木から生まれる別の命:東京初の大規模個展「木彫り熊の申し子 藤戸竹喜 アイヌであればこそ」レポート

東京では初となる大規模個展。アイヌ民族の両親のあいだに生まれ、旭川市で育った木彫り熊の職人、藤戸竹喜の全貌

poster for Ainu Woodcarver Fujito Takeki: Envoy of the Forest

「木彫り熊の申し子 藤戸竹喜 アイヌであればこそ」

銀座、丸の内エリアにある
東京ステーションギャラリーにて
明日で終了

In フォトレポート by Chiaki Noji 2021-07-22

北海道美幌町でアイヌ民族の両親のもとに生まれ、旭川市で育った藤戸竹喜(1934-2018)。木彫り熊の職人として名高い藤戸の回顧展「木彫り熊の申し子 藤戸竹喜 アイヌであればこそ」が東京ステーションギャラリーで9月26日まで行われている。担当学芸員は冨田章(東京ステーションギャラリー館長)。

会場に並ぶのは、初期から最晩年にいたるまでの代表作約80点。熊を中心とした動物の木彫りは、そのいずれもに大胆さと繊細さ、力強さと優しさが共存している。「東京でのこれほどの展覧会が開かれると知ったら、藤戸さんはとても喜ばれてみなさんと握手するのではないでしょうか」と笑顔を見せるのは、北海道立三岸好太郎美術館副館長の五十嵐聡美。本展を監修した、生前の藤戸をよく知る人物だ。

1934年、アイヌ民族の両親のもとに生まれた藤戸は熊彫り職人の父の仕事を身近に見ながら成長。自身も同じ職人の道を進んでいった。本展プロローグ「木彫り熊の申し子」では、藤戸が独立し、自らの木彫り熊の店を構えた30歳の頃の作品《怒り熊》(1964)が展示される。木彫り熊には一般的に定番ともいうべきポーズがいくつかあるが、左の前脚を上げ、敵を威嚇しながら吼える《怒り熊》のスタイルは、藤戸が創案したもの。「藤戸さんの作品は動物が片脚を上げているポーズが多いのですが、しだいに宙に浮かぶほどの躍動感ある動物たちの姿を彫りたくなっていたことがわかります。”見えない部分まで彫れ”というお父様の教えを一貫して守っていたこともわかります」(五十嵐)

驚くことに、藤戸の作品はそのほとんどが1本の木から彫り出したもの。加えて、制作過程においては下書きをせず、木に書いたわずかな目印を起点に彫り進めていくのだという。

職人として熊だけを彫っていた藤戸は、しだいに人間や狼なども多く手がけるようになった。その転換点となったのは、農場経営や山林事業を展開する前田一歩園の三代目園主である前田光子に依頼され制作した《樹霊観音像》(1969)。関西で仏像を見て回ったのち手がけたこの作品は初めての観音像とは思えない仕上がりとなっているが、本作で自信をつけた藤戸はこれを機に創作の幅を広げていった。

会場に並ぶ作品を見てさらに驚されるのは、まるで映像の1シーンを思わせる力強く生き生きとした表現と繊細な彫り跡。無数の彫り跡がつくる表面は滑らかさと柔らかな表情をつくり出している。「すべて頭の中にあるイメージを形にしているだけ。実際の光景や写真をもとにした写実ではないからすごいですよね」(五十嵐)

そんな表現力が結実する本展の見どころのひとつが連作「狼と少年の物語」だろう。2017年、美術館では初となる大規模な回顧展が札幌芸術の森美術館で開催され、その後大坂の国立民族博物館に巡回。この展覧会に先立って藤戸が精魂傾け制作したのが本連作だった。藤戸が心に温めてきた物語をベースとした「狼と少年の物語」は、川べりで両親とはぐれたアイヌ民族の幼子が狼に助けられ、狼とともに成長していく様子を19点の作品で表している。ひとりの少年と狼たちのストーリーは、感傷的な読後感を残す。

じつは本連作に登場する狼は、晩年まで藤戸が彫ることができなかったモチーフ。少年時代、エゾオオカミの剥製に心を奪われ「狼を彫りたい」と父に伝えるも「熊も一人前に彫れないのに何を言ってるのか」と一蹴された過去を経て70歳を過ぎ、ようやく彫ることができたのだという。

藤戸をもっと知りたいならば、展示終盤のドキュメンタリー映像も必見だ。この映像の中では作品のために木を切るにあたり、アイヌ民族の祈り(カムイノミ)を捧げる藤戸の様子を見ることができる。これは木と密接な関係を持つアイヌ特有の感覚から来ており、ドキュメンタリー内では藤戸が木から「命をいただいている」という感覚が強いことを明かしている。命を借りて、命ある者たちの姿を生み出してきた藤戸。生命あるものの厳しさ、優しさ、強さなどが共存する様はぜひ会場で見てほしい。

Chiaki Noji

Chiaki Noji. 2019年12月よりTokyo Art Beat / Editor in Chief。Twitter:@nojichiaki ≫ 他の記事

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