公開日:2015年1月8日

エスパス ルイ・ヴィトン東京「IN SITU – 1」ソ・ミンジョン インタビュー第3回

二項対立から宙吊りになる空間へ

エスパス ルイ・ヴィトン東京で初のオープンアトリエ形式での展覧会「IN SITU – 1」。会期中に3回に分けアーティストのソ・ミンジョンに話を聞き、レポートしていく第3回をお送りする。

前回までのインタビューはこちら:
エスパス ルイ・ヴィトン東京「IN SITU – 1」ソ・ミンジョン インタビュー第1回 「常に質問を投げかけ、観客を『罠にはめる』というアートの形」
エスパス ルイ・ヴィトン東京「IN SITU – 1」ソ・ミンジョン インタビュー第2回 「無に向かう時間の断面図」

冬の東京が見渡せるエスパス ルイ・ヴィトン東京で完成したインスタレーション
冬の東京が見渡せるエスパス ルイ・ヴィトン東京で完成したインスタレーション

■77日間の滞在制作を終えての感想を聞かせて下さい。

終えてみるとすごく短かったです。その間に、公開制作と自分の制作のテーマが一体化してきたと感じました。私の作品は時間の断面を見せているし、公開制作は制作の断面を見せています。

■完成作品を拝見しました。模型ではもっと破片が飛び散っているイメージでしたね。空間に入った瞬間にものが自分に向かって飛んでくるイメージでしたが、できあがったものはそれよりシンプルですね。

模型とは少し違っています。模型通りに作っていると、余計な線やパーツが多かったんです。できあがった展示では、旧作の鳥の作品<The Remains>(2012)も展示しています。お互いに妨げにならない形にしました。

■今回は作品の他に、制作過程を映像で展示されていますね。

どういうふうに作られているかを見る機会はあまりないですよね。アーティストというとペインターのことを考えて感情的に制作していることが想像されます。でも映像を見てもらうとすごく計画的に作っていることが分かります。建物を壊すところなどは、感情的に作っていると想像されていると思います。でも、とても冷静に壊している。それにも関わらず、出来上がった作品には絵画性がある。よく映画などでアーティストがばーっと感情的に作っているイメージがあります。しかし、現実にはひとつの感覚だけではなくて全ての感覚を使っている。そういう現代アーティストのあり方を見てもらいたいと思います。色んな要素が入っています。建築家がやりそうなこともしています。

■空間に入った瞬間にどんと壊れた建物があってそこに入っていく。そして戻ってくると鳥の死骸がある。そのあと、映像を見て製作過程を知る。色々なものを体験させられる展示になっていますね。観客の反応はいかがですか?

きれいな建物が立っているときには、「きれい」と言っていましたね。今は、壊れたものを見て「はっ」としています。あれを壊したのかと複雑な感情になっているのかもしれません。

■できれば、あれを解体していく作業も見たいです。

見せません。そのまま、さっといなくなります(笑)

■鳥の死骸に白磁をかけて陶芸作品に仕上げた<The Remains>の展示について聞かせて頂けますか。

企画の段階で、旧作1点と新作1点という話がでました。ビジュアル的にすぐにつながるのではなく、コンセプトのベースがつながっている作品として<The Remains>を選びました。死んだ鳥に白磁をかけて釜で焼くとその中にたまに骨が残っています。そして、鳥の形の骨壷ができるわけです。釜の中で鳥の身体は消滅しますが、同時に陶器の鳥が生まれます。そこでは、二項対立の両極が同時に起こっています。存在への問いや、亡くなったものへの儀式的なものがテーマです。今回はメインとして実在しない建物<Sum in a Point of Time – Existence>を作りましたが、建物の骨組みは実在をテーマにして、それとつながるように<The Remains>を見せています。

<The Remains>(2012)
<The Remains>(2012)

■<The Remains>は思わず触りたくなってしまうような作品と鑑賞者との距離なのですが、触ってはいけないのですよね。

博物館のようなケースに入れてしまうと「商品」になってしまいます。そうではなくて、死んだ姿のまま、鑑賞者が作品を受け入れるかたちになるように展示しました。

■<The Remains>が展示されている台はコンクリートの打ちっぱなしですか?

まるでコンクリートの床に死体が落ちているようなイメージですね。セメントは人工的なものです。死んだ鳥は元々農場でペットとして飼われていた鳥です。檻の中でお互いに喧嘩をして死んだ鳥もいます。そういった環境を作って死に追いやった人工物を意識しています。

■鳥の死の過程も重要だということですか。

そこまでではないですが、そういう連想です。なぜそういうことになったのかーー例えば、都会で死ぬ鳥には、高い建物のガラスにぶつかって死ぬものが多かったりするわけです。

■ミンジョンさんの作品はいつも二項対立ということがテーマになっていますが、<The Remains>では人工と自然が対比されているわけですよね。今回の建築物(<Sum in a Point of Time – Existence>)はとても人工的なものですが、一方に自然が対立項としてあるんですか?

それはないです。

■とすると、今回の二項対立は何でしょうか?

実在しているけれど存在感のないものと、実在しなくても存在感のあるものを問うことです。エスパス ルイ・ヴィトン東京の外側に見えている風景は、建物でありながらまったく存在感がありません。その反対に、私の建てた建物は実在しないのだけれど存在感を示している。生き物で言うならば骨にあたる部分ですね。

<Sum in a Point of Time - Existence>(2014)
<Sum in a Point of Time - Existence>(2014)

■そして、最後に爆発というテーマが入りますね。

爆発というゼロの瞬間を表現しながら、それを永遠に止めているからゼロになれないんです。ギリギリのところで生かすことによって、存在を問うています。

■ギリギリまで不在に近づけて生かし続けるというのは、苦しいことですね。

みんな苦しく思うのは境界線があるからなんです。その後に、なくなると思っていては苦しいでしょう。でも、私は境界線をなくそうと思っているんです。だから、その後はまたつながるんですよ。爆発のあと、なくなるのか、もとに戻るのか分かりません。作品では、爆発している破片のどことどこが、もともとくっついていたのか想像できるくらいの距離で展示しています。だから、想像の中で時間を巻き戻すこともできるし、進めることもできます。どちらを想像するかは観る側に委ねられています。

■どちらがテーマなんですか?

どちらでもありません。一瞬にして正確な答えが出せないような仕組みになっています。だからみんな揺れてしまうんですね。そこが大事です。

■私は<The Remains>と結びつけて考えてしまいます。生死のテーマが明確に出てきますね。とてもセンシティブなところに触れられたような嫌な気がします。

よかった(笑)その嫌な感覚が現代アートのひとつのあり方です。

■建物のほうがすごく人工的だったので、ミニチュア感が出てしまいそうなところに<The Remains>によってリアリティが出ています。

その次の段階が一階で流れている映像です。<The Remains>の陶器の中に火薬を詰めて爆発させて、ハイスピードカメラで撮影しました。それが宇宙のビッグバンのように見えてくる作品です。

<White Point>(2014)
©Min Jeong Seo
Work with the support of Espace Louis Vuitton Tokyo

■なるほど。今わかりましたが、爆発はビッグバンとも関係しているんですね。宇宙は膨張し続けているから、あの爆発の瞬間は宇宙空間で見れば私たちのいる状況そのものなんですね!

そうです。

■ミンジョンさんの作品には色々なテーマがあります。生死、文化、建築などがありますが、その背景について聞かせて下さい。今回は実在と不在というテーマですが、何に影響を受けてこのようなテーマを扱うに至ったのでしょうか。

2つあります。この間、五十嵐太郎さん(編集部注:東北大学大学院教授、あいちトリエンナーレ2013芸術監督)との対談で教育について話しましたが、まず二分法という画一的な考え方を受け入れないということですね。もう一つは大学で女性学の授業で見たドキュメンタリーです。レイプされて妊娠した女性が堕胎する映像です。女性にとっては、お腹の中のこどもが虫のように感じられるそうなんです。でも、カメラでお腹の中を撮影すると、胎児が堕胎のための道具から逃げまわっているんですね。それを見た時に母体も胎児もお互いに生きたいのだということを痛烈に感じました。でも、そのどちらが良いのか私が判断してはいけないと思ったんです。そこから、私のテーマが決まったのだと思います。

■二項対立は西洋が生み出したとても便利な考え方で、教育にも使われます。その中で答えを出さなければならないという強迫観念があります。それに対して、ミンジョンさんはギリギリのところに留まることを提案されています。そこにはどういった「価値」があるのでしょうか。

一番大事なのは何を基準にして決めるかです。しかし、価値のところで間違っていると思うんです。自分の中から生まれてきたひらめきによる選択ではなく、周りが動いているからそれが正しいと思ってしまうんです。自分を安心させたり、罪悪感を減らすために選択しているんです。それが問題です。そうやって逃げているんですよ。そうではなく、向かい合わなければなりません。価値があるとすれば、そこにあるのだと思います。

■極めて現代的でシリアスな問題を提起されていますが、作品で直接的にはアプローチしないですよね。

そうしてしまうと私もその議論の中に巻き込まれてしまうではないですか。

■堕胎手術についてどういった立場をとりますか。

中立ですね。

■堕胎の是非についてはフェミニストの中でも意見が割れています。そうした単純化された二項対立の世界になりうる中で、個人的なレベルでミンジョンさんはアプローチしています。ミンジョンさんの作品を見て鑑賞者がどう変化すれば成功なのでしょうか。

たとえば、宗教は宗教であるべきではなく、哲学であればいんです。団体を持たずに哲学として一人ひとり受け止めれば紛争はなくなります。集まることによって人間の弱さが増すんです。人間も一人ひとり群れを離れて接すれば何の問題もないはずです。しかし、何かを背負ってしまった瞬間対立が始まります。何かにアイデンティティを求めてしまうと対立してしまいます。みんな真っ白から生まれています。色々な団体、国家をコントロールするためにパスポートやナショナリティを分けられています。しかし、それは私たちが生まれ持ってでたものではありません。後から身につけたもので戦ってどうなるのかと思います。私が選んだわけではない。選択のときには自分の中に生まれた答えが一番だと思います。だから、堕胎の問題についてはその人が思う生命について、あるいは自分が生きていく中で痛みになるならば消したほうがいいと思います。でも、女の汚れた身体云々で堕胎するのは違うと思います。そこから自分で考え直すべきだと思います。

■そうやって生きていくのは苦しいことではないでしょうか。

そうでしょうか。何かに所属してついていくほうがつらいですよ。自分の考えと違うのに、と思いながらついていくのはつらいですよ。

■当初の計画から変わったことは何かありますか。

一階の映像作品<White Point>は制作しながら思いついた新作です。<The Remains>の次の段階に進むことができました。もともと、鳥の抜け殻を残したのは、私のためでもあったんです。本当は残された人たちはそれを見ながら思い出すよりは、自然界の中の死を受け入れるべきなんです。そこに進めたと思います。鳥の陶器の中にはなにもないんだよ、ということをビッグバンとして受け入れることができるようになりました。本当は死んだものから見れば意味はないですよね。何をやっているんだって感じです。儀式というのはある意味で、悲しみを鈍くするためのものだと思います。そのまま立ち向かってしまえば儀式も何もいらないかもしれないですね。それがこわいから何かをしてしまうんでしょうね。

■3回のインタビューのまとめとして、何か結論を聞きたいんですが・・・。

ずっと結論を聞かれているような気がしますが、そもそも宙吊りにされているから終わらないですね(笑)どこかに着地したいですか?

■着地はしたいです。

着地はしてるんじゃない? 受け止めるのがこわいだけじゃないですか?

©Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat
©Louis Vuitton / Jérémie Souteyrat

Taichi Hanafusa

Taichi Hanafusa

美術批評、キュレーター。1983年岡山県生まれ、慶応義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院(文化資源学)修了。牛窓・亜細亜藝術交流祭・総合ディレクター、S-HOUSEミュージアム・アートディレクター。その他、108回の連続展示企画「失敗工房」、ネット番組「hanapusaTV」、飯盛希との批評家ユニット「東京不道徳批評」など、従来の美術批評家の枠にとどまらない多様な活動を展開。個人ウェブサイト:<a href="http://hanapusa.com/">hanapusa.com</a>