メゾンエルメスサラ・ジーは1969 年ボストン生まれ、現在ニューヨークを中心に国際的に活躍するアーティストです。大規模のインスタレーションとして展開される彼女の作品の多くは、欧米をはじめとする美術館で制作されており、日本では金沢21 世紀美術館に所蔵作品がありますが、個展としては今回が初の開催となります。
ジーの作品は、画鋲やペットボトル、薬、チューインガムといった、日常的に手に入る量産されたごくありふれた「もの」を素材としています。生活世界で既にひとつのアイデンティティを持つそれらは、ジーによって規則性や配列を伴う構成の中に取り込まれることで、別の次元の存在となって現れます。ジー自身が展覧会会場に何週間も滞在し制作するというのも特徴であり、彼女の気配が展示空間には色濃く残ることとなるでしょう。
一見非常に現代的に思えるジーの手法ですが、生気のない素材にいかに息を吹き込み、形を出現させるかという、彫刻の伝統的な挑戦に基づいています。実際、無機的な量産品の集積である作品にはランプや扇風機といった人工的な動力が組み込まれています。それは常に動き続ける都市特有の有機性を思わせ、強迫・妄想観念にも似た多数の「もの」たちが規則的に存在する姿は無数の生き物の群を思わせます。偶然と必然、はかなさと力強さ、規則性と乱雑さ――ジーの世界はまるで振り子のように相反する出来事との間を往来します。見慣れたはずのものから別のイマジネーションを導き出す。それはエルメスも同じように探し続けている日常の中に潜むファンタジー、もう一つの世界の発見です。メゾンの中で静かに繁殖してゆくジーのファンタジーは、大都市がはぐくんだもうひとつの仮想風景かもしれません。