公開日:2022年12月1日

森美術館「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」 レポート。22組の作品が示す多様な人・文化の共存

AKI INOMATA、青木野枝、石内都、キュンチョメ、O JUN、折元立身、玉山拓郎ら22組が参加。12月1日~2023年3月26日に開催される本展をレポート。

SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUADの展示

日本の現代アートシーンを総覧する3年に一度の企画展

森美術館「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」が12月1日~2023年3月26日に開催される。

「六本木クロッシング」は同館が2004年から3年に一度、日本の現代アートシーンを総覧する定点観測的な展覧会として、共同キュレーション形式で開催してきたシリーズ展。7回目となる今回は、以下のアーティスト22組が参加。世代は幅広く、1940年代~1990年代生まれの日本のアーティストたちだ。企画担当は、天野太郎(東京オペラシティアートギャラリー チーフ・キュレーター)、レーナ・フリッチュ(オックスフォード大学アシュモレアン美術博物館 近現代美術キュレーター)、橋本梓(国立国際美術館主任研究員)、近藤健一(森美術館シニア・キュレーター)。

参加作家:AKI INOMATA、青木千絵、青木野枝、潘逸舟、市原えつこ、伊波リンダ、池田宏、猪瀬直哉、石垣克子、石内都、金川晋吾、キュンチョメ、松田修、呉夏枝、O JUN、折元立身、進藤冬華、SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUAD、竹内公太、玉山拓郎、やんツー、横山奈美

手前が青木千絵、奥がO JUNの展示

「往来オーライ!」という印象的な本展のサブタイトル。公式サイトによると、「歴史上、異文化との交流や人の往来が繰り返され、複雑な過去を経て、現在の日本には多様な人・文化が共存しているという事実を再認識しつつ、コロナ禍で途絶えてしまった人々の往来を再び取り戻したい」という想いが込められているという。キュレーター陣が今回提示するのは3つのトピックだ。

1. 新たな視点で身近な事象や生活環境を考える
2. さまざまな隣人と共に生きる
3. 日本の中の多文化性に光をあてる

とくに章立てはされておらず、また上記のトピックがひとつの作品のなかに複数交差する場合も。森美術館館長の片岡真実は、「22組が非常に緩やかに近隣の作品と対話をしている」と本展の構成を説明する。

「隣人」とは? 新たな関係性の可能性

最初の展示室にはO JUNの絵画インスタレーション「マチトエノムレ」と青木千絵の漆を用いた彫刻が並ぶ。社会的動物である人間は集団を作り、人と関わり合って暮らしている。O JUN作品は、そうした「マチ」であり「ムレ」を描いた作品群と言えるだろう。自身の身の回りの出来事や、ニュースで知った監禁事件をもとに被害者の見たであろう“最後の景色”を描いた《川崎の公園》(2022)などが壁に並び「エ」の「ムレ」を成している。

会場風景より、左がO JUN《川崎の公園》(2022)

いっぽう作家自身の身体をモデルにした青木千絵の作品は、また違う方法で自分や他者について考えさせる。キュレーターの橋本は「漆の光沢が内側と外側を強く意識させる。内に籠るような雰囲気が印象的で、コロナ禍のいま見ると、感情的に迫るものがある」と語る。

青木千絵の展示風景

ここから自らの家族や親しい存在にフォーカスした作品が続く。金川晋吾は失踪を繰り返す父親を被写体にした写真で注目を集めたが、本展では行方知れずになっていたが後に再会を果たした伯母を撮影したシリーズを展示。

金川晋吾「長い間」(2010-2020)の展示

折元立身は母親の介護を20年以上続け、その存在を「アート・ママ」として作品に登場させてきた。本展では世界各地のおばあちゃんに集まってもらい一緒に昼食を摂る「おばあちゃんのランチ」シリーズの映像と写真を出品。戦争など様々な経験をし、多くの場合は「食事を振る舞う」側として長年生きてきたおばあちゃんたち。迎える折元は、給仕のような格好で食事や酒を振る舞い、「パン人間」のパフォーマンスでもてなす。社会で忌避されがちな「老い」を寿ぐような、ハッピーなムードに溢れた楽しく温かい作品だ。

折元立身の展示

それらと向き合うように展示される5つの「LOVE」の文字。一見写真のようだが、横山奈美の絵画作品だ。本作は作家が家族や知人などに「LOVE」の文字を書いてもらい、それをネオンサインに起こして、写実的に描いたもの。世界中にあるいろんなかたちの「LOVE」。その尊さに気づかせてくれる、シンプルで力強い作品だ。

横山奈美「Shape of Your Words」シリーズの展示

スナックのような空間で、人生の酸いも甘いも噛み分けけてきたある女性がその半生をユーモラスに語る松田修の映像作品、トランスジェンダーの人々にインタビューし、改名した名前を声が枯れるまで叫ぶというキュンチョメのエンパワメントな《声枯れるまで》(2019 / 2022)。タフな人生を歩んできた人々がその身から溢れさせる魅力に泣かされるとともに、個の背景にある社会の不平等や格差にも目を向けさせる。
池田宏は現代を生きるアイヌの人々を写した写真を投影する。

松田修の展示
キュンチョメ《声枯れるまで》(2019 / 2022)の展示

キュレーターの橋本によると、「ダイバーシティやLGBTQ+という言葉はとくにオリンピック以降、加速度的に使われる場面が増えた。いっぽうでそうした言葉の影に隠されてしまう、もっと見えにくい差異を作品を通じて見せるような作家を選定した」という。

日常生活の変化、ズレ、アポカリプティックな未来

本展は直接的にコロナ禍を扱うものではないが、同時代を生きるアーティストにはこうした世界の変化を敏感に感じ取り、独自の方法で考えを深めてきた者も多い。キュレーターのフリッチュは、「コロナ禍を経て、皆さんの生活のプライオリティも色々と変わったのではないでしょうか」と語り、生活の変化から育まれたアイデアを作品に投影した作家たちを本展で紹介するという。

市原えつこ《未来SUSHI》(2022)の展示

市原えつこは一見楽しげな雰囲気がむしろ不気味なディストピアSF的寿司屋のインスタレーションを発表。寿司は日本の食文化を代表する存在であり、同時に食される魚たちの乱獲は環境問題の争点でもある。我々はいまと同じように100年後も寿司を食べることができるのだろうか?/食べるべきなのだろうか?

玉山拓郎は、赤い光に包まれた空間にオブジェが配置された展示を発表。奇妙でどこか恐ろしい雰囲気もあるが、このオブジェはベッドや椅子、キッチンという一般的なものがもとになっている。こうした既視感と違和感を同時に感じさせるズレの感覚が、実際の日常風景を再考させる。

玉山拓郎の展示

石内都の「Moving Away」(2015-18)は、作家がスタジオを構え慣れ親しんだ神奈川県の金沢八景を舞台に、道路のカーブミラーに写る自身の姿や手足などを撮影した私的かつ詩的なスナップショット。時間や場所にともなう「変化」のなかで生まれた作品だ。

石内都の展示

機械やテクノロジーと人間の関係を探る作品を制作してきたやんツーは、自律搬送ロボットが物品を運び、展示し、撤去するという無意味な行動を繰り返すインスタレーションを発表。コロナ禍でネット・ショッピングが急増したことを思い起こせば、健気に労働するロボットにアイロニーが漂う。amazonのような企業の巨大倉庫と美術館収蔵庫とが同時に想起させられる本作に、一抹の罪悪感や荒涼とした感覚、欲望の底知れない不気味さなどが呼び起こされる。

やんツーの展示風景

SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUADは、工事が続く東日本大震災の被災地で着想された作品。宮城・福島・東京をストリートカルチャーでつなぐ映像作品も併せて展示されている。

SIDE CORE / EVERYDAY HOLIDAY SQUADの展示

竹内公太は、福島の立入禁止区域で警備員をしていたときの経験から生まれた作品を展示。空中に警防でアルファベットを描き、オリジナルのフォントを作成。このフォントを使った書面を壁に貼ることで立ち現れる《文書1: 王冠と身体 第三版》は、ホッブスの『リヴァイアサン』の図像がもとになっている。王冠はギリシャ語でコロナ。その下に蠢く無数の身体。東日本大震災からコロナ禍へ、現代日本のある風景だといえるだろう。

竹内公太の展示

ロンドン在住の猪瀬直哉の絵画作品は、人物が不在のユートピア/ディストピア世界をリアリティ溢れる精緻な筆致で描く。世紀末的な雰囲気は、環境問題についても想起させる。
また動物との協働で様々な作品を制作するAKI INOMATAが出品した、ビーバーがかじった木をもとに3倍の木彫を制作した《彫刻のつくりかた》(2018-2021)も、人間中心主義的な考えをユーモラスに転換してみせる。

こうした作品から、私たちは未来における新しい環境やそこでの暮らし、社会システムについて想像を巡らせることができるだろう。

猪瀬直哉の展示
AKI INOMATAの展示

日本にもともとあった多文化性

「日本の中の多文化性に光をあてる」というトピックを含む本展には、様々なアイデンティティやルーツを持ち、その歴史や文化を題材に制作を行うアーティストが参加している。これらの作家についてキュレーターの天野は、「大きなメッセージを打ち出すというよりは日常的なリアリティの中なかで何かを発見していく。かといって、自己言及的ではなく開かれている」とその特徴を説明。

潘逸舟は、子供の頃に移住した青森から、故郷の上海に住む祖父母に公衆電話から電話したという経験をもとにした作品を展示。個人と家族の関係や、社会的なインフラ技術、言語、国境など様々に絡まり合う要素を抑制された映像で表現する。

潘逸舟の展示

池田宏はアイヌの人々の肖像を撮影しているが、いっぽうで北海道生まれの進藤冬華は自身を北海道への移住者の末裔と位置づけ「移住」をテーマに制作。アイヌに関するリサーチも行っている。

大阪生まれオーストラリア在住の呉夏枝は、アジア太平洋地域における人の往来をテーマにした作品を発表。戦争や植民地主義、環境破壊など、近代以降に人間が引き起こした様々な問題や、そこで生きる多様な人々の生が多層的に表現される。

呉夏枝《海鳥たちの庭》(2022)の展示

海がつなぐようにして、沖縄生まれ在住の石垣克子、伊波リンダの展示へと続く。石垣が描く明るい色彩の沖縄の風景画には、基地や埋立地の存在が、ほかの建物や海のような自然と均等な存在感を持ってそこにある。伊波はハワイや北マリアナ諸島のテニアン島で生まれた父母のもと生まれ、様々な土地の歴史や文化を通した複合的な視点から沖縄の現在を写真に写す。

石垣克子《嘉数高台公園からの眺めV》(2022)の展示
伊波リンダの展示

展示の最後を締めくくる青木野枝は、新作の彫刻群を発表。本作についてキュレーターの近藤は、「本作は雲を念頭に制作された。明日、雲がどんな形になるかはわからないけれど、来るべき未来について一緒に考えてみたいという思いを込めて展示した」と語る。

青木野枝の展示

東日本大震災やコロナ禍、戦争、気候変動、社会の新しい価値観や最新鋭のデジタルテクノロジーの登場。「変化」のなかを生きるとき、そこには期待と恐れが分かち難くついて回る。個人とパブリックを往還しながら社会像への考察を促す本展は、様々な「現在」の姿と「未来」の可能性を見せてくれるだろう。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。