
「WHATZ International Contemporary Art Fair」会場風景 提供:今西泰赳
様々な事情もあり、今月(2026年9月)からTokyo Art Beatの「エディトリアル・アドバイザー」なるものを仰せつかることに。任期はとりあえず1年。大仰な役職名だが、やることとしては月に2本のエッセイ(場合によって、やや長文の論考1本)の執筆と、月1で新企画などを考える編集会議に参加することが主な仕事だ。なお、編集長の福島夏子さんとも相談して、ぼくの連載のタイトルは「Passages」とした。文字通り、これまでになかったたくさんの「通り道」を開拓していきたい。
また、書き手の紹介も大切な仕事だ。ぼく自身、総合大学で社会学を学んでイギリスに渡り、ロンドンの美術大学でファッションやファインアートにふれた。そのうち、なんとなくカルチュラルスタディーズの論文を書くようになった。といっても、博士課程の指導教員は民芸運動についての著作がある工芸史家だったり、ブラックスタディーズの研究者としても活動するアーティストだったりしたわけで。
だから自身の研究の方法論も、たくさんの人から影響を受けながらブリコラージュ的な仕方で作り上げてきたものだ。その意味で、自分は人との出会いに恵まれているといつも思う。
イギリスでの博士号取得後、韓国(ACC)と香港(理工大学)で1年半ほどポスドクの期間を経て日本に帰国した。帰国後は、(常勤・非常勤含め)いくつかの大学でティーチングポジションに就いている。縁もゆかりもなかった金沢で数年間を過ごすなど、そのあいだも国内を転々とした。
とりあえず「文化研究者」の肩書きを使うことが多いが、これといった専門があるわけでもない。依頼があれば、どのようなテーマにもチャレンジしてきた(差別や偏見を助長するもの、承服しかねるイデオロギーに立脚するものでなければ)。研究以外に、批評を執筆することも、キュレーションすることもある。要するに、領域や国・地域の境界をまたいで、比較的自由に活動を展開してきた。
何を言いたいかというと、この度の任務でも、そうした越境的な動きのなかで育まれたネットワークを活かしたいということだ。おもしろくて、かつ意義のある企画を実現すること、アート系媒体と仕事をすることが少なかった良質な書き手を紹介すること——そうしたことに少しでも貢献できればいいなと思っている。もちろん、ぼく自身も書き手のひとりではあるので、メディアと書き手の批判的な距離はちゃんと保ちつつ。