公開日:2024年1月31日

イスラエル・パレスチナ問題へのドイツ音楽界・芸術界の反応とは。12月、〈10月7日〉その後―ダニエル・バレンボイム、ベルリンフィル、そしてヤエル・ローネンの〈応答〉 【連載】ヨーロッパのいまを〈観光客〉として見て歩く(8)

前回に続き、イスラエル・パレスチナ問題に対するドイツ国内の反応を取り上げる。エドワード・サイードとともに融和のための活動を続けてきたダニエル・バレンボイムの発言。ベルリンフィルハーモニー管弦楽団による慈善コンサート。そして〈10月7日〉を受けて大幅に内容を変えたヤエル・ローエンの新作ミュージカル。過酷な現実に接したとき、芸術はどのように反応するのか。

ヤエル・ローネンの新作公演『バケットリスト』(ベルリン・シャウビューネ劇場) © Ivan Kravtsov

長く続いたパンデミックを経て、ヨーロッパのアートシーンはどう変化しているだろうか? 分断、難民問題、戦争、経済格差、環境問題、公正性、急速に発達する情報技術の是非。複雑で多様な問題に同時多発的にさらされる2023年から2024年の欧州を演劇研究者・内野儀がレポートする。(全11回予定。Tokyo Art Beat/島貫泰介)

*ドイツの舞台芸術シーンにおけるイスラエル・パレスチナ問題への反応をレポートした前回はこちら

ピアニスト・指揮者ダニエル・バレンボイムの〈応答〉

ユダヤ系イスラエル人で名誉パレスチナ市民権も持つ世界的ピアニスト・指揮者のダニエル・バレンボイム(1942~)は、イスラエルのパレスチナ占領政策批判でも知られ、長年、パレスチナ、イスラエル、ドイツの音楽活動を通しての融和に尽力してきた。なかでも『オリエンタリズム』の著者、パレスチナ系アメリカ人エドワード・サイード(1935~2003)との交友は有名で、ふたりは1999年、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団を創設している。イスラエルとアラブ諸国の音楽家が集まって結成された団体で、その名称はゲーテの詩集『西東詩集』(West-östlicher Divan)』からとられている(*1)。

サイード亡き後、バレンボイムはベルリンに2016年、中東と北アフリカ出身の音楽家のための学校、バレンボイム・サイード・アカデミーを創設。健康を害して、30年務めたベルリン州立歌劇場の音楽総監督を退任(2022)してからも、このアカデミーの活動には積極的に関与している。

そのバレンボイムは〈10月7日〉直後、自身のインスタグラムを更新(*2)した。

イスラエル南部とガザ地区でこれほど多くの人々が亡くなったことは、今後長い間影響を与えうる悲劇です。この人類の悲劇は、人命が失われるだけでなく、人質を奪われ、家が破壊され、地域社会が荒廃することにまで及びます。イスラエルによるガザ包囲は集団懲罰政策であり、人権侵害なのです。(和訳は引用者、以下同様)

さらに、南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)や英国のザ・ガーディアン紙にも、13日付けでより詳しい内容の記事を寄稿している(*3)。そこでバレンボイムは、ハマスのテロを批判するいっぽう、イスラエルのガザ包囲を含めパレスチナ占領政策の国際法違反を指摘し、イスラエルの自制を求め、二国家体制による解決しかないというこれまでの持論を改めて強調している。そして、二国家体制など夢物語だとする意見に対し、これまでの活動を振り返り、共生が可能であることを自ら具体的に示し続けきたはずだ、と強い口調で語っている。

ベルリンフィルの〈応答〉

そのバレンボイムが名誉指揮者を務めるベルリンフィルハーモニー管弦楽団だが、バレンボイムが指揮をすることになっていた12月20〜22日の定期演奏会(開演は20時)の初日に合わせるかのように、16時から慈善コンサートを開くことになった。バレンボイムがこの企画にどう関わったか明示されていないが、時期的にもなんらかの関与があったと推定される。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団「ヒューマニズムのための集い」 © Stephan Rabold.
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団「ヒューマニズムのための集い」 © Stephan Rabold.

「ヒューマニズムのための集い(Gemeinsam für Menschlichkeit)」と題されたこのコンサートには、バレンボイムの盟友で定期演奏会のソロイストとして演奏予定だったピアニストのマルタ・アルゲリッチほか、そうそうたるクラシック系の音楽家が多数参加。さらに、民族楽器の演奏や歌唱もあり、首席指揮者・音楽監督のキリル・ペトレンコのもとでベルリンフィルの演奏が幕切れを飾った。

本コンサートの趣旨については、「参加アーティストによるアピール」で以下のように書かれている。

ベルリンフィルとゲストは、イスラエルからガザに誘拐されたすべての人質の解放と、パレスチナ人とイスラエル市民の保護を求める。

中東における人間の苦しみは衰えることを知らない。10月7日にハマスがイスラエルを攻撃した後、ガザでは壊滅的な規模の人道危機が発生するなか、イスラエルから誘拐された100人以上の人質がいまだ囚われの身となっている。それだけでなく、ガザとイスラエルの市民の命も危険にさらされている。ベルリンフィルハーモニー管弦楽団、首席指揮者キリル・ペトレンコ、そしてゲストの音楽家たちは、慈善コンサートを通じて、すべての人質の解放とすべての市民の保護を求める声を上げることで、行動の模範を示したい。(同上)(*4)

当日は、このコンサートで集まった資金の寄付先であるイスラエルの人質家族関係者団体(Abducted and Missing Families Forum)やパレスチナとイスラエルそれぞれの女性人権保護団体(Women of the SunおよびWomen Wage Peace)の代表による挨拶もあった。後者の挨拶には、パレスチナ人歌手でアクティヴィストのミイラ・エラボウニ(Meera Eilabouni)が立った。

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団「ヒューマニズムのための集い」 © Stephan Rabold.

同コンサートで注目されたのは、プログラムがクラシック系の演目だけでなかったことだ。イスラエルの音楽家・音楽学者タイセール・エリアス(Taiseer Elias)が、アラブの民族楽器ウードでトルコの「メスート・ジェミル」を演奏し、アラブ系イスラエル人歌手ミラ・アワド(Mira Awad)とイエメン系イスラエル人歌手NOAが英語とヘブライ語とアラビア語でフォークソング「別のやり方があるはずだ(There must be another way)」や「他者のことを考えよう(Think of Others)」を歌ったのである。

演出家・ヤエル・ローネンの〈応答〉

前回取り上げたように、自作『あの状況(The Situation)』(2015)の再演を撤回して批判されていたイスラエル人のヤエル・ローネン(Yael Ronen)は、ベルリン・シャウビューネ劇場で新作の『バケットリスト』を上演した。バケットリストは、死ぬまでにやっておきたい事柄のリストのことだが、〈10月7日〉以降にリハーサルが始まった本作は、当初の説明(*5)とはまったく関係ないローネンの〈10月7日〉以降への〈応答〉としてのミュージカルとなった。

「土曜日の朝、目を覚ますと、私は記憶の廃墟のなかにいた」―10月7日は土曜日だった―という台詞ではじまる『バケットリスト』は、6曲の楽曲からなるミュージカルである(*6)。幕開き、真っ白な様々な衣服が舞台上に降り注ぎ、その後、背景にも同様の映像が投影される。男女4名の俳優たちは、ときにそれらの衣装を手にして物思いにふけ、あるいは実際に身につけてみたりもする。

ヤエル・ローネンの新作公演『バケットリスト』(ベルリン・シャウビューネ劇場) © Ivan Kravtsov
ヤエル・ローネンの新作公演『バケットリスト』(ベルリン・シャウビューネ劇場) © Ivan Kravtsov

近未来的な設定で、「時代精神(Zeitgeist)」なるスタートアップのテクノロジーで記憶を失ったロバートが舞台上に現れ、彼の分身と、パートナーだったクララとその分身も現れる。分身はときに「時代精神」の科学者ともなる。

記憶を失って過去がなくなったにもかかわらず、テクノロジーのバグのように、前半はロバートとクララの成長過程と出会い、そして子供の誕生から別れといった〈日常〉の記憶の断片が〈想起〉される。幸福な瞬間もあるが、基本になるのはトラウマにまみれた記憶の断片である。

この疑似SF的設定は、〈10月7日〉への〈応答〉であり、それは幕開き直後に歌われる「戦争はうたう(War sings)」でもはっきりと示される。

静かにくぐり抜けられる有刺鉄線/人の目には見えないほど高く高く飛ぶ戦闘機から/血が流される地上まで/閃光がスピードの音を切り裂き/恐れは恐れにとってかわられる/あらゆる魂とあらゆるものに与えられる恐れに (『バケットリスト ソングブック』)

あるいは幕切れ近くの「時代精神」でも、はっきりこう歌われる。

時代精神がやってくる/君の手は血でけがされている/時代精神がやってきた/君の手は血でけがされている/時代精神は君をさがしだす/君の手は血でけがされている (同上)

トラウマ的記憶を失いたい人々のための「時代精神」のテクノロジーだが、記憶を失ってもまだ残るものがある、とロバートが最後に歌うことになる(「けっしてやめない(Never stop)」)。

悲しくなればなるほど/実際、もっと悲しくなるけど/眼を閉じて/自分が口を開くところ/歌を歌おうとする自身の口を見つめて/君は想像をけっしてやめないから/君は想像をけっしてやめないから/けっしてやめないから(同上)

ヤエル・ローネンの新作公演『バケットリスト』(ベルリン・シャウビューネ劇場) © Ivan Kravtsov
ヤエル・ローネンの新作公演『バケットリスト』(ベルリン・シャウビューネ劇場) © Ivan Kravtsov

ベルリンフィルの「別のやり方があるはずだ」や「他者のことを考えよう」と同様、ふつうであればナイーヴに響く「想像をけっしてやめない」。しかし、いまの現実を前にすると、切実かつ過酷に響いてしまう。たしかに「これ以外の呼びかけや言い方があるのか」と、ここで取り上げたアーティストたちは訴えかけているように思われた。バレンボイムもまた、こう言っていたのである。

ハマスの野蛮なテロや中東での戦争の後では、ナイーヴに聞こえるかもしれないが、そうではない。今、私たちは皆、相手を一人の人間として見なければならないのだ(*7)。

*1──〈東洋〉への憧憬によって書かれたこの詩集の「ディヴァン」は、ペルシャ語で詩集という意味である。
*2──https://www.instagram.com/p/CyOmgfMspXt/
*3──南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)、「今ほど平和が求められているときはない(Unsere Friedensbotschaft muss lauter sein denn je)」https://www.sueddeutsche.de/kultur/daniel-barenboim-israel-aufruf-hamas-1.6287339?reduced=tru)とザ・ガーディアン紙の「私たちのオーケストラで、イスラエルとパレスチナは共生の土地を見いだした。今回の紛争で私たちの心が壊れている(In our orchestra, Israelis and Palestinians found common ground. Our hearts are broken by this conflict)」、https://www.theguardian.com/commentisfree/2023/oct/15/orchestra-palestinians-israelis-humanity-daniel-barenboim-west-eastern-divan-orchestra
*4──慈善コンサートの告知は以下。https://www.berliner-philharmoniker.de/en/together-for-humanity/引用は一部、当日配布プログラムによる。
*5──ベルリナー・モルゲンポスト紙のゾフィー・クレイーゼン(Sophie Klieeisen)によれば、「シーズン前半の記者会見で、「バケットリスト」は『人生で絶対にやらなければならないと信じていることのリストに焦点を当て』たミュージカルであると発表された。プレスリリースによると、ヤエル・ローネンは、『不安定なモラルを持つ余裕のある、風変わりで特権的な人物たちのタブロー』」とされていた。(https://www.morgenpost.de/kultur/article240784166/Ein-ueberwaeltigender-zerrissener-Abend-Bucket-List.html
*6──『バケットリスト』の主要メンバーは以下の通り。演出:ヤエル・ローネン、作詞・作曲:シュロミ・シャバン、舞台美術:マグダ・ウィリ、衣装デザイン:アミット・エプスタイン、作曲・音楽監督:ヤニフ・フリデル、オーファー(OJ)・シャビ。ここでは触れられなかったが、音楽は基本聞きやすいメロディーとリズムからなる、いわばブロードウェイ的な楽曲が多かった。この音楽の聞きやすさと歌詞の関係については、別途論じる必要がある。
*7── 南ドイツ新聞の冒頭見出し。

内野儀

演劇研究。1957年京都生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了(米文学)。博士(学術)。岡山大学講師、明治大学助教授、東京大学教授を経て、2017年4月より学習院女子大学教授。ベルリン自由大学国際演劇研究センター “Interweaving Performance Cultures”招聘研究員(2015-6年)、同大学演劇学研究所客員研究員(2023-4年)。専門は表象文化論(日米現代演劇)。単著に『メロドラマの逆襲―〈私演劇〉の80年代』(勁草書房、1996年)、『メロドラマからパフォーマンスへ―20世紀アメリカ演劇論』(東京大学出版会、2001年)、『Crucible Bodies: Postwar Japanese Performance from Brecht to the New Millennium』 (Seagull Press、2009年)。『「J演劇」の場所―トランスナショナルな移動性(モビリティ)へ』(東京大学出版会、2016年)。共著に『Brecht Sourcebook』(Routledge、2000年)、『Tokyogaqui um Japao imaginado』(SESC SP、2008年)、『亞州表演藝術――從傳統到當代』(進念‧二十面體、2013年)、『Okada Toshiki & Japanese Theatre』(Gomer Press、2021年)、『Staging 21st Century Tragedies』(Routledge、2022年)等。公益財団法人セゾン文化財団評議員、公益財団法人神奈川芸術文化財団理事、福岡アジア文化賞選考委員(芸術・文化賞)、ZUNI Icosahedron Artistic Advisory Committee委員(香港)。「Dance Research Journal of Korea」(韓国)国際編集委員、「TDR」誌(Cambridge UP)編集協力委員。