公開日:2026年9月16日

8月15日、日の丸の消えた展示室で。「戦争」と「国家」を考える高知県立美術館コレクション展(評:笹島康仁)

高知県立美術館で「コレクションによる特集展示 特集Ⅰ『戦争』 特集Ⅱ『ヒノマル・イルミネーション』」が9月22日まで開催中。「戦争の記憶」と「国家の象徴」をテーマに、オットー・ディックス、宮崎進、アンゼルム・キーファー、柳幸典の4作家の作品からいまの世界を考える本展。柳幸典《ヒノマル・イルミネーション》の照明が予期せぬ故障で消えた8月15日に会場を訪れた筆者が、柳の言葉とともに本展をレビューする(撮影:筆者 [*]を除く)。

会場風景より、柳幸典《ヒノマル・イルミネーション》(1992、⾼知県⽴美術館蔵)。8月15日に起きた故障によりネオンの照明が消えた

8月15日、巨大な日の丸の光が消えた。それも、誰もが意図しないかたちで。

高知県立美術館で、「コレクションによる特集展示 特集Ⅰ『戦争』 特集Ⅱ『ヒノマル・イルミネーション』」が開催中だ。かつて存在した戦場、帰還した人の記憶、自国の戦争とその責任、そして、国家。どれもそのものを見ることはできず、それでいて、人の命に迫る。ふたつの部屋に並ぶ作品はそれぞれの方法で、いま・ここには見えないものを眼前に立ち上げる。

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オットー・ディックス──戦場を経験した者が描いた戦争

特集Ⅰ「戦争」会場風景

ひとつ目の展示室に入ると、オットー・ディックスの版画が四方の壁に並ぶ。1924年に刊行された50点の連作「戦争」だ。

ディックスは第一次世界大戦に従軍し、西部・東部戦線で戦争を経験した。「ディックスは自ら志願して、戦場へ行った。戦争という根源的な出来事を見逃したくない、という理由だったそうです」と、同館の奥野克仁学芸課長は語る。

版画に描かれるのは、勇敢に戦う兵士でも、華々しい勝利でもない。

砲撃で破壊された土地、塹壕、傷ついた兵士、そして死体。死体は土に埋まり、兵士の身体は腐敗し、骨がむき出しに。人間と瓦礫、兵器の境目さえ曖昧になっている。戦争が人間とその身体、精神に何をもたらしたのかが、版画の中に執拗なほど繰り返される。戦場から帰還したディックスが、膨大なスケッチや写真、そして、自らの記憶を手がかりに、戦後になって描いたものだ。

会場風景より、オットー・ディックス版画集「戦争」より《毒ガスの犠牲者たち》 (1924、高知県立美術館蔵)

その生々しさを支えているのが、エッチングやアクアチント、ドライポイントといった銅版画の技法である。エッチングは、銅板を酸で「腐食」させることで線を刻む。何度も腐食を重ねて生まれたざらつきや染みは、荒廃した大地や朽ちていく肉体と重なる。描かれたものだけでなく、それを生み出す版そのものが傷つき、腐食する。

ディックスは、1920年代のドイツに生まれた「新即物主義(Neue Sachlichkeit)」を代表する画家のひとりでもある。感情や内面を前面に押し出した表現主義から距離を取り、「克明な形態描写と社会批判的な風刺性を特徴とするリアリズム絵画」(奥野課長)で、第一次世界大戦後の社会を冷めた視線で直視しようとした作家たちだ。だから、ディックスの即物的な眼差しは、戦争によって破壊された身体や、傷痍軍人、貧困、欲望と享楽が混在する社会を、見たくないものまで含めて描いた。「冷ややかな客観性」(奥野課長)をもって、戦争によって壊された身体と、その後を生きる人間たちを見つめ、版に刻み込んだ。

第1会場は「戦争」の展示から始まる

やがて、その視線は国家によって否定される。

1933年、ナチスが政権を掌握すると、ディックスはドレスデン美術アカデミーの教授職を追われる。作品はドイツ国内の美術館から押収され、1937年にはナチスが近代美術を攻撃するために開催した「退廃芸術」展に展示された。戦争の現実を描いた彼の作品は、戦争を貶めるものとされた。

戦場を経験した者が描いた戦争。壁に整列した50枚は、過去の戦争が描かれた作品であるだけではない。戦争の見方そのものをめぐって、国家とひとりの作家が衝突した痕跡でもある。

会場風景より、オットー・ディックス版画集「戦争」」より《負傷兵》(1924、高知県立美術館蔵)
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