公開日:2022年7月17日

歴史的事件や死者、息子を描いたリヒターの絵画の謎。キュレーターふたりに聞く「ゲルハルト・リヒター展」。桝田倫広×鈴木俊晴【後編】

「ゲルハルト・リヒター展」を開催する東京国立近代美術館と豊田市美術館の担当キュレーターの対談をお届け。本展をより深く楽しむための注目ポイントやリヒターの芸術観について聞いた。

会場風景 © Gerhard Richter 2022 (07062022) 撮影:山本倫子

1960年代より現代アートの最前線を歩き続けてきたアーティストのゲルハルト・リヒター。その待望の大規模個展が、6月7日〜10月2日に東京国立近代美術館、10月15日〜2023年1月29日に豊田市美術館で開催される。

今回は本展を担当するふたりのキュレーター、桝田倫広(東京国立近代美術館主任研究員)と鈴木俊晴(豊田市美術館学芸員)の対談を前後編でお届け! 日本の美術館では16年ぶりとなる大規模個展をより深く知り、楽しむことができるよう、本展のポイントやリヒターが積み重ねてきた芸術観について聞いた。後編では、リヒターが歴史的事件をどのように作品に反映してきたか、また何年にも渡り筆を入れ続けた息子の肖像《モーリッツ》の謎に迫る。【Tokyo Art Beat】

前編はこちら:リヒターにとっての「イメージ」や、ホロコーストを主題とする《ビルケナウ》について


会場風景より、《ビルケナウ》(2014)、《グレイの鏡》(2019) © Gerhard Richter 2022 (07062022) 撮影:山本倫子

時代との距離。リヒターの「遅さ」について

──リヒターは早い時期からホロコーストのイメージに何度も挑もうとしていたものの、《ビルケナウ》(2014)に結実するまでは何十年もの間扱い切れなかった。そのためらいはどのような点から来たと思われますか?

鈴木:先に歴史的な背景を話すと、そもそもホロコーストがあること自体は、戦中においてもある程度認識はされていました。けれども、それがきちんと明るみになるまでは少し時間がかかっているんですね。ドイツ人がドイツ人の戦争犯罪を裁くフランクフルト裁判が始まったのは60年代に入ってからです。そうしたなかで、戦後のドイツ現代美術の作家にとって先の戦争にまつわる問題を扱うこと自体がそもそもたいへん困難だった。

60年代半ばになってようやく、たとえばボイスがアウシュヴィッツの強制収容所を思わせる作品を見せるようになりますが、ホロコーストに限らず、ドイツの作家たちが第二次世界大戦を主観と客観のせめぎ合いのなかで、パロディや冗談に陥らずに美術作品として扱おうとすること自体が難しかった。たとえば、ボイスの場合は自分も従軍して傷を負っている。そういう人もまだ大勢いた時代に、リヒターがそのイメージを扱うことの重荷は容易に想像できます。

ビルケナウ(CR: 937-2) 2014 キャンバスに油彩 260×200cm ゲルハルト・リヒター財団蔵 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

いっぽうで、桝田さんも触れていた通り、彼は早くからそのイメージを扱うことに取り組んではいました。じつは初期に、強制収容所で撮られた裸のユダヤ人の写真と、市販のポルノグラフィを並べて展示する構想も立てています。そこには当時のアウシュヴィッツに対する市井の覗き見的な欲望をパロディ化する意図があったのでしょうが、結局、意味を見出せずにやめてしまいます。あまりに重かったのでしょう。

しかし、時代を下ると、リヒターは1988年にドイツ赤軍派を扱った《1977年10月18日》を描き、2000年代には9.11のツインタワーを描いています。彼はたびたびそうした歴史的な事件や大量の死者に関わる主題を描いている。目的論的な解釈かもしれませんが、僕は彼がそうした主題に取り組み続けてきたのは、いつかホロコーストを納得できるかたちで図像化するための挑戦を、いろんなところでしてきたんじゃないかと考えています。

9月(ED CR: 139) 2009 デジタルプリント、2枚のガラス 66×90cm ワコウ・ワークス・オブ・アート蔵 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

桝田:『ユリイカ』のリヒター特集(2022年6月号、青土社)で、香川檀さんがリヒターの作品にある「時代とのずれ」という問題を書いていました。2010年代は、ドイツ国内において「ホロコーストを想起することの形骸化や、ドイツ人でありながら被害者に同一化する自己欺瞞に対して批判の声」があがっていたそうです。その意味では、リヒターの制作は時代の風潮からは遅れている。しかしこの遅れが重要な点だと考えています。

言い方を変えれば、彼のテーマ選択は、たんなる流行りや世間の注目、スキャンダルが目的ではないということでもある。またそれ以上に、彼の作品は基本的に事後性に彩られています。「何かが起きた後」という問題が、彼の作品のすごく大事な部分と感じています。

会場風景 © Gerhard Richter 2022 (07062022) 撮影:山本倫子

長年手を入れ続けた息子の絵《モーリッツ》は、じつは自画像?

──「ズレ」や「遅れ」ということでは、小さな息子を描いた《モーリッツ》をリヒターが何年にもわたり手直しし続けているというのも面白いと思いました。もうすでに大人になっている息子を横に、幼児期の絵を直し続けるというのはなんなんだろう、と。

モーリッツ(CR: 863-3) 2000/2001/2019 キャンバスに油彩 62×52cm 作家蔵 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

桝田:描く過程で関係性が変わっていき、それに応じて絵が変容していくというのは、美術史的に見るとそれほど珍しくはありません。たとえばオスカー・ココシュカの《風の花嫁》は、恋人との関係の変化に応じて描き重ねられていきました。なので、方法論としてすごく特殊というわけではないですが、では《モーリッツ》の特性は何なのかというと……。

鈴木:
ココシュカの場合、恋愛関係の紆余曲折と時間軸的に並行して、絵画も積み上げられていくわけですよね。それに対し、《モーリッツ》で興味深いのは、やはり写真がそこに加わっていることです。もともとモーリッツという人がいる、モーリッツを撮った写真がある、それを描いた絵画があるという3者の時間軸が同時並行的に一直線で進むわけではなく、どこか錯綜していくんですね。

モーリッツがいて、彼を撮った写真がある。写真はある種の事実として固定されるけど、本人はどんどん成長していく。そもそもあの絵が描かれたのは、写真が撮られてから数年後なんですね。その時点でズレがある。固定された写真と動く本人を見ながらリヒターはいろんな反芻や咀嚼をしたはずで、そのズレた時間のなかで絵を動かしたというのは面白いなと思います。

もうひとつ言うと、あれはおそらく画家の自画像なんですね。食事中のモーリッツの周りに描かれているジャムのようなものや白い布などはあたかも絵画の道具のようです。ある対談で、リヒターはあの絵にオイディプス・コンプレックスがあることを認めています。目の前で成長する息子のイメージは喜ばしいものであるとともに、いつか自分が死にゆくことの証でもあります。リヒターは、ココシュカとは違って、自身の主観的、感情的な表れとしてストロークを残すことは滅多にないように思いますが、モーリッツのイメージに後年加えられた、息子を枠取るような筆跡には、そうした複雑な心境をちょっとだけですけど想像してしまいます。

余談ですが、リヒターには家族を描いた絵画が何枚かありますよね。彼の絵にとって「似姿」は重要なポイントなんです。絵画が現実の写し絵であるとして、それがどれほど現実と似ているのかいないのか。そう考えると、突飛で危うい言い方かもしれませんが、「血縁」というのも思い起こされます。父と母がいて、子供がどちらに似るとか、両方混じった顔になるとか。自分と誰かの間に天文学的な確率からある子供が生まれるという事実。そうした「血」の問題は今回の展覧会の入り口で《鏡、血のような赤》と《黒、赤、金》が並べられていることにも象徴的に現れているように思います。たまたまドイツ人として生まれてしまったがために、引き受けなくてはならないもの。それらを含め、また《4900の色彩》の色の偶然の組み合わせや、あるいはそれをすべて混ぜたグレイの絵画を作るリヒターの制作は、必然と偶然について考えているようにも思えます。

会場風景 © Gerhard Richter 2022 (07062022) 撮影:山本倫子

4900の色彩 2007 ゲルハルト・リヒター財団蔵 © Gerhard Richter 2022 (07062022) 撮影:山本倫子

進行形のドローイングが見せるもの

──リヒターは《ビルケナウ》以降、今回も出品されている2017年の「アブストラクト・ペインティング」(CR 952-4)をもって、新たにアブストラクト・ペインティングは制作しないとしています。ここには体力的な問題があるのでしょうか?

桝田:それもあるでしょう。作品そのものも、2019年にドイツのトーライという街の修道院で作ったステンドグラスをもって最後にすると言っています。実際、それ以降、油彩画を制作していません。しかし、今回も展示されているドローイングや水彩などの紙作品については依然として作っています。

アブストラクト・ペインティング(CR: 952-4) 2017 キャンバスに油彩 200×250cm 作家蔵 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

──最後のコーナーのドローイングは、すごく印象的でした。

桝田:ドローイングと《ビルケナウ》以降のアブストラクト・ペインティングには共通する部分があると思っています。何が共通しているかと言うと、手の動きです。《ビルケナウ》以降のアブストラクト・ペインティングには、小さなキッチンナイフで絵の具のレイヤーを削り取ったり、絵の具を塗布したりと、手の動きが見えるようになります。これまで大ぶりのスキージ(へら)によって抑圧してきた作家の主観的なアクションの痕跡が画面に回帰します。

もちろん、スキージの跡も作家の行為の痕跡ですが、細かな手の動きがよりダイレクトに伝わるようになる。リヒター自身も《ビルケナウ》の制作以降、「少し自由に振る舞ってもよい」と思えるようになったと語っています。こうした心境が制作スタイルの変化に反映されていると思います。

ただ、それでもリヒターらしいのは、その主観的な痕跡が作家の内面の表出にはなっていないところです。このことがドローイングを見るとよくわかります。

2021年10月5日 2021 紙にグラファイト 21×29.7cm 作家蔵 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

──あれは不思議な線ですよね。

桝田:そう。不思議な線ですよね。あれは大まかに言うと、ひとつの面とふたつの線で構成されています。まずはグラファイト(黒鉛)の面。手か何かでこすりつけて、濃いところと薄いところの陰影のある面を作る。それは物と物との接触によって半ば偶然にできる模様です。その上にふたつの線が走る。ひとつはフリーハンドの主観的な線。もうひとつは定規で引かれた線です。

つまり、偶然と主観と客観によって構成されています。この3つの要素が拮抗しながらひとつの抽象的なイメージを作り上げていて、見る人によっては空気を孕んだ風景であったり、どこかの別の惑星の大地のようにも見えたりします。同じようなことが《ビルケナウ》以降のアブストラクト・ペインティングにも言えると思います。

会場風景 © Gerhard Richter 2022 (07062022) 撮影:山本倫子

リヒターも展示構成に関わった、本展のポイントは?

──今回出品される作品は、2019年に創設されたリヒター財団の所有するものと、作家蔵の作品が中心だとお聞きしました。そうした作品群が集まるリヒター展が日本で開催される意義や、鑑賞者におすすめしたいポイントなどについて、最後にお聞きできますか。

桝田:そもそも、リヒター財団の創設の目的のひとつは、リヒターの死後に《ビルケナウ》を散逸させないことだったらしいんですね。このことに鑑みると、やはり《ビルケナウ》というのがこの展覧会の軸だと言えるでしょう。《ビルケナウ》を中心に、それ以前/以後の彼の仕事が見ることができるというのが、この展覧会のコンセプトであり骨子だと思います。

また、日本の美術館でのリヒター展は、2006年以来です。そして今回は2006年以降のリヒターの仕事が十分に観られる機会です。70歳を超えても、「ストリップ」というデジタルプリントの作品を作ったり、ガラス絵に挑戦したり、表現を拡げ続けている。そのこと自体が本当に凄いですよね。《ビルケナウ》も82歳のときの作品です。マンネリズムに陥らず、つねに自分の仕事を更新し続けてきました。

会場風景より右が《ストリップ》(2013-16) © Gerhard Richter 2022 (07062022) 撮影:山本倫子

鈴木:財団の作品が中心であることの意義に触れると、リヒターは基本的に制作したらすぐ作品を手放してきたんです。そうしたなかで、今回の出品作は、彼がずっと手元に置き続けている作品がコアになっているんですね。今回出品されている1992年の《アブストラクト・ペインティング》(CR 778-4)はリヒターのアブストラクト・ペインティングの頂点とも評される一点ですが、リヒターはそれを売らずにずっと手元に残していました。「作家の思い」と言うとフワッとしちゃいますけど、そういったものを背負った作品群が多く出品されている展覧会だ、ということは言えると思います。

アブストラクト・ペインティング(CR: 778-4) 1992 アルミニウムに油彩 100×100cm 作家蔵 © Gerhard Richter 2022 (07062022)

──リヒターと展示構成を考えるうえで、何か印象的なことはありましたか?

桝田:東京国立近代美術館の展示プランは、リヒターさんも早くからマケットを自作してまで検討してくれていたのですが、ご高齢ということもあり、細かい部分は任せられていました。そのうえで、2か月ほど前、ようやくドイツのリヒターさんの仕事場を訪問することができ、いろいろとご相談することができました。それによって、作品の配置が相当変わったのですが、時系列がバラバラの作品をアナロジーで結びつける方法が非常に興味深かったですね。

「ストリップ」やカラーチャートの作品、最近の大きな「アブストラクト・ペインティング」など、その空間で何を見せたいのかが非常にはっきりするようになって、以前のプランよりメリハリがつきましたね。

──リヒターの息遣いが感じられる会場になっているということですね。今日、リヒターがイメージというものに抱いてきた関心の強さをあらためて感じました。これだけ身の回りにイメージが溢れる時代に、そうした作家の仕事を振り返ることは重要なことですね。

会場風景 © Gerhard Richter 2022 (07062022) 撮影:山本倫子

桝田:2002年のニューヨーク近代美術館での回顧展の際、キュレーターのロバート・ストアがリヒターのことを「20世紀後半の偉大な作家のひとりであるとともに、21世紀の最前線の探求者」ということを言っているんです。21世紀も四半世紀経ちます。私たちの社会のなかで、かくも溢れている「イメージ」とはどういう存在なのか。少し立ち止まって考えるきっかけとして、ゲルハルト・リヒターという作家、作品は非常に重要なのではないかと思います。

鈴木:そうですね。ひとつ補足すると、今回は《ビルケナウ》が中心なので、過去の悲劇をどう描けるかという問題に焦点が当たりやすいですが、いっぽうで、先にも触れたようにリヒターはもともと東ドイツで壁画を描き、西に移ってからもたびたびモニュメンタルな展示プランを構想していたことも知られています。近年ではドイツの連邦議事堂やケルン大聖堂のための大型作品もあります。「イメージ」には人をどこかへ導く、もしくは導いてしまうという側面がある。過去へのまなざしだけでなく、そうしたイメージと未来の関係もリヒターにとっては重要な問いであるはずです。イメージがわたしたちをどこへ導くのか、そうした視点からこの展覧会を見るのも面白いんじゃないかなと、個人的には思っています。

前編はこちら

左から、桝田倫広(東京国立近代美術館主任研究員)、鈴木俊晴(豊田市美術館学芸員)

桝田倫広
ますだ・ともひろ 東京国立近代美術館主任研究員。1982年生まれ。企画した主な展覧会に「高松次郎ミステリーズ」(2014–2015)、「No Museum, No Life?―これからの美術館事典国立美術館コレクションによる展覧会」(2015)、「アジアにめざめたら:アートが変わる、世界が変わる 1960–1990年代」(東京国立近代美術館、韓国国立現代美術館、ナショナル・ギャラリー・シンガポール、2018–2019)、「ピーター・ドイグ展」(2020)など。

鈴木俊晴
すずき・としはる 豊田市美術館学芸員。1982年生まれ。企画した主な展覧会に「村瀬恭子 fluttering far away」(2010)、「奈良美智 for better or worse」(2017)、「開館25周年記念コレクション展 光について/光をともして」(2020)、「ボイス+パレルモ」(埼玉県立近代美術館、国立国際美術館と共同企画、2021-22)など。 ゲルハルト・リヒターについての論考に「バランスをとること──ゲルハルト・リヒターとブリンキー・パレルモのミュンヘンオリンピックのスタジアムへの提案をめぐって」中尾拓哉編『スポーツ/アート』(森話社、2020)。

杉原環樹

杉原環樹

すぎはら・たまき ライター。1984年東京都生まれ。武蔵野美術大学大学院造形理論・美術史コース修了。出版社勤務を経て、美術系雑誌や書籍で構成・インタビュー・執筆を行なう。主な媒体に美術手帖、Tokyo Art Beat、アーツカウンシル東京、地域創造など。artscapeで連載「もしもし、キュレーター?」の聞き手を担当中。関わった書籍に、平田オリザ+津田大介『ニッポンの芸術のゆくえ なぜ、アートは分断を生むのか?』(青幻社)、卯城竜太(Chim↑Pom)+松田修『公の時代』(朝日出版社)、森司監修『これからの文化を「10年単位」で語るために ー 東京アートポイント計画 2009-2018 ー』(アーツカウンシル東京)など。