本展では、写大ギャラリー所蔵の1200点余りにおよぶ土門拳コレクションのなかから、『古寺巡礼』(全五集、美術出版社、1963〜1975年)に収録された仏像写真の「衣文(えもん)」に焦点を当てます。衣文(英語でドレイパリー:Drapery)とは、衣服の襞(ひだ)やしわの表現を意味する美術用語です。彫刻芸術におけるその役割は特に顕著であり、衣文が織りなす陰影のパターン・リズムこそが像の表情を大きく左右します。またそれは単なる衣の描写にとどまらず、制作された時代や地域ごとの様式・精神性を色濃く反映しているのです。土門がレンズで捉えた名だたる仏像たちも、それぞれに異なった「衣文の美」をたたえています。直線性・左右対称性を備えた幾何学的衣文にはじまる飛鳥時代から、薄く密着した流麗な衣文を描く白鳳時代を経て、天平時代にはより自然主義的な衣文表現へと昇華されました。そして平安時代前期には翻波式(ほんぱしき)・漣波式(れんぱしき)に代表される力強くリズミカルな衣文が現れ、後期には彫りが浅く穏やかで優美な平行衣文へと移行します。さらに鎌倉時代に入ると、写実性と躍動感に富んだ彫りの深い衣文表現へと至りました。くわえて鋳造による金銅仏(こんどうぶつ)、鑿(のみ)で彫られた木彫仏など、素材・技法によってもその表情は千差万別です。
クローズアップに強くこだわった土門が、こうした衣文の微細な表情に大いに魅せられたことは想像にかたくありません。実際『古寺巡礼』には衣文にフォーカスした写真が数多く見られ、なかには何を撮影したのか分からないほどに肉薄し、ほとんど抽象美術と化したかのような作例さえも含まれています。会場では、飛鳥時代から鎌倉時代までの仏像を捉えた写真群から、全身像と衣文のクローズアップを組み合わせた約60点を展示し、仏像そのものが放つ厳かな佇まいと、細部に宿る造形美の双方を浮き彫りにします。全体を眺める視線と細部を凝視する眼差し──この2つのアプローチを往還することで、仏像の新しい魅力とともに、土門の眼が迫ろうとした「衣文の美」の真髄の一端に触れることができるでしょう。
まだコメントはありません