写真は、見えるものを写す装置ではない。世界を書き換える「変換」の装置である。3次元の世界は2次元の平面に、フィジカルな世界はデータ=情報に置き換えられ、イメージは大きさを持たない。この変換は複写ではなく、介入である。見えないものを見えるようにし、動かせないはずのものを到来させる。本展の2人は、この力を別々の方向へ突き詰める。
アントニー・ケアンズは、知覚の側へ向かう。1980年代のトイ・ビデオカメラで夜の都市を撮り、粗いピクセルの向こうに、都市が時間の積層に沈めてきた骨格を浮かび上がらせる。見えやすいものだけが肥大する社会から、見えなくされた現実を取り出す。
ピータンは、物質の側へ向かう。「石を動かすと世界のバランスが崩れる」という禁忌を、物質と情報の等価交換ですり抜け、世界の秩序を保ったまま石を会場に到来させる。ここでは見える/見えないは問題ではない。変換が現実を動かしてしまうことの証明である。見えなくされたものを取り出すケアンズ「と」、動かせないものを到来させるピータン。京橋の街を100年建ててきたこのビルで、2つの変換は出会う。作品の前に立つあなたも、すでにその変換のなかにいる。
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