「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」(国立新美術館)会場風景より、デヴィッド・ロビリヤード《早くイって、笑って》(1987、テート美術館蔵) 撮影:灰咲光那
*「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」──YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と、それを生んだ90年代という時代を今日の視点で振り返る、Tokyo Art Beatの特集シリーズ。展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」(2月11日~5月11日)の開催にあわせて、90年代という特異点を、アートにとどまらない現代の多様な視点で見つめ直す。(随時更新)
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1990年代、英国美術界に冷水を浴びせかけ、既存のアートの枠組みを刷新したYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)の作品は、時代の審判を順当にパスし、「いま、この瞬間に起きている前衛的な表現」を国家のコレクションとして認め、歴史の一部に組み込んでいくことを自認する、テート美術館に収められている。そして遠く東京・六本木の国立新美術館に大挙して到着し、我々にあの時代の振り返りを促している。画家としてごく限られた知見を元手に、本稿ではあえてYBAにおいて決して中心的とは言えない「絵画」について、断片的な考察を試みようと思う。
YBAの代表格、ダミアン・ハーストは、かつてインタビューで80年代の後半を振り返ったとき、周囲に流れていた空気を、「俺も学生時代は画家を見下していた」と語っていたが、極東の一画学生だった私自身もそのような視線を感じていたし、いっぽう、遠いロンドンでは「コンテンポラリー・アーティストはロックスター並みにクールだ」と言われているとききかじり、焦燥感に襲われたものだった。思えばそれはYBAの登場を指していたのだと思う。
本展は、テートの膨大なコレクションから、歴史化を感じさせるに十分な作品が確かに出揃ってはいる。しかし、展示室を巡りながら筆者が抱いたのは、ある種の虚脱感である。かつて世界を驚愕させた、戦略的なバッドテイスト……「苛立ち」や「露悪」が、歴史の1ページとして漂白され、綺麗に収まっていたからだ。これはYBAに限ったことではなく、美術館・博物館に収蔵される資料の宿命とも言えるが、私たちはここで、概念の上では経済さえも包括可能にしたはずだった「アートの革命」が、いつしか自身も資産として取り込まれて、管理可能な観光資源へと変貌を遂げた姿を、まざまざと見せつけられている。
