最終更新:2022年5月10日

リヒターと「戦争」。ゲルハルト・リヒターを知るうえで避けて通れない3つのキーワード

大規模個展が6月7日より東京国立近代美術館でスタートし、10月からは豊田市美術館に巡回するゲルハルト・リヒター。作家を語るうえで無視することのでいない「戦争」にまつわる3つの重要なキーワード。

ゲルハルト・リヒター September 2005 © Gerhard Richter 2022(0094)

絵画からインスタレーションまで幅広い作品を手がけ、1960年代より現代アートの最前線を歩き続けてきたアーティストのゲルハルト・リヒター。その待望の大規模個展が6月7日より東京国立近代美術館でスタートし、10月からは豊田市美術館に巡回する。知らずには語れない、リヒターを構成する3つの重要なキーワードとは? 多面的なひとりのアーティストを「戦争」という観点でキュレーターの飯田高誉が論じる。【Tokyo Art Beat】


リヒターと「戦争」にまつわる3つのキーワード

ゲルハルト・リヒターほど、戦前から戦中、戦後の時代精神(戦争の記憶)と真正面から対峙し、自らの立ち位置で表現し続け、国際的に傑出した存在感を放っている作家は他を措いていない。そのリヒターが現代美術界について次のように厳しく断罪している。

「美術界全体は、つまらなさと嘘、虚偽、堕落、卑劣、愚劣、無意味、厚顔無恥、それらがずらっと垣間見られる広大な場景だ。言葉にする価値すらない」(*1)

現代美術界で評価されている作家が、その現代美術界をこのように批判していることは驚きとともに興味深いことであると考えている。じつは、リヒターのこのような烈しい批判にこの作家を解き明かす鍵が隠されているのだ。鍵は次の3つキーワードによって表される。「アウシュヴィッツ=ビルケナウ」「マルクスとコカコーラ」、そして「216のテキストと写真」である。それら表す共通の項目内容には政治的タブーが潜んでおり、リヒターは、偽善を寄せ付けないアプローチによってこれらのテーマに真正面から取り組み作品化しているのだ。

この作家は、美術界があたかもこれらの問題を安全圏内の「ゲームの規則」にしたがって議論しているかに過ぎないと言いたげである。現在進行中のロシアによるウクライナ軍事侵攻もまた、リヒターを解き明かす3つのキーワードと歴史的に無関係ではないと言えるだろう。

ポーラ美術館で9月6日まで開催中の開館20周年記念展「モネからリヒターへ ― 新収蔵作品を中心に」より。左がゲルハルト・リヒター《抽象絵画(649-2)》(1987)©︎ Ken KATO

1:アウシュヴィッツ=ビルケナウ

「ビルケナウ」とは、アウシュヴィッツ強制収容所3ヵ所のうち、最大級の犠牲者を出した強制収容所のあったブジェジンカ村(ドイツ語名:ビルケナウ)のことであると同時に、リヒターの作品名でもある。リヒターは、同収容所で密かに撮影された写真のイメージ上に絵具を重ね、4点からなる巨大な抽象画《ビルケナウ》(2014)を完成させた。本作は「ゲルハルト・リヒター展」でも日本初公開となる。

ゲルハルト・リヒター ビルケナウ(937-1) 2014 ゲルハルト・リヒター財団蔵 キャンバスに油彩 260×200cm ©︎ Gerhard Richter 2022(07062022)

「芸術によせられる要求のあまりの多さに、不安になることもあるんですね。芸術は、人間のごく自然な本性であるのですから。そうみれば、芸術を疑問視することなどまったくできません。つまり、モーツァルトの音楽にもかかわらず、強制収容所は存在した、だから芸術など役にたたない、とはいえませんし、アウシュヴィッツのあとではもう詩は不可能だ、ともいえないのです」(*2)

こうリヒターは語っている。その彼が先に言及した「アウシュヴィッツのあとで、詩を書くことは野蛮である」というテオドール・アドルノの言葉は、大戦後の知識人に大きな影響を与えたことも事実である。システマティックな大量虐殺という事態が起きたあと、詩的なもの、審美的なものを追求することについて倫理的に許容できないという糾弾は、ヨーロッパの審美的倫理観である真、善、美を激しく揺るがすものであった。

しかし、リヒターは、「芸術は、人間のごく自然な本性である」からこそ、後に衝撃的なツインタワーの崩落を題材にした絵画作品《September》を制作したのだ。《September》は2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件「9.11」に応じ、2005年に作者が制作した作品である。このセンセーショナルな作品は美術界において議論を巻き起こした。

《September》は「アウシュヴィッツのあとで、詩を書くことは野蛮である」という言葉を逆説的にとらえて表現していると言えよう。

ゲルハルト・リヒター September 2005 © Gerhard Richter 2022(0094)

また、膨大なアーカイブ的作品であるリヒターの「アトラス」(制作:1962〜2015、809点)の作品群を前提にすると、この作品は、リヒターのいままでの作品を生み出しているコンテキストと地続きとなっていることに気がつく。「アトラス」には、強制収容所の写真とポルノグラフィーが並列化されて組み込まれている。

批評家のヤン・トルン=プリッカーとリヒターとの対談で、プリッカーは「1986年の、デュッセルドルフのカタログのなかで、あなたの『アトラス』をみたとき、私はひどく変な気持ちになりました。強制収容所の写真とポルノグラフィーを並べていましたね。私には、それが許されないことだと思われました」「若いころ、強制収容所の犠牲者の写真が、私にとって、ヌードの写真をみた最初だったのです。この連想がどれほどぞっとするものだったか、想像もできないでしょう。今でもこの本をもっていますが、もうみられません」(*3)と述べている。

ゲルハルト・リヒター Holocaust(「アトラス」より) 1997

対してリヒターは、「アトラス」に組み込んだことは、「その写真は恐怖をひきおこすが、同じモチーフの絵はむしろ哀悼をひきおこす」(*4)と語る。ナチスの残虐行為がすべての人間の「総体」の一部に含まれていることを知ったうえでなくては、本質的に戦争や人間存在そのものと向き合うことにはならないことをリヒターは示唆しているのではないだろうか。

ゲルハルト・リヒター Holocaust(「アトラス」より) 1997

2:マルクスとコカコーラ

リヒターは、ベルリンの壁によって東西ドイツの行き来が禁止される直前の1961年、西ドイツに移住した。東ドイツから西ドイツに移ったリヒターにとって戦後は終わらないどころか、彼の戦争の記憶の傷口を広げていく事件が次々に発生していく

1960年代半ば以降、西ドイツで大学改革を求めて抗議運動が全土に波及していった。日本でも60年安保以降の大学闘争、アメリカではベトナム戦争の泥沼化、パリでは5月革命など世界的な現象となった。当時は、資本主義的に展開されるポップカルチャーと共産主義的な新左翼運動が融合し、「マルクスとコカコーラ」(映画監督、ジャン=リュック・ゴダールの『男性・女性』[1966]に登場する「マルクスとコカコーラの子どもたち」のキーワードより)ということばが反体制の標語となったのである。

70年代に入るとドイツでは、学生運動は衰退していくが、急進的な活動家が極左テロの道を選んだ。アンドレアス・バーダー、グドルン・エンスリーン、ウルリケ・マインホーフらの活動家によって結成されたのが赤軍派(RAF)であった。

リヒターは、このドイツ赤軍(RAF)を題材にした15点の絵画で構成された連作「1977年10月18日」を制作した。作品タイトルとなったこの日、3人の赤軍派活動家、バーダー、エスリーン、ジャン=カール・ラスぺが、シュトゥットガルト刑務所シュタムハイムにおいて不審な死を遂げた。その際、リヒターはこの連作に、すでに亡くなっていたドイツ赤軍のリーダーだったマインホーフの若き肖像画も加えたのだった。

1988年に制作されたこの作品シリーズは、生前のエスリンや遺体となったマインホーフ、監房、愛聴していたレコードプレーヤー、葬式など警察によって撮影された写真をベースにした油彩絵画の表現様式によって構成されている。政治色が濃厚で誰も作品の題材にしようなどとは考えられなかった重いテーマを、ドイツの戦後史と個人の死への追悼を重ね合わせて作品化したのであった。この作品シリーズは、ニューヨーク近代美術館で2000年に展覧会が組まれ議論の的となった。それは、同展から5年後に発表した、先に言及した作品《September》と同様の反応であった。

ゲルハルト・リヒター Dead(「1977年10月18日」より) 1988 キャンバスに油彩 62cm×62cm © Gerhard Richter 2022 (0094)

赤軍派第二世代は、経営者連盟会長であり、次期ダイムラーベンツ社長のハンス=マルティン・シュライヤー(元ナチ党員で親衛隊高級士官)を誘拐し、また、パレスチナ解放戦線とともにルフトハンザ機をハイジャックした。しかし、特殊部隊の突入によって人質は解放され失敗に終わった。その後、シュライヤーは殺害され遺体となって発見される。1977年の一連のテロの波は、いわゆる「ドイツの秋」と呼ばれ、これはこのときのテロを題材にした映画『秋のドイツ』(*5)のタイトルから由来している。

3:216のテキストと写真

「リヒターは《September》で「9.11」を描いたのみならず、2003年3月20日よりアメリカが始めた「イラク戦争」も作品のテーマにしている。

「作品が普遍性をもち、私という人間ではなく、作品自身を示すことです。私を示している絵画なんて、そんなのは最悪でしょうから。だから、形式は重要であり……今日では困難なのです」(*6)とリヒターは語る。作品「1977年10月18日」に引き続き、「私という人間ではなく、作品自身」を示したプロジェクトをさらに進め、「WAR CUT」(2004)を書籍として発表した。

そして「私は、2002年夏から『1987 Abstract Painting no.648-2』の絵画作品の部分写真216枚を撮り始め、その撮影から1年後に、イラク戦争が始まった2003年3月20日と21日の『ニューヨーク・タイムズ』誌で掲載されたすべての記事(テキスト)と216枚の写真を組み合わせた」(*7)とリヒターは述べている。イラク戦争の始まりを時系列で追ってみると、2003年3月19日に米英軍がイラク攻撃を開始。3月20日に世界各地で抗議デモが続発。米英軍、地上軍がクウェート国境からイラク南部に侵攻、本格的な地上戦に突入。2003年3月21日、イラク政府は開戦以来の死傷者が210人に上ることを明らかにした。

ゲルハルト・リヒター War Cut Ⅱ 2004 © Gerhard Richter 2022(0094)

216枚の絵画のディテール写真の隣に、同じく216の新聞記事の全文引用(2003年3月21日、22日)を配置し、216のブロックを構成したことについて、「テキストと写真が互いに影響し合い、意味を変容させるようになっています。その際、写真は具体的なテキストよりもずっと開かれていて多義的ですから」(*8)とリヒターは語っている。そして、「(この本は哀悼であり)、そして激怒でもあります。まずは激怒のほうに関係しています。戦争は不快なものです。戦争は我々の無力を暴露する。あきらかに我々は戦争を止められず、戦争について少しでもマシな判断を下すことすらできない。だから意見を表明することは絶対に避けたのです」(*9)と付け加える。対談相手のヤン・トルン=プリッカーは、「あなた(リヒター)は思い出すことに固執しています。傷口を開いておくのです。それは疑いなく、あなたが望むと望まないに関わらず、戦争に関わる一つの形式です」(*10)と応じている。

歴史的に戦争が繰り返され、そのことで流された多くの血は未だに乾かず、ロシアによるウクライナ軍事侵攻へ連鎖していく。ここで紹介したリヒター芸術の3つのキーワードは、現在の状況とも通底するものがある。リヒターは、「傷口を開いておく」ことの意味を我々に再び問い掛けているのだ

*1──”Notes,1982” in GERHARD RICHTER-TEXT: Writings, Interviews and Letters 1961-2007 Edited by Dietmar Elger and Hans Ulrich Obrist, Thames & Hudson, 2009, p.128(筆者訳)
*2──『増補版 ゲルハルト・リヒター 写真論/絵画論』(淡交社、2005)p.95 翻訳:清水穣 企画:ワコウ・ワークス・オブ・アート
*3──ゲルハルト・リヒター、前掲書 p.81
*4──ゲルハルト・リヒター、前掲書 p.87
*5──オムニバス映画『秋のドイツ』(原題「DEUTSCHLAND IM HERBST/GERMANY IN AUTUMN』)1978
*6──ゲルハルト・リヒター、前掲書 p.98
*7──”Notes,1982” in GERHARD RICHTER-TEXT: Writings, Interviews and Letters 1961-2007 Edited by Dietmar Elger and Hans Ulrich Obrist, Thames & Hudson, 2009, p.328(筆者訳)
*8──ゲルハルト・リヒター、前掲書 p.210
*9──ゲルハルト・リヒター、前掲書 p.210
*10──ゲルハルト・リヒター、前掲書 p.214

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飯田高誉

飯田高誉

いいだ・たかよ キュレーター。1956年東京生まれ。フジテレビギャラリー(1980年〜90年)にて草間彌生を一貫して担当し作家活動歴のアーカイブ化を担う。東京大学大総合研究博物館小石川分館にて現代美術シリーズ(マーク・ダイオン、杉本博司、森万里子展)を連続企画。カルティエ現代美術財団(パリ)にてゲスト・キュレーション(杉本博司展、横尾忠則展)。「戦争と芸術—美の恐怖と幻影Ⅰ〜Ⅳ」展(京都造形芸術大学)シリーズ企画。コムデギャルソンの川久保玲の依頼によりアートスペース“Six”にて連続企画(草間彌生/橫尾忠則/デヴィッド・リンチ/森山大道/宮島達男/中平卓馬など)。第二回「堂島リバービエンナーレ:エコソフィア」展のアーティスティック・ディレクターを務める。京都造形芸術大学国際藝術研究センター所長、慶應義塾大学グローバルセキュリティ講座の講師などを務め、青森県立美術館美術統括監、森美術館理事を経て、現在、スクールデレック芸術社会学研究所所長。主な著作に「戦争と芸術-美の恐怖と幻影」(立東舎、2016)、「文明と野蛮のアーカイヴ」(新曜社、2020)、共著に「アートと社会」(竹中平蔵・南條史生編著/東京書籍、2016)、「エッジ・オブ・リバーズ・エッジ──〈岡崎京子〉を捜す」(新曜社編集部 編、2018)、「パブリック・ヒストリー入門ー開かれた歴史学への挑戦」(菅豊・北條勝貴編/勉誠出版、2019)など。

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