公開日:2022年8月1日

「あいち2022」速報レポート【一宮市】。織物のまちの歴史と、ケアや祈り。心身に深く染み入る作品と出会う

国際芸術祭「あいち2022」が、7月30日〜10月10日に開催中。奈良美智、塩田千春、許家維(シュウ・ジャウェイ)、アンネ・イムホフ、曹斐(ツァオ・フェイ)ら、注目作家の作品が揃う一宮市会場をレポート

会場風景より、塩田千春《糸をたどって》(2022)

織物のまちでアート作品を巡る

国内最大規模の国際芸術祭「あいち2022」が、7月30日に開幕。Tokyo Art Beatでは、愛知芸術文化センター、一宮市、常滑市有松地区(名古屋市)の全4会場それぞれの詳細レポートを公開する。本記事は、一宮市を取り上げる。

名古屋市の中心から北西に向かって車や電車で30〜40分ほどの場所にある一宮市。江戸時代に綿織物の生産が盛んだったこの地は、絹綿交織物の生産を経て、毛織物(ウール)生産へと転換。現在に至るまで「織物のまち一宮」として知られる。

一宮市会場では、このような土地の産業や歴史、建築に取材し、それぞれの方法で表現を深めた作品が多く見られた。そしてもうひとつのキーワードは「ケアと祈り」だろう。

ちなみにプレスツアーでは午後1時から5時にかけて各会場をバスで回りすべての作品を見ることができた。しかし駆け足で見るかたちではあったので、映像作品などをじっくり見たい場合は、1日確保するのがいいだろう。休憩を挟みながら水分補給もお忘れなく。

真清田神社。2022年7月28〜31日には一宮七夕祭りが開催されていた

ケアと祈り

コロナ禍を経て創建から2650年と伝えられる真清田神社。まずはこの付近から作品巡りをスタートしよう。プレスツアーが行われた29日には七夕祭りが開催され、真清田神社と一宮市本町商店街は賑やかに活気付いていた。人々が行き交う商店街を歩くと、見えてくるのが旧名古屋銀行一宮支店の建物を改装したオリナス一宮。この雰囲気のある建物のなかで、奈良美智の展示が行われている。

オリナス一宮
会場風景より、奈良美智《Fountain of Life》(2001 / 2022)
会場風景より、中央が奈良美智《Miss Moonlight》(2020)

日本の現代アートを代表する国際的なアーティストである奈良は、愛知県立芸術大学及び大学院で学んだ愛知にゆかりのある作家でもある。水色に包まれた空間に配置された、涙を流す子供たちの頭部が重なった彫刻《Fountain of Life》(2001 / 2022)。絵画作品《Miss Moonlight》(2020)に描かれた少女はまぶたを閉じ、瞑想的で慈愛に満ちた表情を湛えている。権力への抵抗や世界の平和を願う姿勢を作品を通して表してきた奈良。コロナ禍、そして戦争といった困難な時代に開催される本展において、これらの作品は悲しみや孤独に寄り添うような、静かな祈りのように感じられるかもしれない。

会場風景より、近藤亜樹《ともだちになるためにぼくらはここにいるんだよ》(2022)

旧一宮市立中央看護学校には、11組の作品が展示されている。閉校した看護学校というこの場所には、生やケアといった言葉が想起される作品が多く展示され、本展のテーマ「STILL ALIVE 今、を生き抜くアートのちから」を強く感じさせる。

生のエネルギー溢れる近藤亜樹の絵画《ともだちになるためにぼくらはここにいるんだよ》(2022)と映像作品る《HIKARI》(2015)に始まり、続く看護実習室では小杉大介が新作のサウンド・インスタレーション《赤い森と青い雲》(2022)を発表。

会場風景より、小杉大介《赤い森と青い雲》(2022)

アメリカの倫理学者・発達心理学者のキャロル・ギリガンが1980年台に「ケアの倫理」を提唱して依頼、「ケア」概念はフェミニストたちを中心に、政治学、社会学、臨床医学などあらゆる分野で研究が進められてきた。そして過剰な自己責任論が世を覆う近年、社会的な不均衡や不可視化されてきた人々の存在や労働に光を当て、より良いオルタナティブな生の在り方を考えるうえで、「ケア」概念に改めて注目が集まっている。

旧看護学校であることを強く感じさせる塩田千春の展示

旧看護学校の図書室では、ナイロビ出身のジャッキー・カルティがインスタレーションを展開。この図書室やほかの部屋に残された壁時計や機械などを使ったオブジェや映像が配置されており、作家は「図書館を知識にアクセスし生産する場所としてだけではなく、通常の人間の言語や理解を越えて想像力が投影される手術室としても位置づけ」るという(会場キャプションより)。時間や身体、アクセスとケア、労働、想像、そしてコミュニケーションなどについて多層的に言及する作品だ。こう書くとハイコンテクストで堅苦しく感じるかもしれないが、実際の空間はどこかユーモアに富みリラックスした雰囲気がある。もともとここが、看護学校というある種の規則や規律、命を扱う使命が重んじられる場所のなかで、人々が思い思いに自分の時間を持ち、想像力を働かせることができたであろう図書室という空間であったことも関係しているかもしれない。

会場風景より、ジャッキー・カルティ《エレクトロニック・シアター》(2022)
会場風景より、ジャッキー・カルティ《エレクトロニック・シアター》(2022)
会場風景より、ジャッキー・カルティ《エレクトロニック・シアター》(2022)。図書館だったこの部屋。画集が積まれた棚の中にさりげなくオブジェが

「ケア」というとどこか穏やかで優しい印象を受けるかもしれないが、それだけではない。ポップな音楽と踊りに誘われノリノリで見ていたら、いつの間にかエンパワメントされてた……そんな不敵な諧謔心たっぷりで”アゲ”な作品2連発。

西瓜姉妹(ウォーターメロン・シスターズ)は、台北拠点のユ・チェンタと、ベルリン拠点のミン・ウォンによるパフォーマンス・デュオであり、楽しく挑発的なクィア・シスターズだ。「指を染める鮮やかな赤 私たちの誇りの証し 風の中で吹き飛ばせ 時代遅れな束縛を アクセル踏んで胸を張り 共に未来へと飛び立とう」「抱き合って 互いに抱きしめ合うの」と歌って、性自認の流動性や人々の性的解放への道をヒップホップダンスで肯定する。

南オーストラリア州の北西部にある先住民の自治区、アナング=ピチャンチャチャラ=ヤンクニチャチャラ・ランドを拠点に活動するケイリーン・ウイスキーの映像作品では、「My name is Kaylene Imantura Whiskey(私の名前はケイリーン・イマデュラ・ウイスキー)」と連呼しながらマーチする作家が、女友達とパーティーを砂漠で繰り広げる。先住民としてのアイデンティティとともに、若い頃から親しんできたミュージック・ビデオやスーパーヒーロー、コカ・コーラなどに象徴される欧米文化のエッセンスも散りばめられ、そのコントラストが鮮やかだ。でもここに「コントラスト」を感じること自体が、私のなかの思いこみや先入観ゆえだと気づき、はっとさせられる。

会場風景より、ケイリーン・ウイスキーの展示
会場風景より、ケイリーン・ウイスキーの展示

社会におけるマイノリティとしての抵抗の身振りを、陽気なシスターフッド・パーティーで繰り広げる。そんな両作家の作品に背中を押されつつ、さらに会場を進んでいこう。

台湾のアーティスト、許家維(シュウ・ジャウェイ)は、VR作品を発表。なんと大人気ゲーム「マインクラフト」をプラットフォームにしたもので、陶器産業によって発展した常滑の街並みや登り窯の風景、中部国際空港(セントレア)、常滑製の黄色いレンガで覆われた旧帝国ホテルなどが再現されている。人類と鉱物、日本・アジアの近代化と鉱産業に関わる複数の歴史が批評的に重なり合う。

会場風景より、許家維(シュウ・ジャウェイ)の展示風景

これまでアール・ブリュットの展覧会などで出品を重ねてきた升山和明の展示と、ヴェネチア・ビエンナーレのドイツ館代表として金獅子賞を受賞したこともある大御所のローター・バウムガルテンの展示が同じ空間で見られるというのも、本展の面白さだ。

会場風景より、升山和明の展示
会場風景より、ローター・バウムガルテンの展示
会場風景より、石黒健一の展示
会場風景より、ニャカロ・マレケの展示

繊維業の歴史に深くアプローチする

奈良美智作品が展示されているオリナス一宮に隣接する公衆トイレの南側壁面には、人気作家バリー・マッギーが滞在制作した壁画が登場。

壁画から眞田岳彦の展示がある一宮市役所までは100mほどだが、そのあいだに名古屋ゆかりの彫刻家・野水信が1959(昭和34)年に制作した《織姫像》がある。「繊維都市いちのみやの象徴」として作られた、毛織物産業を支える子羊と女性の像だ。織物工場で働く女工は、一宮では「織姫」と呼ばれていたという。「あいち2022」のための作品ではないが、プレスツアーではキュレーターの中村史子は本作の前で足を止め、「一宮の繊維業が、いかに女工たちと羊に支えられていたかを象徴するもの」として紹介していた。ここを訪れたら、一宮の歴史を感じるものとしてぜひ合わせて見てほしい。

野水信《織姫像》

一宮市役所のロビーには、この土地の繊維業の歴史を新たなかたちでシンボリックに表現した眞田岳彦「あいちNAU(綯う)プロジェクト」の作品が展示されている。羊毛でできた樹木のようなオブジェは、県内の様々な繊維の歴史について学んだ約300人の参加者が、羊毛を繰り返しより合わせて作り上げたもの。両手を天へと広げた《織姫像》ともどこか相似形に見える。

会場風景より、眞田岳彦「あいちNAU(綯う)プロジェクト」の展示 撮影:編集部

「あいちNAU(綯う)プロジェクト」には県内6都市7美術館・博物館が参加しており、背後のパネルではこの街の繊維業の歴史が詳しくまとまっている。たとえば「機業と女性のちから」では、地元の大地主で繊維業を営んでいた家に生まれた洋画家・三岸節子についての紹介とともに、一宮周辺では親が12〜15歳の娘を機屋の年季奉公に出すことが江戸時代から三岸が少女期を過ごした明治・大正まで続いていたことが書かれている。女工たちは雇い主と家族同然の暮らしをしていたそうだが、なかには14〜16時間に及ぶ長時間労働や暴力を苦に逃亡する者もあったという。《織姫像》に象徴される輝かしいイメージの後ろでは、このような過酷な労働が産業を支えていたということも忘れてはならないだろう。

市役所から南に800mほど下ったところにある豊島記念資料館では、大阪と沖縄を拠点とする遠藤薫が展示。羊と毛織物の文化・歴史から着想を得た、時空間的なスケールの広がりがある展示で、ひときわ印象に残った。キリスト教ではイエス・キリストのことを「神の子羊」と呼び、生贄として表象されていたように、羊との関係が深い。このような羊の宗教的・文化的な象徴性や、産業革命や近代化に欠かせない繊維業の歴史をリサーチし、作家は自ら羊を解体し、皮をなめし、羊毛を織って落下傘を織り上げた。2階のホールにはこの落下傘が吊られているが、その空間は教会のような聖性や儀式的な雰囲気に満ちていて圧倒される。まるで星座のように広がった落下傘や羊皮は、イエスの生誕を星が告げたという聖書の一節や、この地で女工が「織姫」と呼ばれていた背景に基づくという。また落下傘が救命具であるとともに軍事品であるという側面にも注目したい。

会場風景より、遠藤薫《羊と眠る》(2022)
会場風景より、遠藤薫《羊と眠る》(2022)

一宮市内で印象的な建物が、「のこぎり屋根」と呼ばれる工場だ。採光のためにのこぎり型をした屋根を持つこの建物は繊維関連工場で採用され、約50年前には8000棟を超える「のこぎり屋根工場」が一宮市にあったという。その後減少したものの、一宮市の観光サイトによれば現在もまだ約2000棟が残っているそうだ。

塩田千春の展示開場である「のこぎり二」外観

この土地の象徴である「のこぎり屋根工場」をアートギャラリーとして再利用している「のこぎり二」では、ベルリン拠点でグローバルに活躍する塩田千春が展示。毛糸を用いたスケールの大きい作品で知られる塩田は、まさにこの地にぴったりの人選だと言えるだろう。一宮市の毛糸を使い、のこぎり二に残る毛織物の機械や糸巻きの芯などを融合させた本作は、かつて労働が行われたこの地に新たに血管を張り巡らせ、生命や記憶といったものを想起させる。

会場風景より、塩田千春《糸をたどって》(2022)
会場風景より、塩田千春《糸をたどって》(2022)

個性的な会場で見る、注目作家の展示

2017年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞(ドイツ館)を受賞し、近年世界的にもっとも注目されているアーティストであるアンネ・イムホフ。これまで日本での展示の機会に恵まれなかったが、ここ一宮市で見ることができる。会場となるのは、1965年に設立されて以来市民に愛され、オリンピック選手も輩出した一宮市スケート場(2022年3月に閉館)。「あいち2022」の特徴として、パフォーミングアーツと展示の領域横断が挙げられるが(詳細はこちらのレポート)、許家維のVR作品やアンネ・イムホフの《道化師》もその一環だと言える。本作はパフォーマンスを記録し、それを再編集した映像作品だ。

会場風景より、アンネ・イムホフ《道化師》(2022) 撮影:編集部
会場風景より、アンネ・イムホフ《道化師》(2022) Photo:© 黒木杏紀

中国のアーティスト、曹斐(ツァオ・フェイ)は、急速に変化する中国社会を題材に、ポップカルチャーやドキュメンタリーの手法を織り交ぜた映像作品やインスタレーションを制作し、世界的にも著名なアーティスト。今回は国島株式会社が所有するのこぎり屋根工場の一角を使用し、レトロ・サイエンス・フィクション《新星》(2019)を出展している。レトロ感と宇宙、足を踏み入れただけでドキドキする空間だ。

国島株式会社での曹斐(ツァオ・フェイ)の会場外観
会場風景より、曹斐《新星》(2019)
会場風景より、曹斐《新星》(2019)

愛知県内に残る唯一の丹下健三によるモダニズム建築である墨会館。ここではモダニズムに向き合い、またこの特徴的な建築と対話するような2作家の展示が展開。

墨会館

ポルトガル出身のレオノール・アントゥネスの作品《主婦と彼女の領域》(2022)は、1930年代にデッサウのバウハウスで学んだ山脇道子(1910~2000)と、前川國男や坂倉準三らとの交流したシャルロット・ペリアン(1903~1999)というふたりの女性デザイナーから着想を得たもの。日本に関係する美学的交流に関わったふたりに敬意を払いながら、モダニズムの男性中心主義を批評的に扱いつつ、現在へと接続する。

会場風景より、レオノール・アントゥネス《主婦と彼女の領域》(2022)

迎英里子は、毛織の生産工程をいくつかの要素に分解し、高度に抽象化した装置とともに、作家が一環して取り組んできた「物質の身体性」をめぐる記録を展示。また中庭では紡績および毛織産業で有名な尾西市(現・一宮市)でのリサーチをもとにしたパフォーマンスを行う。

会場風景より、迎英里子《approach 13.0》(2022)

このようにローカルな歴史や場所性と、グローバルな問題意識や現代美術の文脈が織り込まれた一宮市の展示。今回の「あいち2022」の特徴を感じる、魅力的な作品が多数見られておすすめの会場だ。ぜひ時間をとって各作品を味わってほしい。

*4会場ごとにレポートを公開
【愛知芸術文化センター】レポート
【常滑市】レポート
【有松地区】レポート

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。