最終更新:2022年1月29日

ジャポニスムというレンズで浮世絵を再発見する。「ジャポニスム―世界を魅了した浮世絵」が千葉市美術館で開催中

浮世絵の名品を中心に、欧米やロシアからのジャポニスムの作品を加えたユニークな展示をレポート。会期中一部展示の差し替えも

イワン・ビリービン アレクサンダー プーシキン著『サルタン王物語』挿絵 1905 国立国会図書館子ども図書館蔵 写真提供:千葉市美術館

千葉市美術館で「ジャポニスム―世界を魅了した浮世絵」が3月6日まで開催している。英題である「Ukiyo-e Viewed through Japonisme」の通り、ジャポニスムの視点から浮世絵の魅力を見つめ直す展示となっている。

会場風景より

ジャポニスムとは19世紀後半から20世紀前半の西洋社会において、日本の美術や工芸が熱狂的に流行した一連の動向を指す。もともと19世紀前半から関心が高まっていた日本の美術だが、開国とともにより多くの美術品が海外へ運ばれる、結果として大きな人気を博すことになり、ヨーロッパではフランスを中心に美術家たちに衝撃を与えた。たとえばゴッホが浮世絵に魅了され、日本の風土を見出した南仏アルルに滞在し《寝室》(1888)や《頭に包帯をした自画像》(1889)を制作したことは有名な話だろう。

会場風景より、フィンセント・ヴァン・ゴッホ《少女の肖像「ラ・ムスメ」》(1888) 
会場風景より、ジュール・シェレ《「日本の巨匠展」のためのポスター》(1890)

展示は館内2フロア分にまたがり、1〜3章は8階に展示される。
第1章「大浪のインパクト」では葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1831〜33)が与えた衝撃と、波の描かれた絵画が展示される。版画という小さな画面に壮大な主題を描くこと自体、北斎以前にはない画期的な手法であったが、本作はジャポニスムが席巻していた19世紀当時の欧米にも大きなインパクトを残した。そんな当時の衝撃を、「大浪」を模したであろう展示作品を通じて感じることができる。

会場風景より、葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》(1831〜33) 
イワン・ビリービン アレクサンダー プーシキン著『サルタン王物語』挿絵 1905 国立国会図書館子ども図書館蔵 写真提供:千葉市美術館

第2章「水の都・江戸 橋と船」では隅田川にかかる橋とその下を往来する船がテーマ。江戸時代には物資の運搬など生活の基盤として機能したことはもちろん、船での遊客の楽しみや周辺の歓楽街など人々の心の拠り所としても重要な役割を担った隅田川は、江戸が「水の都」として発展することに大きく寄与したと言えるだろう。そんな隅田川は橋や船とともに浮世絵のモチーフとしても頻繁に登場し、江戸の代表的な景観のひとつとして広く認められていた。こうした浮世絵に描かれた人々の賑やかさなどは、橋や船がすでに描かれていた西洋絵画にもユニークな視点を提供することになった。

鳥居清長 吾妻橋下の涼船 1781-89 メトロポリタン美術館蔵 写真提供:千葉市美術館
会場風景より、ポール・エリュー《白い婦人》(1890年代初期)と喜多川歌麿《両国橋下の釣り船と網》(1790)。直接の影響関係はさておき、並置された浮世絵とヨーロッパの油絵を見比べることで新たな見方を発見できるかもしれない。

第3章「空飛ぶ浮世絵師ー俯瞰の構図」は日本とヨーロッパの「まなざし」の違いが浮き彫りになる章だろう。歌川広重《名所江戸百景 深川洲崎十万坪》(1857)に代表されるように、日本絵画には鳥が空高くから眺めたような構図の作品が数多くあるが、現実に見えるままを写実的に描き出すことへ執着がない、絵師たちの美意識を示しているだろう。実際このような仮想的な視点は、ジャポニスムにおいて日本絵画の特徴として受容されたことが下のカミーユ・ピサロ《夜のモンタルトル通り》(1897)にも見受けられる。しかし、その視点は高い建物から見下ろしているようであり、あくまでも現実感のある視点に留まっている。ジャポニスムとして受容されたことが、必ずしもそのまま表出するわけではないことは文化的な差異として興味深い。

歌川広重 名所江戸百景 深川洲崎十万坪 1857 個人蔵  写真提供:千葉市美術館
会場風景より、カミーユ・ピサロ《夜のモンタルトル通り》(1897)と歌川広重《名所江戸百景 猿わか町よるの景》(1856)

後半となる7階の第2会場は、5〜8章から構成され、1章ごとは比較的コンパクトにまとめられている。そして日本絵画と西洋絵画との比較、西洋画へのジャポニスムの影響が見られる作品が続く。

第3章で見たように目に映る現実を描き出すことにこだわらない日本絵画において、線や形は無駄なくシンプルに描かれ、配色も質素でときに実物とはまるで異なる色が用いられることもある。第4章「形・色・主題の抽象化」はタイトルの通り日本絵画、特に浮世絵が西洋絵画と比べて、形、色、主題が抽象化したものである、というジャポニスム的な視点で見ることができる。次に続く第5章は「黒という色彩ー影と余韻」。平面性を美徳とし文字も絵も墨を基調とする当時の日本絵画において、黒は絵師がまず念頭におくように作品の中枢を担う色であった。対して、絵画の立体性を重んじ写実的な表現を追求していた西洋画にとって、黒は光を飲み込んでしまう扱いずらい色であり、その使い所は限定されていただろう。本章ではそのような黒の使い方に主眼を置いている。

会場風景より、第4章「形・色・主題の抽象化」から、葛飾北斎《冨嶽三十六景 相州七里浜》(1830-32)とポール・シニャック《夜ーフリシンゲンの波止場》(1898)
鈴木春信 夜の梅 1766 メトロポリタン美術館蔵 写真提供:千葉市美術館
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック ディヴァン・ジャポネ 1893 ジマーリ美術館蔵 写真提供:千葉市美術館

第6章「木と花越しの景色」では、平面性を重視する日本の版画において見通しのよい景色をどのように演出していたかを紹介。たとえば北斎や広重の版画作品では、木々の間から景色を見つめる構図について、近景と遠景がはっきりと分けて描かれることで奥行き感が演出されている。またこのような手法がとられた西洋画として、クロード・モネ《木の間越しの春》(1878)にジャポニスムの影響が見られる。

木や花が欧米でも主題として頻繁に用いられていたのに対し、雨や雪は日本美術ほど多くは使われなかっただろう。第7章「四季に寄り添うー雨と雪」は雨や雪が降るその瞬間を画面に封じ込めた日本絵画の独自性に注目している。四季やその展開に風情を感じる日本人独特の感性を再確認できるだろう。

最後の第8章「母と子の日常」でも西洋との描かれ方の違いが際立つ。市井の人々の、ありふれた日常を題材としていた浮世絵に対し、宗教画としての役割が中心であった近代西洋画は聖母子像として偶像的に描かれることが多く、モチーフとしての裕福な家庭が選ばれることが多かった。

会場風景より、フェリックス・エデュアール・ヴァロットン《にわか雨 ー『強烈なパリ』より》(1894)
会場風景より、歌川広重《東海道五拾三次之内 庄野 白雨》(1834〜36)

浮世絵と西洋画が並ぶ、と聞くだけでは教科書を眺めているような模範的な展示に思えるかもしれない。しかし関連性がはっきりとしない浮世絵と西洋画が並置されたり、浮世絵の並びに突如西洋画が展示されている、といった光景が一貫して続く本展を見れば、自然と和洋を横断した絵としての共通点を探してみたくなるはずだ。日本国内の文脈のみならず、ジャポニスムという視点から眺めることで、浮世絵の美術史的価値を改めて考える機会にもなっている。8つに分けられた章立てがそれを楽しむよい指標となるはずだ。国内屈指の浮世絵所蔵館である千葉市美術館に足を運んでみてはいかがだろうか。

会場風景より

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浅見悠吾(編集部インターン)

浅見悠吾(編集部インターン)

1999年千葉県生まれ。2021年6月からTokyo Art Beat エディターインターン。現代美術を中心に勉強中。現在、東京工業大学大学院在籍。

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