公開日:2024年1月17日

ヒグチユウコの台湾個展「奇幻動物森林 樋口裕子展」レポート。タラ夫が現地から台湾展ならではの魅力をお届け

ヒグチユウコの海外初個展となる「奇幻動物森林 樋口裕子展」が台湾の中正紀念堂2・3ホールにて2023年12月30日~4月7日に開催中。「バベルの塔展」(2017)の元マスコットで、いまはX(Twitter)で展覧会を紹介しているタラ夫が、現地から本展をレポート。

「奇幻動物森林 樋口裕子展」会場風景 撮影すべて:タラ夫

台北でヒグチユウコの個展が開催

“全国巡業”と称し、世田谷文学館を皮切りに2019年から約4年にわたり全国各地の美術館で個展を開催した画家・ヒグチユウコさん。23年に「ヒグチユウコ展 CIRCUS FINAL END」のタイトルのもと、東京・森アーツセンターギャラリーで“再演”した同展には、67日間で12万人を超える来場者が訪れ、ヒグチさんの人気はますます広がりを見せています。そしていま、自身初の海外個展となる台湾での個展が中正紀年堂で開催中。日本での展覧会との違いや、展示の様子を台湾からお届けします。

はじまるよ~

テーマは“森”

海外での初個展を控え、ヒグチさんが設定したテーマは「森(FOREST)」。木漏れ日が差し込む明るく開放的なイメージから、樹海をかき分けて進む暗く鬱蒼とした雰囲気まで、「森」が内包する幅広いイメージにヒグチさんの作品世界を重ねたそう。

たとえば展覧会の前半は、台湾でも人気のディズニーやポケモン、モスバーガーといったブランド・企業への提供作品が展示されるなど、親しみのあるコミッションワークが来場者をお出迎え。展示の導入(“森の入口”)に相応しく、壁面には明るい緑色が採用され、装飾のグラフィックも赤や黄色の花が咲き乱れる開放的な空間が印象的です。

壁いっぱいに広がる草花のグラフィック!たのしい
3年間にわたり担当した月刊誌「ちくま」(筑摩書房)の表紙原画は台湾会場で初公開

日本的なモチーフを集めた和のコーナーには、琳派の代名詞ともいえる《風神雷神図屛風》を模した《猫風神雷神図》のほか、伊藤若冲の「雄鶏図」シリーズに着想を得た《ギュスターヴ雄鶏図》など、日本美術へのオマージュがちりばめられた作品も見受けられます。

《猫風神雷神図》

『せかいいちのねこ』シリーズ(白泉社)など、ヒグチさんがこれまで手がけた絵本や作品集、装画・挿画のしごとを集めたコーナーにさしかかると、徐々に展示室はダークグリーンの落ち着いた雰囲気に。同時に、ヒグチさんの頭の中に広がる膨大な空想世界から現れた個性あふれる奇々怪々なキャラクターたちが顔をのぞかせます。なかでもヒグチさんが「自分の分身」とも語る、人気絵本『ギュスターヴくん』(白泉社)に登場する、猫の頭にワニの手、タコの足をもった不思議な生き物・ギュスターヴくんは必見。絵本にも描かれる「いたずら好き」な性格が展示室内にもあふれ出しています。

『ギュスターヴくん』原画の上にもギュスターヴくんが!
「ニヤリ…」

いよいよ展示室は入り組んだ壁と暗い色調で抑えられた空間へと抜けていきます。壁面いっぱいに覆われた作品と装飾は、さながら樹海を彷徨うような体験です。これ以上先に進むと、もう二度と帰れないかもしれない……森の中で方角を失ったような不安と心地よさに襲われながら、足は自然と奥へ奥へ……。

この先にどんな作品があるんだろう……どきどき

そんななか異彩を放っているのが、台湾展のために特別に描き下ろされたメインビジュアルたち。「奇幻動物森林」の展覧会名に相応しく、鬱蒼とした森の中にたたずむ少女と、それを取り巻く台湾固有の動物や植物が印象的。どこまでも近くに寄ってみたくなる、そんな魔力に吸い寄せられます。

台湾展メインビジュアル(中央)は濃密な画面の中に華やかな描線が美しい……

森の最深部には、ヒグチさんの真骨頂であるダークで怖い“ホラー”のシリーズが並びます。自費出版で装丁や中身にこだわり抜いた画集『Fear』(ボリス文庫)の原画をはじめ、映画好きでも知られるヒグチさんがこれまでに手がけたホラー映画などへのオマージュ作品の数々が、ほの暗い空間にぎっしりと並びます。

注目はその中心に据えられた9体のランプ。ヴィンテージのトルソーにペン入れを施したこれらの立体作品は、ぬいぐるみ作家・今井昌代さんとの共作でもあります。胸部をくりぬかれたトルソーの空洞に吊された心臓にどきり。

開放感のある空間、だけどどこかぞわぞわ……

今井さんとの共作はランプだけではありません。ふたりの大好きな映画の有名なシーンをイメージした共作品や、立体になったギュスターヴくん、さらにはそのギュスターヴくんのコマ撮りアニメ(制作ドワーフ)など、多次元展開するヒグチさんの世界をともに作り上げている今井さんの作品にも注目です。

自由きままなギュスターヴくんたちも台湾で楽しそう

展示室の終盤は、数々の映画のオマージュ作品をもとにグラフィックデザイナーの大島依提亜さんが手がけたオルタナティブポスターが並ぶ回廊が続きます。紙と印刷にこだわった特別なポスター作品は、大島さんのデザインとの相乗効果でいっそう映画の雰囲気を引き立てます。

日本での展示にはなかった新たなポスターも発見

台湾流の楽しみ方

台湾会場ならではの展示としてぜひ楽しんでもらいたいのが、展示室の最後に登場するフォトスポット。ヒグチさんの作品の森を抜けるとぱっと視界が開け、その先には大小様々なフォトスポットが。日本に比べ写真撮影のニーズが高い台湾ならではのエリアとして、台湾の主催者肝いりでプロデュースされた空間には、ところ狭しとヒグチさんの人気キャラクターたちが大集合。小屋や草むらの中に入ったり、巨大な猫のグラフィックがあしらわれたトンネルを抜けたりと、巡るだけでも楽しい空間を堪能してみタラ?

フォトスポットというよりもはや家!すごい力の入れよう!
擬態するタラ
た…たべないで……

ここでしか手に入らないオリジナルグッズ

台湾会場はグッズもすべて台湾オリジナル。台湾のために描き下ろした特別な作品をあしらったアイテムを中心に、様々なグッズが用意されているよ。ポストカードやステッカー、キーホルダーといった定番アイテムはもちろん、組み合わせるとギュスターヴくんの形になるパズルや台湾ビールにぴったりのグラス、小籠包の形をした調味料入れ、お守り、そしてヘルメットまで!台湾のものづくりがたっぷり感じられるミュージアムグッズも見逃せません。

ヘルメットいいなぁ……

独特の雰囲気の会場でたっぷり堪能して

会場となる中正紀年堂は、台湾初代総統・蔣介石の顕彰施設。主に日清戦争以降の台湾の歴史に関する文献や文物を常設展示するほか、コンサートホールや舞台も併設するなど、台湾有数の観光名所であるとともに、今日のカルチャーシーンを牽引する場所でもあります。そんな歴史的な建物で開催されているヒグチさんの個展は、会場の装飾と美しく融合し独特の一体感を纏っています。特に天井の文様は作品、作風を選びそうなものですが、ヒグチさんの作品世界とは見事なまでにマッチしていました。

癖つよな天井装飾はヒグチさんの作品と相性ぴったり

台湾ならではの展示構成、雰囲気、そしてオリジナルグッズは、日本で作品を見たことがある人にも改めておすすめしたい内容でした。市内観光とあわせて、ぜひ行ってみタラ。

タラ夫

「バベルの塔展」(2017)という展覧会の元マスコット。本展終了後、アートを愛する元広報担当(中の人)とともにSNSなどで展覧会を紹介している。