福沢一郎記念美術財団では、1996年から毎年、福沢一郎とゆかりの深い多摩美術大学油画専攻卒業生と女子美術大学大学院洋画・版画専攻修了生の成績優秀者に、「福沢一郎賞」をお贈りしています。この賞が20回めを迎えた2015年、当館では新たな試みとして、「PROJECT dnF ー「福沢一郎賞」受賞作家展ー」をはじめました。これは、「福沢一郎賞」の歴代受賞者の方々に、記念館のギャラリーを個展会場としてご提供し、情報発信拠点のひとつとして当館を活用いただくことで、活動を応援するものです。福沢一郎は昭和初期から前衛絵画の旗手として活躍し、さまざまな表現や手法に挑戦して、新たな絵画の可能性を追求してきました。またつねに諧謔の精神をもって時代、社会、そして人間をみつめ、その鋭い視線は初期から晩年にいたるまで一貫して作品のなかにあらわれています。こうした「新たな絵画表現の追究」「時代・社会・人間への視線」は、現代の美術においても大きな課題といえます。こうした課題に真摯に取り組む作家たちに受け継がれてゆく福沢一郎の精神を、DNA(遺伝子)になぞらえて、当館の新たな試みを「PROJECT dnF」と名付けました。今回は、伊藤夏実(女子美術大学大学院美術研究科博士課程洋画研究領域修了、2019年受賞)の展覧会を開催いたします。
伊藤夏実は、重力や摩擦など「身体を介して受け取ることのできる触覚的で普遍的な力」を手がかりに、多彩な絵画制作を行ってきた画家です。近年は、モノとモノ、存在と存在どうしの力学から転じて、人間の歴史や文化的交流、そしてそのなかに息づく造形活動のすれ合いや衝突、響き合いに強い興味を覚え、国内外のアーティスト・イン・レジデンスに積極的に参加してきました。画家は見知らぬ土地での制作をとおして、土地に息づく紙や粘土などの素材と、文化の根源ともいうべき文字や記号、パターンなどに着目し、自らのつとめて感覚的な所作をとおして、それらのあいだに生ずるさまざまな力と関係を表出させようと試みました。こうした試みによって生まれた作品群は、画家の生々しい感覚の集積として立ち表れ、生々しい形態と鮮やかな色彩、そして素材の触覚とともに、わたしたちに忘れ得ぬ視覚体験をもたらします。今回の個展は、国内外で繰り広げてきた近年の活動を画家自身が問い直し、これからの歩みについて模索する、ある種の転機でもあります。アーティスト・イン・レジデンスの現場で重ねてきた制作の断片とともに、本展のために取り組んだ大画面の油彩作品が織りなす空間は、深い思考と洞察に裏打ちされた画家の力強い制作にふれる絶好の機会となるでしょう。この機会にぜひご覧ください。
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