公開日:2026年7月29日

夏に思う、差し出すことと奪われること。『アンパンマン』と『ゆきゆきて、神軍』を見て

TABのスタッフが気の向くままに更新する日記。今回は編集部・野路が見た展覧会と作品について綴ります

先日、世田谷文学館で9月6日まで開催中のやなせたかし展を取材しました。

『アンパンマン』の作者として知られるやなせたかしですが、展示はそのイメージだけには収まらない、見応えのあるものでした(レポート)。『アンパンマン』といえば、お腹をすかせた人に自分の顔を差し出す場面が思い浮かびますが、1973年の初期絵本『あんぱんまん』でも、物語の中心にあるのは、空腹の人を救うために自らを差し出すことでした。顔が全部なくなってしまうので、結構衝撃的です。

あんぱんまん(フレーベル館)
顔を食べられたアンパンマン

困っている人を前にしたとき、自分は何を差し出せるのか。アンパンマンのやさしさのいっぽうで、そんな問いが一直線にこちらに向いてきます。

同じころ、原一男監督のドキュメンタリー映画『ゆきゆきて、神軍』がYouTubeで公開されていることを知り、初めて見ました。以前から気になっていた作品です。映画に登場するのは、元日本兵の奥崎謙三。太平洋戦争中、ニューギニア戦線で起きた兵士の処刑をめぐり、かつての上官や戦友を訪ね歩き、執拗に真相と責任を追及していきます。追及が進むにつれ、戦場での飢餓や、人が生き延びるために置かれた凄惨な状況が語られていきます。

もちろん、このふたつの作品に直接のつながりがあるわけではありません。アンパンマンの発想と、映画のなかで語られる出来事とを、安易に重ねるべきでもないと思います。それでも、同じ時期にそれらを見たことで、ひとつの対照が頭から離れなくなりました。

極限の空腹のなかで、人は何を奪われるのか。そして、誰かのために何かを差し出すことはできるのか。自らの一部を差し出して誰かを助けるアンパンマンと、生き延びるために人間性までもが削られていく戦場。そのあまりに切ない隔たりについて考え続けています。

夏が来るたび、いつもより少し多く戦争のことを考えます。平和を願うという言葉をただの決まり文句にしないために、まだまだ考え続けていきたいです。

野路千晶(編集部)

野路千晶(編集部)

のじ・ちあき Tokyo Art Beatエグゼクティブ・エディター。広島県生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、ウェブ版「美術手帖」編集部を経て、2019年末より現職。編集、執筆、アートコーディネーターなど。

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