公開日:2024年2月3日

恵比寿映像祭2024の見どころレポート。27の国・地域の作家125組が提示する「月へ行く方法」とは?

東京都写真美術館と恵比寿ガーデンプレイス、周辺ギャラリーなどで開催。会期は2月2日~18日、入場無料

会場風景より、土屋信子《月(つき)へ行く30の方法》(2024)

双方向性を重視 展示室でも多彩な催し

恵比寿の東京都写真美術館を中心に「恵比寿映像祭2024『月へ行く30の方法』」が2月2日に開幕した。今月18日までの15日間、展示や上映、ライヴ・パフォーマンス、トーク・セッションなど様々な催しが行われる(コミッション・プロジェクトは3月24日まで)。企画は、東京都写真美術館の田坂博子学芸員とキュレーターの兼平彦太郎。

恵比寿映像祭は、多様化する映像表現に目を向けて発信する国際フェスティバルとして2009年に始まり、今年で16回目。2024年のテーマ「月へ行く30の方法」は、参加作家のひとり土屋信子が2018年に行った個展のタイトルに由来するもの。比喩的な命題である「月へ行く方法」を、アーティストのアイデアや思考が反映された様々な表現でひもとき、観客がともに考えられる機会になることを目指している。

恵比寿映像祭に参加した国内外の作家たち

27の国・地域の総勢125組142人の作家が参加し、展示作品は160点超にのぼる映像祭のおもな見どころを紹介しよう。

今回の映像祭の特徴のひとつは、映像の一回性に着目し、これまで以上に上映プログラムと展示の接続を強めて観客との双方向性を試みている点だ。それを体現した会場が東京都写真美術館の2階展示室。壁を立てない広場のような空間に、多様な社会・文化的背景を持つ23組の作家による映像や平面、立体作品が並び、同館が所蔵する写真作品も併せて展示している。会期中は連日、展示室内でパフォーマンスやライヴ、トークなどが行われ、来場者が作家とコミュニケーションしたり、一緒に考えたりする場にもなる。

鑑賞者が一休みできるイスも点在する会場風景

「無理」を「可能」にする交渉力

日米コレクティブのジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダの映像作品《Caducean City》は、イタリア・ボローニャの美術館の依頼で「美術館の役割とは何か」を問う展覧会のために制作した。中世の面影を残すボローニャの街並みを映した映像は、じつは猛スピードで走る救急車内から撮影したもの。警察や行政との交渉を重ねて患者を乗せない状況での撮影が例外的に許可されたといい、「無理」を「可能」にした作品とも言える。

会場風景より、左はジェイ・チュン&キュウ・タケキ・マエダ《Caducean City》(2006)、右は岡上淑子の作品

既存のイメージを基に制作を行う長谷川友香は歌手ブリトニー・スピアーズから着想したフィギュアやアイドルをロココ時代ふうに描いた肖像画、有馬かおるはカントの哲学書『純粋理性批判』の全ページにドローイングを描き込んだ作品を出品。3人が抱きあうかたちでしか立てない表彰台を象った高橋凛《Sculpture》は、作家が日々の体験や想像を描くドローイングから生み出された。いずれも身近な事象からアイデアを飛翔させるアーティストの発想法を感じることができるだろう。

会場風景より、髙橋凜《Sculputure》(2023、中央)は実際に上って体験できる
会場風景より、有馬かおる《〈行為(孤高継続)存在〉道〉2023.1.31~》(2023)。約10分おきに美術館スタッフがページをめくっていく

ヴィデオ・アートの先駆的作品も

作家によるパフォーマンスを伴う作品も展示されている。関川航平の新作《月蝕のレイアウト》は、ステッカーを作家が館内各所に貼り、また来場者にも配布されて、ステッカーに込めたエピソードや関係性は会期終盤に行われる作家のイベントで明かされるという。中国出身の王伊芙苓韜程(エヴェリン・タオチェン・ワン)は、アメリカの抽象画家アグネス・マーティンと水墨画の関係に光を当てるパフォーマンス、良知暁は関東大震災の際に日本人と朝鮮人を識別するため使われた言葉を基にしたレクチャー・パフォーマンスを行う。

会場風景

2階展示室では、「霧の彫刻」で知られる中谷芙二子、社会に流布するイメージを取り込んだダラ・バーンバウムらヴィデオ・アートの先駆者の代表作や注目される海外作家も紹介。デジタル技術の可能性と限界を追求するコリー・アーケンジェル《Drei Klavierstücke op.11》は、ピアノを弾く猫のYouTube動画が無数に切り貼りされて、ユーモアとないまぜの不気味さを感じさせる。展示室外の2階ロビーには、ロサンゼルスを拠点に活動する荒川ナッシュ医による大量のぬいぐるみを用いた立体作品などが展示され、同じ場所で《ぬいぐるみの主観性》と題したパフォーマンスも実施する。

会場風景より、中央は中谷芙二子《卵の静力学》(1973)
会場風景より、ダラ・バーンバウム《テクノロジー/トランスフォーメーション:ワンダーウーマン》(1978-79)
会場風景より、右はコリー・アーケンジェル《Drei Klavierstücke op.11》(2009)

ユニークな視点から未来を探る試み

地下1階展示室では、ユニークな視点から未来像を探る試みを実践する4組のインスタレーション作品を展示。こちらでもワークショップやトークなどが繰り広げられる。

青木陵子+伊藤存が継続的に制作する《9歳までの境地》は、数学者の岡潔のエッセイに基づくサウンド・ヴィデオ・インスタレーション。人間に感性が芽生え、成長する様子を温かみがある手描きアニメーションや音、ドローイングで多角的に表現している。

日本在住のインディペンデント・キュレーターのロジャー・マクドナルドは、自身が設立した実験的な私設ミュージアム「フェンバーガーハウス」で昨年開催した展覧会を再現。会場には宗教や神秘主義による不可視体験を描いた作品(実物、複写物)が並び、抽象絵画の先駆者とされるヒルマ・アフ・クリントのドローイングなども鑑賞できる。

ロジャー・マクドナルド《フェンバーガーハウス》の展示風景

リッスン・トゥ・ザ・シティ(都市の声を聞く)は、韓国の建築家やデザイナー、活動家らが2009年に結成したコレクティブ。都市生活や芸術にかかわる様々な調査や活動に取り組んでいる。今回は、行きすぎた都市開発による環境や生態系のダメージを調べ、インタビュー映像や発行物を通じて市民と共有したプロジェクトが紹介されている。

土屋信子は、映像祭のテーマにも引用されたインスタレーション《月(つき)へ行く30の方法》の新作を披露。会場には、廃材を含む様々な素材を自在に組み合わせて作家が作り上げた謎めいたオブジェが並ぶ。無機物ながら月の有機性や生命の循環を感じさせる作品群は、目の前の現実を超えようとするアーティストの想像力の産物でもある。

土屋信子《月(つき)へ行く30の方法》(2024)の展示風景
リッスン・トゥ・ザ・シティによる展示風景

前回の映像祭から始まった、日本を拠点に活動する新進アーティストを選出し作品制作を委嘱する「コミッション・プロジェクト」。3階展示室では、前回特別賞を受賞した荒木悠金仁淑(キム・インスク)による特別展示も開催されている。異文化間に生じる「誤訳」に着目してきた荒木、共同体におけるアイデンティティを探求する金。こちらでは、2人の原点とも言える力作がインスタレーション形式で紹介されているのでお見逃しなく(「コミッション・プロジェクト」の展示は3月24日まで)。

会場風景より、荒木悠《Road Movie》(2014)
会場風景より、金仁淑《House to Home》(2021-2024)

次世代のジェネラティブ・アートも登場

オフサイト展示は、デジタル技術を用いる活動拠点シビック・クリエイティブ・ベース東京 [CCBT]と連携したジェネラティブ・アート作品の上映が注目だ。恵比寿ガーデンプレイスセンター広場に設置された大型ビジョンでは、招待作家とCCBTで学んだ人々がプログラミングやアルゴリスムを駆使した多彩な表現が楽しめる。

恵比寿ガーデンプレイスセンター広場で行われているシビック・クリエイティブ・ベース東京 [CCBT]によるジェネラティブ・アート作品の上映

会期中は東京都写真美術館1階ホールを会場に、話題のアート作品やドキュメンタリー、短編映画を連日上映しており、詳細は公式サイトをチェックしてほしい。映像祭の連携プログラムとしてナディッフ アパートMA2 GalleryMEMアートフロントギャラリーなどでも展示が開催中なので、併せて足を運んではいかがだろうか。

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。