公開日:2022年7月29日

石原海(UMMMI.)インタビュー「しんどいと思っている人が、しんどいままでも肯定される場所」

Tokyo Art Beatのインタビュー企画「Why Art?」は、映像インタビューを通して百人百様のアートへの考えを明らかにする企画。同企画の一環として、注目のアーティストに話を聞いた。今回登場するのは、アーティスト/映像作家の石原海(UMMMI.)。(構成:菊地七海)

石原海。第15回 shiseido art eggでの個展が行われた資生堂ギャラリーにて 撮影:編集部

アーティスト/映画監督として、主に自身の個人史と社会、愛やジェンダーをテーマにした作品を手がけてきた石原海。2019年には東京藝術大学の卒業制作「忘却の先駆者」と初長編映画「ガーデンアパート」の2作がロッテルダム国際映画祭に選出されるなど、国内外で高い評価を受けている。9月3日からは新作映画『重力の光:祈りの記録篇』が渋谷シアターイメージフォーラムにて劇場公開決定。

歯に衣着せぬ語りが印象的な石原に、作品にパーソナルな主題を掲げる理由や、普段の制作スタイル、映画『重力の光』について話を聞いた。

停滞は希望

──石原さんは、ご自身の身の回りのプライベートなテーマを扱いながら作品を制作していらっしゃいます。プライベートとパブリックの関係をどのようにとらえていますか?

作品を通して自分の身の回りの世界を語ること、一人ひとりの生活をあらわにすることが、つまり「社会」を語ることなんじゃないかといつも思っていますまた自分自身について語るということは、政治的な行為でもあります。大枠で見て「いまの社会はこうだ」って声を上げるやり方だと、広すぎるがゆえにじつはちゃんと「社会」をとらえられていないんじゃないかと思って。

──パーソナルなことを語るのは非常に勇気がいりますよね。石原さんにとっては自然な行為ですか?

いや、めちゃめちゃ不自然なことを命からがらやっているという感じです(笑)。だけどそうしないと、自分の人生が進んでいかないっていう気持ちになるんです。たとえばさっきすごくカレーが食べたくなって、今日カレーを食べないと人生が進んでいかない、どうしても食べたいって思って、20分くらい歩いて食べに行ったんですよ。制作も同じで、「いまこれを作らなければ」と思うんです。そうじゃないと足踏みしているような感じがして。

──足踏みというと、石原さんは東京、イギリス、北九州と、拠点もたびたび変えていらっしゃいますね。ひとつの場所に留まることや停滞することへの危機感がありますか?

逆に停滞は「希望」だと思っていて、私には希望がないから歩き続けないといけない気がするんです。いつか停滞できるようになったら、そのときは満たされているときだと思います。

以前はイギリスで主に映画を制作していましたが、私はとにかくいまの北九州での生活が大好きで。部屋は広いのに安いし、飲み屋街の真ん中にあるし、一生ここで制作してもいいと思っているくらい。でも先日、作品を買ってくれた北九州の方から、「イギリスに帰ったほうがいい」って言われたんです。「俺が買ったんだから、ターナー賞を受賞するくらいになってもらわないと困る、あなたにはそれができる。北九州にいたらただの飲んだくれで人生終わるぞ」って(笑)。その人を喜ばせるためにもイギリスに戻ろうかなってちょっと思ったりもしました。

映画は、美術と出会うための最初の一歩

──アーティスト、そして映画監督としてふたつの領域で活動されている石原さんにとって、映画と美術には言葉で説明できる明確な違いがありますか?

私には美術と映画の両方が必要で、両者には違いもあります。映画は誰にでもひらけているもの、私自身のパーソナルなことがそんなに多く含まれないもの。テレビをつけたらパッと見ることができたり、映画館でデートをしたり。いっぽう美術は、たとえばギャラリーなどに足を運ぶのって、文化的に教育されている限られた人たちじゃないですか。自分の作品は、そうではない人にも届けたい。映画は大衆のものとして始まった歴史があると同時に、まだ美術との出会い方を知らない人の「最初の一歩」にもなりうると思います。私自身、美術を知る前はひたすらレンタルDVDを借りて見まくっていました。そのなかで、デレク・ジャーマンのような人もいるということを知って。あとはたとえばゴダールがポンピドゥ・センターで個展を開いたり、シャンタル・アケルマンがビデオ・インスタレーションをやっていたり。そういった情報を調べていくうちに、映画の概念がどんどん広がっていって、次第に美術と映画のどちらもやっていきたいと思うようになりました。

石原海 撮影:編集部

──映画は行き来が自由な領域かもしれないですね。いっぽうで、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションのようなコマーシャルワークは、また違ったセンサーでやっているのでしょうか。

私にとって、コマーシャルワークは非常に大切です。私、自分の作品はいつも命を削りながら作っているので、コンスタントに何作品も仕上げられるタイプではなくて。だから自分の制作の合間にこうしたコマーシャルの仕事をやることである意味では健康になれるというか。言い換えれば安っぽい快楽とも言えますが、やはりシンプルに映像を作ることが好きだし、普段は映画や美術を見ない人にも、何かしらの形で、選択肢がこの世にあるということを伝えたいと思いながらクライアントワークをやったりしています。

映像として「美しくないけど美しい」ものがある

制作を始めた当初は撮影も録音も自分ひとりでやっていたのですが、いろいろな人と出会うなかで、映像はこの人に、録音はこの人にお願いしたいというのが出てきて、いまはチームを組んでやっています。

──協働的で、石原さんは監督的な立ち位置なんですね。

自分は監督に向いていると思うんです。というのも私は、自分のことを信用していないし自分のことがすごく嫌いで。でも、才能を見つけるセンスはあると思っています。自分を好きにはなれないけど、関わってくれるスタッフのことは誰よりも私が好きだから、全面的に信頼することができるというか。自分は何もできない存在としてただそこに座らせていただいているみたいな感覚ですね。

個展や作品も、最終的に私の個展、私の作品というかたちになっているし、そのぶん私には責任がありますが、実際は関わってくれた人みんなのものだと思っています。そもそもあまり有名になりたくない。万が一酔っ払って粗相して、FRIDAYされちゃったら嫌だな、みたいな(笑)。

石原海 撮影:編集部


──でも出来上がる作品は、紛れもなく石原さんのカラーになっています。

私の映像は、才能があるみんなのおかげで年々綺麗になっていると思います。ただ最近は、綺麗な映像が撮れるんだ、という自信がついてからは、「美」「美しさ」というものに比重を置きすぎる必要はないかなとも思うようになりました。たとえば、スケートボーダーでアーティストでもあるBABUさんという方の映像作品に、震災後の福島で防護服を着てスケボーするというのがあって。映像はがたがたで音質もあまり良くなく、そこに映像としての美的なものはない。ただ、それを撮影した人との関係性や、そこに写っているものの「強度」があまりにも高いから、映像として「美しくないけど美しい」ものがあると感じます。映像美にこだわるだけじゃなくて、もっと気軽に、そこに写る強度のようなものをもう少し信頼してもいいのかなと。

興味は愛から人類愛へ

──個人的な話になるのですが、私自身が精神的にも体力的にも落ち込んでいるとき石原さんの《重力の光》(2021)を見て、安心するような救われた気持ちになりました。石原さんはご自身の作品にどのようにあってほしいという理想はありますか?

まさにそういう、落ち込んでいる人に見てほしいと思います。時々、なぜ自分は、医者や学校の先生、カウンセラー、牧師、福祉や介護など、目の前の人を助ける仕事についていないんだろうと感じることがあります。でも、美術や映画のいいところは、遠くにいる人を間接的に助ける可能性もあるかもしれないということ。目の前の人間に向き合いながら、遠いところにも届けることができるかもしれない、いまはそう思っています。

──そうして誰かを救うというモチベーションはこの先も石原さんのなかであり続けると思いますか?

「人を救いたい」とまでは思っていません。でも、しんどいと思っている人がしんどいままでも肯定されたような気分になってくれたらいいなという気持ちは、ベースとしてあり続けると思います。というのも、まさに自分がそうだから。めちゃくちゃしんどくて、助けてほしいと思いながら生きている節があります。「人を救おう」と思う人って、自分自身が救われたいのかもしれない。

──今後、題材にしていきたいテーマはありますか?

いま一番興味があるのは、「罪」です。これまで私自身も「悪い」ことをもちろんしてしまったことがあるのですが、恥ずかしながら「罪」そのものの本質についてあまり考えたことがなかったんです。そんななか、北九州でお世話になっている牧師の奥田知志さんから、「本当の罪人は自分が何をしているのかがわからない人だ」という話をされて。改めて過去に自分がやってしまったことを理解したとき、罪の重さのようなものがすごくのしかかってきました。以降、キリスト教への興味とあわせて、「罪」にまつわる人々や物事にも関心を持つようになりました。

じつははここ1年くらいで心境に大きな変化があって、これまでよく作品にしてきた恋や愛のことをあまり考えなくなったんです。いままでは恋愛というかなり密で閉ざされた関係性の中に救いのようなものを見出してきたような気もするのですが、結局恋愛は救いのためにするものではないということに気づいたというか。最近は、もしかしたら自分はひとりで生きていけるかも、という気にすらなっています(笑)。

たぶんいままでは、意識が自分の内に向かっていたのかもしれません。それが教会で奥田さん夫妻と出会ったことで、外に向いてきて。恋愛ではない「愛」に意識が向いてきたというか。

──根源的な愛に変化しているんですね。

はい。いまは、大げさではなく「人類愛」みたいなものに意識が向かっているような気がしています。

石原海(いしはら・うみ)
アーティスト/映画監督。ジェンダー、個人史と社会を主なテーマに、フィクションとノンフィクションを混ぜて作品制作をしている。第15回資生堂アートエッグ入選(2021) 。初長編映画《ガーデンアパート》(2017)、東京藝術大学の卒業制作《忘却の先駆者》(2018)がロッテルダム国際映画祭に2作同時選出(2019)。また、英BBCテレビ放映作品《狂気の管理人》(2019)を監督。現代芸術振興財団CAF賞岩渕貞哉賞受賞 (2016)など。9月3日より映画『重力の光:祈りの記録篇』から渋谷シアターイメージフォーラムにて劇場公開決定。
https://gravity-and-radiance.com/

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。