片岡真実×長谷川祐子×蔵屋美香:3館長が語るこれからのアート界に必要なものとは? 国際性と美術館に関するディスカッションをレポート

日本のアートシーンをリードする3つの美術館館長である片岡真実 (森美術館館長 | 撮影:伊藤彰紀)、長谷川祐子(金沢21世紀美術館館長)、蔵屋美香(横浜美術館館長)が集ったトークセッションがオンラインで開催された。アートの国際性や美術館の未来に向けたディスカッションが行われた本トークをレポート。

左から、片岡真実 (森美術館館長 | 撮影:伊藤彰紀)、長谷川祐子(金沢21世紀美術館館長)、蔵屋美香(横浜美術館館長)

森美術館金沢21世紀美術館横浜美術館という日本を代表する3つの美術館の館長が、現在と未来の日本の美術館の在り方を語る豪華なトークセッション「Japanese Museums at the Forefront」が5月10日にオンラインで開催された。パネリストは片岡真実(森美術館館長)蔵屋美香(横浜美術館館長)長谷川祐子(金沢21世紀美術館館長)、司会は山峰潤也(キュレーター)が務めた。

本記事では約1時間のなかで濃密なトークが繰り広げられた、本トークセッションについてレポートする。

「Japanese Museums at the Forefront」は、aTOKYO(エートーキョー)が企画する「Dialogue」プロジェクトの一環として開催。日本と世界のアートシーン、アートマーケット、異文化交流を育成・促進することを目的としたオンラインのトークシリーズだ。全体のキュレーターはニコラ・トレッツィ。

国際性なアートシーンでの経験

日本、アジア、そして世界各地のアーティストによる展覧会を行ってきたパネリスト3人。まず司会の山峰からは、国内の美術館や大規模な国際展などにおいて展覧会を行ううえでどのような経験をしてきたか、世界のコンテクストのなかで活動するにはどうすればいいのかといった、アートの「国際性」について3人に質問がなされた。

トークセッションの様子

長谷川「他者と自分、自然と社会という二項対立を超えていくこと」

現在はイタリアにて、修士課程のキュレトリアル・コースでゲスト教授として教えているという長谷川。海外では、アジア人であり女性であるという自らのことを相対化する必要性があるという。

2001年に第7回イスタンブールビエンナーレの総合コミッショナーを務めた際には、同展で初めてアジアから招聘されたキュレーターだったことから「キュレーター・フロム・ジ・アザーサイド」と呼ばれた。ヨーロッパとアジアをつなぐ大都市で開催される同展を企画するうえで、ひとつの明確な哲学、ヴィジョンが必要であると考え、「Egofugal」という造語のテーマを掲げた。ego=エゴや自分自身の過去を持ちながら、fugue=拡散が意味するように、周りと新しいかたちの調和、ダンスをしていくというイメージだ。

このように海外で仕事をするにあたり、「たんに日本のことに詳しいということではなく、それまで自分の考えてきたプロセスや多くのアーティストと仕事をしてきたプロセスをふまえ、自分の考えの核をはっきり持って出ていくことが非常に大切だと思います。それは今後海外へ出ていくキュレーターでもアーティストでも同じです」と、後進へのアドバイスを送った。

また「他者と自分、自然とソサエティという二項対立を超えていくこと」や、コラボレーションの重要性についても言及した。

片岡「トランスナショナルに自分たちのポジションを考える」

今年で20年を迎える森美術館。その開館当時から謳ってきた「国際性と現代性」とは何か、考え続けてきたと片岡は語る。近代化が始まった当初は国際化といえば西洋化を指したが、そのような時代からはまったく変わった現在。「“国際”というものをどこに見て、それを誰に伝えていくのか。ポジショナリティが違うと、違うコンテクストで語らざるを得ない」との問題意識からトークが始まった。

自身の経験として語られたのは、2007~09年に片岡がイギリスのヘイワードギャラリーと日本を往復する暮らしを送っていたときのこと。イギリスでは当時、中国への注目が集まっていたが、いっぽうで日本は「すでに知られている国」というイメージが強かった。そのような状況下で「日本の旗を背負っても意味がないと即座に感じた。それより求められていたのは、アジア・太平洋というより広い地域を網羅する世界観だったという。

これまで第9回光州ビエンナーレ共同芸術監督(2012)、第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督(2018)などを務めてきた。そこで主軸となったのは、「国際展の観客は半分以上が地元の人。国際的なアート界の人もいるが、それよりローカルな人たちに何を伝えられるか」。そのためには地域のコンテクストを学ぶことが重要だという。

「国際化というときに、日本のプレゼンスを高めることを目標にすると、求められていない無駄なエネルギーを使うことになる。そうではなく日本を起点にしながら、どれだけ広い世界とつながり、その一部として、トランスナショナルに自分たちのポジションを考えることができるのか」が重要だと締めくくった。

蔵屋「国際化をまず疑う」

1993〜2020年まで東京国立近代美術館に勤務し、「国の人間として芸術の政策を見てきた」という蔵屋。2020年に横浜美術館に移ってから、ローカリティや国際芸術祭についてより深く考えるようになったという。

蔵屋は、今回のテーマに「国際」が掲げられた背後には、国における文化政策の歴史があると指摘。

「発端は第1次安倍内閣、2006年に観光立国推進基本法ができたとき、初めて文化財は観光資源だと言われるようになりました」。その後、インバウンド拡大直前の2011年頃、文化財政策は“補助”からビジネス波及効果などへの“投資”として位置付けられるようになり、2016年には文化財の扱いは“保護”から“活用”へと切り替わり、17年には山本幸三地方創生相が「がんは文化学芸員。観光マインドがない。この連中を一掃しないと駄目」などと発言して炎上したこともあった。同年の文化経済戦略を経て、2018年以降はマーケットへと注目が移り、現在へと至る。「日本はマーケットが小さいからいかに国際規模にするか。また国際的に活躍する日本人をいかに育てるかといったことが課題となった。今日のテーマに国際という言葉が出てきた背景にはこうした流れがあると思います」。

そのうえで、現在は地方の市立美術館に身を置く立場としては、「国際という言葉に引っかかる」と蔵屋は言う。「国際=インターナショナルというのは、ナショナル(国)とナショナルの間をインターしてあげましょう、国と国がお友達になりましょうという言葉。しかしいまは国と国が仲良くするということにはリアリティがあまり感じられなくて、やっぱり小さなコミュニティと小さなコミュニティ、人と人とが付き合うことのほうに実感があるだろうという気がするんですね」。

蔵屋は国際展について、「世界各地のいろんな小さなコミュニティの悩みごとや困りごとを 一望したり、共感したりすることができる」場だという。横浜美術館が舞台となる横浜トリエンナーレも、先ほど片岡が話したように、「横浜のローカルの人たちが、他所のローカルの人たち人生の喜びや悲しみを共感して受け取っていくということに、いちばんの主眼が置かれるのではないか」としたうえで、「国と国とがお付き合いするというところを、まずちょっと疑ってかからないと、いまのアートの流れとは乖離してしまうのかなと思っています」と語った。

2013年に第55回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の田中功起個展を企画。そのときに感じたことは、「世界の檜舞台に日本からイケてるものを持って行け、という日本の考え方は非常に的外れだった」ということ。ヴェネチアも世界の檜舞台ではなく、ヨーロッパのいち地方。浸水や移民という問題を抱えたこの地域で、田中が震災後の日本という限定された地域で考えたことを示したことが受け入れられたと考えている。「国際化ではなくて、世界化。小さなローカルコミュニティと小さなローカルコミュニティをつなげていく」

長谷川「トランスナショナリティにも多様性がある」

こうした議論を受けて長谷川は、「トランスナショナルや局所的なローカリズムとグローバルな拠点がつながるというおふたりのヴィジョンを良いと思いました」としつつ、日本が持つ特殊性にも注意を払うべきだと加えた。

「日本は島国ですし、中国や韓国が持っていた歴史的な遺産を大事に引き継いで保っている、文化の歴史の保存庫のようなところがある。極めて特異な国だと思います。またヨーロッパ内でトランスナショナリティについて話すときと、ヨーロッパとアフリカ間、また日本と国外とではかなり違う。トランスナショナリティも同じ温度差では語れない多様性がある」「そうしたなかで、ヨーロッパでは次の大阪万博で何が行われるのかがとても注目されている」と語った。

また7年間にわたり東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科アートプロデュース専攻で教鞭を執った経験から、キュレーター育成にも話が及んだ。そのなかで長谷川は、グローバルに活躍できるキュレーターになるには「自分のカルチュラル・バックグラウンドや得意分野を持つことが非常に重要であり、そのことによってグローバルな世界に対してどれだけのポジショニングが取れるかにかかっている。でもそれは戦略的なものというよりは、自分の個人的な芸術的関心に基づいているべきだと思います」と述べ、これまで指導してきた学生たちの例を交えながら解説した。

片岡「日本による侵略・植民地支配の歴史への観点を」

これからの若い人たちが、世界とりわけアジアで活躍するにはどのような心構えが必要だろうか。片岡は、「アジアで仕事をするうえで戦時中の日本によるアジア各地への侵略や植民地支配の歴史は避けては通れないが、いまの日本の教育ではその観点が圧倒的に不足している」と指摘。

また日本より近代化が遅れた地域においては「国を作る=ネイション・ビルディング」が非常に重要なテーマで、若い世代も自分たちの問題として考えているという。そうしたなかで、日本のアイデンティティを持ちながらどのように世界に向き合うことができるか、そうした身振りを見ていく必要性を語った。

蔵屋「美術館の主眼は“もの”から“こと”へ」

前述の話を受け、戦争画を多数所蔵する国立近代美術館に勤務していた蔵屋は、藤田嗣治《シンガポール最後の日》について言及。シンガポールが陥落する間際の日本軍とイギリス軍との戦いを描いた本作は、かつて英国大使館やイギリス人からの抗議を恐れて展示が難しかったという。しかし時代が流れ、本作が展示されるようになった現在では、インバウンドで訪れたシンガポール人が本作を見るようになり、そのことが気になるようになったという。日本兵の立場。イギリス兵の立場。戦火によって土地が焼かれたシンガポールの人々の立場。「ひとつの作品でも、何を問題として解釈をするかは大きく変わってくる」と言う。

いっぽうで、シンガポールの若い学生にはこうした戦争のことをよく知らない人も多数おり、その点では藤田の絵は歴史を伝え、人々をつなぐ良いプラットフォームになっていると言う。

こうしたコレクションを美術館が持ち続ける重要性を強調しつつ、しかし「いまの美術館の考え方としては、もの自体が主眼というよりは、そこでみんなが話をする、つまりものを中心に、ことが生じることに主眼を置くようになってきています」と付け加え、ラーニングをはじめとする新たな美術館像を目指すべきだと語った。

このほかにも、美術館やアートに関わる人々の未来に関わる議論が行われた本セッション。その一部始終を収めた動画は後日公開予定なので、気になる人はチェックしてほしい。

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片岡真実
森美術館館長。ニッセイ基礎研究所都市開発部、東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーターを経て、2003年より森美術館、2020年より現職。2023年4月より国立アートリサーチセンター長を兼務。ヘイワード・ギャラリー(ロンドン)インターナショナル・キュレーター(2007~2009年)、第9回光州ビエンナーレ共同芸術監督(2012年)、第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督(2018年)、国際芸術祭「あいち2022」芸術監督 (2022年)。CIMAM(国際美術館会議)では2014~2022年に理事(2020~2022年に会長)を歴任。

蔵屋美香
横浜美術館館長。千葉県生まれ。千葉大学大学院修了。東京国立近代美術館企画課長を経て、2020年より横浜美術館館長。主な展覧会に、「ヴィデオを待ちながら―映像、60年代から今日へ」(2009年、東京国立近代美術館)、「ぬぐ絵画―日本のヌード 1880-1945」(第24回倫雅美術奨励賞、2011-12年、同)、「高松次郎ミステリーズ」(2014-15年、同)、「藤田嗣治、全所蔵作品展示。」(2015年、同)、「没後40年 熊谷守一:生きるよろこび」(2017-18年、同)、「窓展:窓をめぐるアートと建築の旅」(2019-2020年、同)など。第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館の田中功起個展「abstract speaking: sharing uncertainty and other collective acts」(2013年)で特別表彰。おもな著作に『もっと知りたい 岸田劉生』(東京美術、2019年)他。

長谷川祐子
金沢21世紀美術館館長。キュレーター/美術批評。金沢21世紀美術館館長。京都大学法学部卒業、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。水戸芸術館学芸員、ホイットニー美術館客員キュレーター、世田谷美術館学芸員、金沢21世紀美術館学芸課長及び芸術監督、東京都現代美術館チーフキュレーター及び参事を経て、2021年4月より現職。タイ、モスクワ、シャルジャ、イスタンブールなどでのビエンナーレをはじめ、国内外で数多くの展覧会を企画。主な著書に『破壊しに、と彼女たちは言う:柔らかに境界を横断する女性アーティストたち』、『ジャパノラマ-1970年以降の日本の現代アート』、『新しいエコロジーとアート-「まごつき期」としての人新世』など。

山峰潤也
キュレーター。東京都写真美術館、金沢21世紀美術館、水戸芸術館現代美術センターにて、キュレーターとして勤務したのち、ANB Tokyoの設立とディレクションを手掛ける。その後、文化/アート関連事業の企画やコンサルを行う株式会社NYAWを設立。主な展覧会に、「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」、「霧の抵抗 中谷芙二子」(水戸芸術館)や「The world began without the human race and it will end without it.」(国立台湾美術館)など。また、avexが主催するアートフェスティバル「Meet Your Art Festival “NEW SOIL”」、文化庁とサマーソニックの共同プロジェクトMusic Loves Art in Summer Sonic 2022、森山未來と共同キュレーションしたKOBE Re:Public Art Projectなどのほか、雑誌やテレビなどのアート番組や特集の監修なども行う。また執筆、講演、審査委員など多数。2015年度文科省学芸員等在外派遣研修員。

「アートフェア東京 Dialogue プロジェクト」
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【芸術文化魅力創出助成】
企画・運営:株式会社エートーキョー

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。