彫刻家・三沢厚彦が千葉市美術館で生み出す来館者とアーティストのコラボレーション。個展「ANIMALS/Multi-dimensions」と「つくりかけラボ」について聞く

三沢厚彦 「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」会場にて 撮影:編集部

木彫による具象彫刻を牽引するアーティスト、三沢厚彦の個展

日本を代表する彫刻家の個展「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」千葉市美術館で9月10日まで開催されている。1990年代の初期未発表作から最新作まで、約260点の彫刻と絵画が一堂に会する展覧会だ。企画担当は同館学芸員の森啓輔。

「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」 提供:千葉市美術館

三沢厚彦は1961年京都府生まれ。樟(クスノキ)で動物を彫り油絵具で彩色する代表的なシリーズ「ANIMALS(アニマルズ)」は、動物のリアリティを追求した革新的な造形で高く評価され、日本各地で展示を重ねてきた。

本展では「多次元/Multi-dimensions」というテーマのもと、アニマルズたちが千葉市美術館に大集合。ポイントは、美術館全体が展示会場として使われていることだ。作家は大谷幸夫(1924〜2013)の設計による千葉市美術館の特性を丹念に読み込み、建築と対話するように作品を配置することで魅力的な展示空間を生み出している。

1階 さや堂ホールの様子 提供:千葉市美術館

1995年に千葉市中心市街地の一角に中央区役所との複合施設として開館した千葉市美術館は、2020年に建物すべてを美術館として拡張リニューアルオープン。こうした成り立ちから、11階建てのビルの7、8階に企画展示室があるという、美術館としてはちょっと珍しい構造を持つ。1階のさや堂ホールは、市指定文化財である旧川崎銀行千葉支店を保存・修復したもので、8本の円柱が並ぶネオ・ルネサンス様式の美しい空間だ。本展ではこのさや堂ホール含む1階から、4、5階、そしてメイン会場となる7、8階など様々な場所で、「アニマルズ」たちと出会うことができる。

「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」 提供:千葉市美術館
「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」 提供:千葉市美術館

「アニマルズ」はこれまで複数の美術館で展示されてきたが、本展では工夫が凝らされた空間を探検するように歩き、そこで1体1体個性豊かな動物に遭遇するという、これまでにない鑑賞体験が提示されている。

そして展示室には三沢のアトリエも出現。会期中この場所で三沢自身が制作することもあるといい、臨場感のある雰囲気が楽しい。作りかけの作品や道具、愛する音楽にまつわるもの、三沢が所蔵する絵画や彫刻なども置かれているので、思わず隅々まで見てしまう。

「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」 提供:千葉市美術館

多次元とキメラ

ところで、今回のテーマ「多次元」にはどういう意味が込められているのだろうか。三沢は言う。

「作品の面で言うと、プランの段階を経て作品になり、それが美術館に来て、見てくれる人とのあいだに関係性が生まれる。こうした流動的ななかで見た人に何かを持ち帰ってもらうことで、多様なバイブレーションが予測不能に広がっていくという感覚がありました。

また千葉市美術館については、建築家の大谷さんも多次元性のようなものを意識されていたのではないかと思ったんです。もともと区役所としての機能を備えていたり、さや堂ホールがあったり、いろんな性質の空間が美術館のなかにある。この建築が経験してきたいくつもの時代性を取り入れながら、いまの時代にこの場所をどのように生成するかということを考えました」

様々な性質がひとつの建築/ボディのなかにあるというイメージは、三沢が近年取り組んでいる「キメラ」に通じる。

「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」 提供:千葉市美術館

「キメラはDNAが異なる者たちが同じボディを共有していますが、本当だったら生命の存続はかなり危ういですよね。仲が良いわけではないけど一瞬一瞬を共有している、そういう状態を象徴する存在として面白いと思います。

現代においてキメラのことを考えるのはなぜかというと、ひとつには自然環境の変化があります。温暖化が進んで永久凍土が溶け出しているとか。僕の倉庫の近くにある川も、いままではなかったのにここ最近は氾濫して増水するということがありました。こういう環境の変化のなかで、『人間がいちばん進化している』というような人間中心的ではない方法で世界を考える必要があると思います。あるひとつの考えだけに向かってしまうと、もうこの世界は終わってしまうのではないか。もしかしたら古代においてキメラの存在をリアルに考えた人たちも、そういうふうに世界をとらえていたのかもしれません」

三沢厚彦 「三沢厚彦 ANIMALS/Multi-dimensions」会場にて 撮影:編集部

「つくりかけラボ」:アーティストと参加者がともに生成する空間

千葉市美術館では体験・学びのためのプログラムとして、「つくりかけラボ」を実施している。個展の期間と重なる7月14日〜10月15日には、4階子どもアトリエでも三沢厚彦が中心となるプロジェクト「つくりかけラボ12 三沢厚彦|コネクションズ 空洞をうめる」が開催中だ。

「つくりかけラボ12 三沢厚彦|コネクションズ 空洞をうめる」 提供:千葉市美術館

「つくりかけラボ」は、「五感でたのしむ」「素材にふれる」「コミュニケーションがはじまる」という3つのテーマを軸に、アーティストが滞在制作をし、ラボの空間に合わせ、訪れた人々と関わりながら新作インスタレーションを制作するプログラム。滞在制作が終わった後も、観客がラボに参加することで空間が常に変化し続ける、クリエイティブな「つくりかけ」の状態を創造することを掲げている。観覧料は無料で、開室中であれば誰でも参加することができる。

「つくりかけラボ12 三沢厚彦|コネクションズ 空洞をうめる」 提供:千葉市美術館

今回三沢は「コネクションズ」と題し、アーティストの志村信裕、八木良太、大山エンリコイサム、そしてキュレーターの中野仁詞に声をかけ、ともに千葉の街から着想を得たプロジェクトを展開している。

筆者が取材で訪れた7月20日、子どもアトリエには三沢によって作られたS字状の構造物「S字ジェッティ」が設置され、その上には参加者が制作したユニークな作品が並んでいた。

参加の仕方は簡単。まずアトリエに来たら、木彫を制作する際に出た木っ端が入口付近に積まれているので、そこから好きなものを選ぶ。それらを両面テープでくっつけ、絵具で着色して作品を作ることができる。S字ジェッティのどこに作品を置くかも参加者に委ねられているので、低い場所や高い場所、橋桁にくっつけたりと、個性が光る。美術館の広報担当者によると「お子さんはもちろん、大人の方も集中して作っていかれます」という。

「つくりかけラボ12 三沢厚彦|コネクションズ 空洞をうめる」 提供:千葉市美術館
「つくりかけラボ12 三沢厚彦|コネクションズ 空洞をうめる」 撮影:編集部

アトリエにはまた、「志村さん 光」などの張り紙があり、会期中ここにコネクションズのメンバーによる作品が追加されていくことが見て取れた(8月1日、志村信裕による作品が設置された)。また参加者が作品作りをする机と椅子が並ぶ通路の奥には、三沢が滞在制作を行うデスクもある。アーティストと参加者が一緒になって空間を生成するコラボレーション。これもある意味「キメラ」的な状態だと言えるかもしれない。「つくりかけラボ」という名前の通り、この場所はつねに作り変えられアップデートを重ねていくのだ。

「僕のここでの立ち位置は、インフラを作って皆さんのアシスタントをやるっていうこと」と三沢は言う。三沢が用意した土台に、アーティストや参加者が反応し、手を加え、それにまた三沢が応答する。自身でも予測ができない“進行形”の状態を、三沢は「面白い」と語る。

関連イベントやワークショップが充実しているのも嬉しいポイント。

8月11〜13日「八木良太 公開制作」、8月13日「八木良太《Vinyl》上演」、9月18日志村信裕ワークショップ「影を集める」に加え、9月3日13:30〜15:30には「三沢さんといっしょに粘土で〇〇をつくってみよう!」というワークショップも開催予定だ(詳細や申し込みはこちら)。

「つくりかけラボ12 三沢厚彦|コネクションズ 空洞をうめる」 提供:千葉市美術館

「空洞」をポジティブにとらえる

「つくりかけラボ」の内容を考えるにあたって、三沢は美術館がある千葉の街を歩いて観察することから始めたという。そこで思い当たったのが「空洞」というイメージだった。

「美術館があるこのあたりはとても便利でいい場所ですが、千葉駅のあたりから歩いていると、更地やコインパーキングがたくさんあるなと気づきました。時代の変化や人々の流動によって都市が空洞化していく。そこで、空洞をネガティブなものとしてだけではなくポジティブに考えてみたいと思いました。『空洞をうめる』というタイトルには、『埋める』と『生める』のふたつの意味をこめています。

S字ジェッティは、S字の内側が空洞になっているけど、それに沿って進むと今度は外側に出ますよね。内側であり外側でもある、そういう両義性も意識しました。建築家・大谷さんの設計思想のなかに『中庭』が重要なものとしてあり、中庭のイメージも面白いと思って参考にしています」

三沢が千葉の街を歩きながら面白いと思って撮影した風景の写真をいくつか見せてもらった。ずっと使われていない駐車場に木の葉が吹き溜まっている様子。古い家屋の壁一面を蔦が覆って青々としている様子。廃業した商店のウィンドウにアジア各地の人形がなんとも言えない風情で並んでいる様子。「空洞」になったことで生まれた、気になる景色たち。なかでも印象的な1枚がこれだ。

撮影:三沢厚彦

「これね、公園で撮ったんですけど、たぶん地面のブロックが取れたんでしょうね。だけど同じブロックを置かないで、コンクリートが流してある。そこに鳥が飛んできて、ちょんちょんちょんと歩いたんでしょう。この足跡、いいですよね。これを見たとき、素晴らしいな、これが空洞をうめるってことだなと思いました。空洞から何か違うものが生まれてくる、そんな姿です。

つくりかけラボも、始まったばかりですが早速すごくポジティブな空間になっています。すでにたくさん作品が置かれているので、この後また新しいスペースを作るかもしれない。参加してくれる方がいるので、僕も最大限いいものにしたいと思っています」

「つくりかけラボ12 三沢厚彦|コネクションズ 空洞をうめる」 撮影:編集部

いま、様々なところで「美術館を開く」ことが課題となっている。それは、美術館が作品の収集・保存・展示だけでなく、より多様な方法で来館者や地域とつながり、一方的ではない多方向的な学びの場として機能することを目指すものだ。より豊かな公共性や、人と人との関係性、そして一人ひとりの創造性を育む場としての、新しい美術館の在り方が問われているとも言える。このようななかにあって、「つくりかけラボ」は、この課題に取り組む非常に充実した実践を行なっていると感じた。

なお、つくりかけラボは今後も楽しみなラインナップが決定している。10月28日〜2024年1月28日開催の「つくりかけラボ13 黑田菜月 | 野鳥観察日和」では、写真家の黑田菜月を迎え、野鳥観察をキーワードに「見る」ことを考えるプロジェクトを開催。会期中は野鳥観察やディスカッションなどを行うワークショップも予定されている。その次は「つくりかけラボ14 荒井恵子」で2024年2月14日〜5月26日開催予定。詳しい内容と参加方法はホームページを確認してほしい。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。