JCIIフォトサロンアーティスト
吉田謙吉、名取洋之助、鈴木八郎、桑原甲子雄、林謙一、赤羽末吉
JCIIフォトサロン、JCIIクラブ25では、来る2023年11月28日(火)から12月24日(日)まで、吉田謙吉、名取洋之助、鈴木八郎、桑原甲子雄、林謙一、赤羽末吉の作品による「写された外地」を開催します。
1945年の終戦以前、大日本帝国憲法施行以降に日本の統治下へ置かれた地域は外地と称され、日本の強い影響下にあった満洲国も一般に外地と呼ばれていました。外地に対する国内外の関心は1931年の満洲事変以降に高まり、写真による国家宣伝が盛んとなった1937年の日中戦争勃発後は派遣撮影も行われました。
本展では、それぞれに異なる動機で訪問し、独自の視点によって現地を写した6名の写真作品をご覧いただきます。
考現学を提唱していた吉田謙吉(1897-1982)は、雑誌『経済知識』特派員として1934年8月に満洲を取材しました。日満連絡船に乗って渡満し、奉天、新京、哈爾浜(ハルビン)の風俗や建物を写した同誌掲載作など11点を展示します。
報道写真家の名取洋之助(1910-1962)は、ベルリンオリンピック取材のため1936年6月に下関から航路で釜山へ行き、鉄道に乗車して満洲を経て渡独しました。旅の途上で撮影した京城の官幣大社朝鮮神宮、奉天の北稜、哈爾浜駅乗降客など、同年の『Die Dame』(独誌)掲載作ほか11点(うちオリジナルプリント1点、初展示5点)を展示します。
『カメラクラブ』編集長を務めていた鈴木八郎(1900-1985)は、「流行の大陸熱にうかされて」渡満しました。1939年4-5月に写した奉天、撫順、新京、吉林、哈爾浜、承徳、北京などの街角と人々の様子、大同の石仏など同誌掲載作ほか27点(うちオリジナルプリント1点、初展示11点)を展示します。
アマチュア写真家だった桑原甲子雄(1913-2007)は、写真雑誌8社合同企画による推薦作家派遣団の一員として1940年6月に渡満しました。定められた旅程に従って写した奉天、新京、哈爾浜の街角と人々、蓮江口や仙洞の日本人開拓村、横道河子のロマノフカ村、寧安でロバに乗る老人、旅順の街角など44点(1974年に『満州昭和十五年』として刊行)を展示します。
情報局情報官の林謙一(1906-1980)は、満洲建国十周年記念行事連絡等のため1942年3月に飛行機で渡満しました。奉天、新京の名所や、哈爾浜の街頭写真屋、面会した満蒙開拓青少年義勇軍中隊長、承徳の寺院や赤峰の砂漠など、写真誌『報道写真』掲載作ほか26点(全て初展示)を展示します。
満洲電電に務めていた画家の赤羽末吉(1910-1990)は、新設の成吉思汗(チンギスハン)廟壁画作成取材団の一員として1943年6-7月に内蒙古へ派遣されました。草原の遊牧民や阿巴嘎(アパガ)大王府、貝子(べイズ)廟に集う人々(オリジナルプリント24点)、大同の石仏(初展示8点)などを展示します。
展示する162点のうち今回初公開は50点に上ります。全作品に各作家の個性が反映されていますが、同時に、時代が要求した「報国写真」を考えさせる作品でもあります。
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