公開日:2022年8月2日

ボルタンスキーの遺作が登場「越後妻有 大地の芸術祭2022」夏季の新作をレポート

越後妻有 大地の芸術祭2022の夏季が7月30日からスタート。クリスチャン・ボルタンスキーの遺作をはじめ、注目の新作を中心にレポートする。

大地の芸術祭2022より、クリスチャン・ボルタンスキー《森の精》

“芸術祭の夏”が戻ってきた。

新潟県の越後妻有地域(十日町市、津南町)を舞台に4年ぶりに開催されている世界最大規模の国際芸術祭「越後妻有 大地の芸術祭 2022」。コロナ禍での1年延期を経て今年の4月末に開幕した同芸術祭が、夏本番の到来とともに盛り上がっている。夏季の新作が多数お目見えしたためで、すでに発表されたものと併せ、作品総数は300点超に及ぶ。ここでは7月下旬に行われたプレスツアーから新作を中心に見どころを紹介しよう。

なおこれまで約50日間だった会期は、今回初めて11月13日まで145日間のロングラン開催になった。感染症再拡大による一時休止などの事態に備えた延長措置で、火・水曜を定休にしたのも新たな試み。感染予防策を徹底したうえで、この地の自然と人々の暮らし、最新のアートがつくりだす唯一無二の風景を目撃しに行こう。

十日町エリア

越後妻有地域は計760キロ平方メートルと、東京23区がすっぽり入る広大さ。その中で十日町エリアは面積が最も広く、数多くの作品を鑑賞できる。

市街地に位置し、芸術祭の拠点の一つになっているのが「越後妻有里山現代美術館MonET(モネ)」。これまでの呼称「越後妻有里山現代美術館[キナーレ]」を改め、常設作品を半数近く入れ替えて昨年リニューアルオープンした。

そのMonETの建物外壁に今夏、目にも鮮やかな大作が加わった。淺井裕介の巨大壁画《physis》で、生命の源である「水」をイメージした植物と動物のキメラのような生き物が70mの長さにうねっている。約3週間の制作期間中、延べ300人の地域の住民が描くのを手伝ってくれたといい、「町の人が繰り返し見て楽しんでもらえるように様々なものを描き込んだ」と淺井。爽やかなブルーを基調にした大画面は遠目にも映え、MonETの新しい目印になりそうだ。

淺井裕介 physis 2022 photo by Keiji Iwase

MonET中央の回廊に囲まれた大きな池には、「霧のアーティスト」として世界的に知られる中谷芙二子の《霧神楽》が登場。アルゼンチンの作家レアンドロ・エルリッヒによるだまし絵風の《Palimpsest:空の池》(2018)が貼り込まれた池の上に、人工的に発生させた霧が湧きあがり、周囲を包み込んでいく幻想的な情景を目の当たりにできる。8月12~14日には、《霧神楽》を舞台にした田中泯の「場踊り」の公演が行われるのも話題だ(公演鑑賞は別途チケットが必要)。

中谷芙二子 霧神楽 2022

リニューアルされた館内は、名和晃平や森山大道、目[mé]、中谷ミチコら人気作家の近作がそろう。急きょ追加開催が決まったロシア出身のエカテリーナ・ムロムツェワの個展(8月22日まで)にも注目したい。1990年生まれ、米国在住のムロムツェワは今年の瀬戸内国際芸術祭にも参加する気鋭。会場にはウクライナ侵攻に反対し、ロシア各地で黒い服を着て花を手に持ち抗議活動を行った女性たちに捧げる水彩画シリーズ《Woman in Black》が並ぶ。水墨画を思わせる描法で活写した女性の姿は、現在進行形の出来事とつながる迫真に満ちている。

エカテリーナ・ムロムツェワ Woman in Black
エカテリーナ・ムロムツェワ Woman in Black
名和晃平 Force 2021
ニコラ・ダロ エアリエル 2021
目[mé] movements 2021
中谷ミチコ 遠方の声 2021

また4月に修学旅行中の生徒が破損して展示中止になったクワクボリョウタの作品「LOST#6」は、修復のうえ9月8日から館内の同じ場所に再び展示されると決まった。7月30日から9月4日までは、クワクボの別の作品の「エントロピア」が特別展示されている。破損が大きく報道された直後、クワクボは自身のツイッターで「誰でも若いうちはちょっとした失敗をする」などと生徒に配慮した投稿をして話題になった。

クワクボリョウタ エントロピア photo by Kioku Keizo

かつて国内有数の織物産業で知られていた十日町。富田紀子は市街地に立つ撚糸工場で、古い織機の動きを可視化したインスタレーションを展示した。場内に縦横に張り巡らされた糸は、この場所で行われた人間の手による営みや重ねられた歳月を思い起こさせる(工場は近く解体されるため展示は8月28日まで)。

少子高齢化に伴い増えている空き家や廃校を、作品発表の舞台にするのも大地の芸術祭の特徴だ。中﨑透は、新座集落の「三大豪邸のひとつ」とされる空き家を丸ごと作品化。空き家の持ち主が収集した大量の日用品と自身のネオン管作品、テキストを組み合わせ、かつて住んでいた家族の気配が漂う濃密な空間をつくり出した。地質や環境調査に基づくダイナミックな作品を手掛ける磯辺行久は、2004年の新潟県中越大地震が契機となり、閉村された旧小貫集落に着目。往時の小路や廃屋を、黄色いポールに導かれながら実際にたどれる野外インスタレーションを発表した。

富田紀子 琴線 2022
中﨑透 新しい座椅子で過ごす日々にむけてのいくつかの覚書 2022
磯辺行久 昔はみんなたのしかった 文化人類学的手法によるフィールド・ワークから 2022

松代エリア

まつだい駅を中心に北越急行ほくほく線が東西に走る一帯が松代エリア。まず旧清水小学校の建物をリニューアルした「妻有アーカイブセンター」を訪れると、銀色にきらめくファサードが目に飛び込んできた。フランスを拠点に活動する川俣正の新作インスタレーション《スノーフェンス》だ。冬場の雪囲いをイメージし、工事用の鋼板を直接外壁に添わせるように取り付けたもので、実際の積雪対策も兼ねて通年で公開していく予定だという。

建物内部には、edition.nordが手掛けるライブラリー&ショップがあり、大地の芸術祭の資料、美術評論家の故・中原佑介寄贈の蔵書約3万冊も並ぶ。旧体育館の一角には、川俣のためのアトリエ兼ギャラリースペースも設けられている。「コロナのため2年間フランスを動けず、野外の制作現場にも行けなかった。ここを今後の日本での活動拠点の一つにしたい」と川俣は話した。

川俣正 スノーフェンス 2022
新設されたアトリエで話す川俣正。周囲には野外インスタレーションの模型や大型の平面作品が並ぶ
故・中原佑介寄贈の画集や書籍が並ぶ書庫

旧ソ連(現ウクライナ)出身で、大地の芸術祭とも縁が深い米国在住のイリヤ&エミリア・カバコフ。国際的に活躍する2人が平和への願いを込めて昨年この地に設置したのが、世界情勢と連動してライトアップの色が変わる《手をたずさえる塔》だ。その詳細は開幕レポートの記事を読んでほしいが、まつだい駅に近い総合文化施設「農舞台」(まつだい雪国農耕文化村センター)でも、「カバコフの夢」と題して複数のプロジェクトを紹介している。戦火や文化統制、異国への移住を経験してきたカバコフ。夢想家を主人公にしたドローイング連作《10のアルバム 迷宮》、天使の羽を身に付けようと提案する《自分をより良くする方法》などの作品からは、人間の権利としての「夢」を追求する作家の哲学が痛切に感じられた。

イリヤ&エミリア・カバコフ 手をたずさえる塔 2021
《手をたずさえる塔》の近くの草むらにいた指の爪サイズのカエル。野生の生き物との邂逅も大地の芸術祭の魅力のひとつ
イリヤ&エミリア・カバコフ 10のアルバム 迷宮
「カバコフの夢」の会場風景

農舞台の内外では、河口龍夫のインスタレーションや、カバコフが第1回が開催された2000年に設置した《棚田》、草間彌生の彫刻なども鑑賞できるのでお見逃しなく。館内の「越後まつだい里山食堂」では、棚田で採れた米や地元の旬の食材を使った料理を提供し、夏季や週末に開催されるセルフサービス方式の里山ビュッフェも人気が高い。

河口龍夫 関係ー黒板の教室 2003
東弘一郎 廻転する不在 2021
越後まつだい里山食堂の人気メニューの里山ビュッフェは、地元の旬の料理が好きなだけいただける

キャンプ場の空き家を整え、新作の絵巻風ドローイングを発表しているのは十日町市在住の蓮池もも。新潟市から移住してきた最初の3年間に体験した、子供の成長や米作りなどの出来事を10mの長さに青一色で描いた。柔らかなユーモアを含む表現からは、四季に寄り添う里山の暮らしへの愛情と敬意が伝わってくる。

蓮池もも《山の奥 海の底》(2022)の一場面

松之山エリア

薬湯として有名な松之山温泉を擁する松之山エリア。山々と森が織りなす変化に富んだ地形が特徴で、動物や昆虫の生態を紹介する「十日町市立里山科学館越後松之山『森の学校』キョロロ」など見どころがあちこちに。

見逃せないのは、昨年亡くなったフランスの作家クリスチャン・ボルタンスキーの遺作となる《森の精》だ。元々は昨年の芸術祭で発表する予定で準備を進めていたが、作者の死去により遺族らの了承を得て作品を完成させた。「キョロロ」周辺の森に地元の人々の顔写真をプリントした網状の布を吊り下げた本作は、大きな「目」がこちらを見つめ返す。鑑賞者を作品世界に引き込むボルタンスキーの魅力は、同じエリアにある旧校舎を使ったインスタレーション《最後の教室》などでも味わえる。

クリスチャン・ボルタンスキー 森の精 2022

年輪を重ねた姿で木々の間にたたずむ一軒家の《パレス黒倉》。藤堂が、幾つもある部屋をそれぞれ性質が異なる空間に作り替えて、豪華なパレス(宮殿)に見立てた作品だ。石や木の柱に積層ガラスを埋め込んだり、多数の木箱をパズル状に組み上げたり。独自の手法を駆使し、家に残されていた品物とも組み合わせて、昭和時代から続く時空間の重なりを表現した。

藤堂 パレス黒倉 2022

川西、中里エリア

十日町エリアから見て南側に位置するのが中里エリア、信濃川を挟んで西側に広がるのが川西エリア。川西エリアにあるアメリカの作家ジェームズ・タレルの作品《光の館》をはじめ、それぞれ必見ポイントが幾つもあり、多くの人が訪れる。

中里エリアにある「磯辺行久記念 越後妻有清津倉庫美術館[SoKo]では、アメリカのコレクティヴのjoylaboが、廃校のプールの底にピアノや椅子を設置した野外作品を披露している。羽が生えたピアノからは、水中で息を止めた時に聞こえるような音律が流れ、ノスタルジッな気分へ誘う。館内では、芸術祭参加作家によるサイズも技法も様々な平面、立体作品を集めた「大地のコレクション展2022」が開催されている。

川西エリアのナカゴグリーンパークには、新たに若手作家25人による動物彫刻がお目見え。「里山アートどうぶつ園―どうぶつたちのソーシャルディスタンス」と題して、素材も種類も多様な生き物たちが距離を保ちながら思い思いのポーズを取っている。小松宏誠は、同じ川西エリアの空き家を舞台に、水たまりに落ちた雨のしずくから着想を得た新作インスタレーション《あめのうた》を展開。無数の透明なオブジェが光を映し込みながらいつまでも回り続ける光景は、天地を巡る雨の循環を思い起こさせた。

joylabo プールの底に 2022
大地のコレクション展2022の会場風景
「里山アートどうぶつ園」より 黒田恵枝 もけもけもの
小松宏誠 あめのうた 2022

津南エリア

新潟県の南端に位置し、長野県と県境を接する津南エリア。同地の閉校された中学校を改修して2015年に誕生したのが、大地の芸術祭のパフォーミングアーツ拠点「越後妻有 上郷クローブ座」だ。ここで、EAT&ART TAROがプロデュースする「上郷クローブ座レストラン『北越雪譜』」が9月4日までの期間限定で開設されている。地元の女衆(おんなしょ)が芝居風に演じながら食事を提供する趣向で、今回はアーティストの原倫太郎+原游が脚本と演出を手掛けた。津南産の旬の食材を使った料理は見た目からしておいしそうで、完全予約制ながらリピーターもいるという。

館内では、自動機械による美術空間での音楽演奏に取り組む安野太郎が滞在制作した《部屋とピアノの為のコンポジション『偽ハルモニア論』》や、カン・タムラが撮影した越語妻有の四季の映像作品が流れるミニシアター《シネマ上郷》などを鑑賞できる。館外のすぐ近くには、香港と地元の人々との交流プログラムを紹介する「香港ハウス(建築設計)」もあり、文化を介した温かな付き合いが感じられた。

上郷クローブ座レストラン『北越雪譜』で演じる地元の女衆
津南産の米や野菜が味わえる上郷クローブ座レストランの料理
安野太郎 部屋とピアノの為のコンポジション「偽ハルモニア論」 2021

上郷クローブ座を出発し南へ山道を車で走ること約30分、今回初めて芸術祭に参加した秋山郷の大赤沢集落へ。山が深く秘境めいた景観のあちこちに美しい棚田が広がっている。昨年閉校した旧津南小学校大赤沢分校では、地元で採取した樹木と写真を使い「恵みの山」を表現した山本浩二、かつて同校にあった手作りの土のプールをミニチュアで再現した松尾高弘らの作品を展示。深澤孝史の特別企画展「秋山生活芸術再生館」は、1990年代に撮影されたマタギの狩りの映像を道具とともに紹介するもので、秋山郷における狩猟文化の再評価を促す。いずれの作品も土地の自然や伝統文化、住民の記憶を現実空間によみがえらせて見応えがあった。

秘境の面影を宿す大赤沢集落の風景
山本浩二 《フロギストン》(2022)の展示風景
松尾高弘 Light Book ―北越雪譜― 2022
深澤孝史の特別企画展「秋山生活芸術再生館」の会場入り口

20年余にわたり地元の人との関係を築きながら、自然と人間、現代アートが共生するたぐいまれな場として国際的にも名を馳せてきた大地の芸術祭。コロナや戦火で世界が揺れる今、そこで提示される多様な表現は、私たちに発見や新しい思考の回路をもたらしてくれるだろう。感染症予防と猛暑対策は万全に、五感をフル稼働させて芸術祭の夏を楽しんでほしい。

永田晶子

永田晶子

ながた・あきこ 美術ライター/ジャーナリスト。1988年毎日新聞入社、大阪社会部、生活報道部副部長などを経て、東京学芸部で美術、建築担当の編集委員を務める。2020年退職し、フリーランスに。雑誌、デジタル媒体、新聞などに寄稿。