れた木々を見て、涅槃仏や伝統的な神々の彫像や絵画を思い出したという。自然災害と、人間のスケールを超越した存在、そして生命のとめどない変化といったイメージを合わせ持つこの作品は、人々を襲う過酷な状況をポジティブなエネルギーへと変換したかのようだ。

会場風景より、手前が《Nirvana Tropicana(ニルヴァーナ・トロピカーナ)》(2020)、奥が《Say You, Say Me,(セイ・ユー、セイ・ミー)》(2023)
木村絵理子と松山智一 展覧会場にて

概念と手仕事の融合

《This is What It Feels Like(たとえばこんな感じ)》(2023)はFRPによる彫刻作品で、モデルは松山がニューヨークの路上で売っていた雑誌から見つけた人物だという。近寄って、顔の部分に注目したい。

会場風景より、《This is What It Feels Like(たとえばこんな感じ)》(2023)

「肌のところは、京都の切り金職人による特殊なテクニックで装飾を施してもらったものです。切り金は金箔を竹べらで薄くカットして貼り付けるという、古くから仏教彫刻などにも使われていた技法で、本当に限られた方にしか継承されていない技術。そうした職人の方とのコラボレーションが行われた作品です」(木村)

「アメリカで美術をやっていると、やはり概念先行なんです。なぜなら価値観が違うところで、自分の考え方をどのように提案できるのかが美術のひとつの基準になっているためです。

いっぽうで、私は日本人としてもの作りの文化をとても大切にしてきました。その装飾性をどこまで華美に行えば概念に変わるんだろう、ということに根源的な興味があります。アメリカで芸術家として戦っていくなかで、コンセプチュアル・アートを作りたいと思いながらも、もの作りにも非常に傾倒してしまう。そういう自分の境目はどこなんだろう。それらを両立する作品を作ることはできるのだろうか。そういったことを模索し、3〜4年ほどかけてやっと完成した作品です。究極の手仕事による細やかな装飾性をご覧いただいて、何かを感じ取ってもらえれば非常に嬉しいです」(松山)

ロックダウン下での新たな制作方法

2階の展示室では、より抽象度の高い絵画が展示されている。《Cluster 2020(クラスター2020)》(2020)は小さく分割された33枚から成る作品だが、このスタイルもコロナ禍が関係している。

会場風景より、《Cluster 2020(クラスター2020)》(2020)

松山は通常、自身が営む大きなスタジオで多くのスタッフとともに作品を制作している。しかしロックダウン時には皆がスタジオに行くことができず、スタッフの多くを占める日本出身・ニューヨーク在住の若者たちも各々散らばった状態で日々を送っていた。そこで松山はスタッフの自宅にキャンバスと絵具を送り、それぞれの自宅で絵を描けるようにした。人々が祈りを込めて作り、それを集積することででき上がる「千羽鶴」にインスパイアされた作品だという。

「コロナ対策という言葉がよく使われましたが、私たちは『コロナ大作』を作ろうと思いました。若いスタッフたちも家から出られないという不安な状況でしたが、オンラインでコミュニケーションを取り合いながら作品を制作していれば集中できる。みんなで取り組めば大きな作品になるということの価値を共有し、頑張って作り上げた作品でした」(松山)

会場風景

また中央に置かれた彫刻は、鹿の角がモチーフ。鹿は古来より日本において神の使いとして神聖視されてきたが、現在では害獣と見なされることもある。人智を超えた大いなる力と、それが無力になってしまうこと。そんなアンビバレンスな要素が同居する作品だ。

会場風景

また展示室の最後には、スタッフがスタジオに来られなくなったことで、松山がひとりで描き切ったという《Broken Train Pick Me(ブロークン・トレイン・ピック・ミー)》(2020)も展示されている。男性がひとり佇む部屋の孤独な雰囲気や、机上に置かれた雑誌の表紙を飾るトランプ大統領(当時)の姿が見えるなど、この時代の姿をとらえたものだと言えるだろう。

会場風景より、《Broken Train Pick Me(ブロークン・トレイン・ピック・ミー)》(2020)
会場風景より、《Broken Train Pick Me(ブロークン・トレイン・ピック・ミー)》(2020)部分

資料やスケッチから制作の背景を知る

本展の見どころのひとつとして、普段目にすることのできない、制作の過程で引用された資料やスケッチなどが紹介されている。1点の作品を生み出すために用いられる10〜20にも及ぶような古今東西のイメージのレファレンス。それらがどのように採集され、組み合わされているのか、その一端を見ることができる。

会場風景より、《Black Mao, Yellow Beuys(ブラック毛沢東、黄色ヨーゼフ・ボイス)》(2023)

ロックダウンを経て、再びスタッフとともにスタジオで制作したという新たな大作《Black Mao, Yellow Beuys(ブラック毛沢東、黄色ヨーゼフ・ボイス)》(2023)を例に見てみよう。左右反転された同一の構図が両端に配置され、中央に細長い別の空間が存在する構図だ。本作がなぜこのようなかたちになったか、筆者が松山に尋ねると、このような説明が返ってきた。

「『Fictional Landscape』シリーズでは、展示室にも置いてある資料のように、様々なインテリア雑誌を床に並べることから制作を始めました。そこに写っているのはプライベートな空間であり、多くの文化や様々な人のヒストリーを物語るものとして興味深いと思ったためです。あるとき、そうした切り抜きを2枚並べたら、パースはおかしいものの、ひとつの景色につながったんです。それがすごく面白いと思ったことから、このシリーズが生まれました。この作品はそこから進化したものです。複数のイメージからひとつの作品が生まれ、またセザンヌのようなマルチパースペクティヴの絵画を追求した結果、このような方向につながっていったんです」

会場風景より、資料の展示。右上に《Black Mao, Yellow Beuys(ブラック毛沢東、黄色ヨーゼフ・ボイス)》(2023)の元となった雑誌の誌面が見える

この作品のコンセプトには、子供時代の3年半をサンフランシスコで過ごし、現在はニューヨークで移民というマイノリティとして奮闘する作家のアイデンティティが根底にある。画中、壁にかかる絵画として引用されているのは、松山が敬愛するアンディー・ウォーホルによる、毛沢東とヨーゼフ・ボイスを描いたシルクスクリーン作品だ。

会場風景より、《Black Mao, Yellow Beuys(ブラック毛沢東、黄色ヨーゼフ・ボイス)》(2023)部分
会場風景より、資料の展示

「ウォーホルの作品には、色の異なる様々なバリエーションがありますよね。その色の選択にはそれほどの作為はなかったようですが、僕はニューヨークで戦っているなかで、『待てよ。もし黒人の毛沢東がいたらどうなったんだろう』と思い、探したところ、そのような色で描かれた毛沢東を見つけました。さらに黄色い肌で描かれたヨーゼフ・ボイスも見つけたのです。それでこの作品は《Black Mao, Yellow Beuys(ブラック毛沢東、黄色ヨーゼフ・ボイス)》となりました。

僕は父が牧師で、キリスト教の教育を受けてきたんですね。アメリカという国は政治的にキリスト教と密接につながっており、聖書に誓えばプロパガンダも戦争も正当化される。そこで、この作品には左右に新約聖書と旧約聖書、そしてアメリカ独立宣言の文書と、2ドル紙幣にも印刷されているジョン・トランブルによる《アメリカ独立宣言》という絵画を描きました。

会場風景より、《Black Mao, Yellow Beuys(ブラック毛沢東、黄色ヨーゼフ・ボイス)》(2023)部分

僕はそんなアメリカにウェルカムしてもらった。でもBLMやアジアン・ヘイトといった問題が起き、多様性が社会において求められるなかで、毛沢東が黒人でボイスが東洋人ならどのようなことが起きたのだろうと想像します。

人物たちが着ているものは、明王朝の王妃が着ていたものや、友禅の着物の柄、グッチのフローラなどから引用しています。様々な時代のものが一緒になって人格化し風景画を作っているこの作品は、僕の非常に個人的なヒストリーと、いまのアメリカで謳われているポリティカル・コレクトネスとの両方が反映されたものなんです」

会場風景より、《Black Mao, Yellow Beuys(ブラック毛沢東、黄色ヨーゼフ・ボイス)》(2023)部分

ゆずがサプライズ登場。コラボレーションと信頼

開会セレモニーでは、サプライズでゆずが登場し、松山のアートワークによるアニメーションを背景に歌を披露した。

展覧会場でのゆずのライブ Photo : RK

メンバーの北川悠仁は「日本での初個展、おめでとうございます!」と松山に声をかけ、「僕たちには共通点があって、まず同い年なんです。そしてストリートから活動を始めた」と語る場面も。「僕らは26年間音楽活動をやってきて、アートワークをずっと大切にしてきました。平面的なジャケットだけではない、そのさきにあるコンサートを見据え、そこで人々がアートに直に触れる時間を大切に作ってきました。それを松山さんにお願いしました」と、コラボレーションについて説明。また、ゆずでの長いツアーを終えた後にニューヨークへ遊びに行き、何度も松山のスタジオに足を運んでともに時間を過ごしたというエピソードも披露した。

他者との仕事を通して信頼関係を結び、新たな機会や自身のクリエーションの可能性を切り開いていく。アーティストとしてタフに生き抜く、松山の真の力を見た気がした。

松山智一とゆず 展覧会場にて Photo : RK

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。