愛知県陶磁美術館(瀬戸市)で特別展「ホモ・ファーベルの断片—人とものづくりの未来—」が10月2日まで開催されている。開催中の国際芸術祭「あいち2022」(10月10日まで)の連携企画事業。東海地域(愛知・岐阜・三重)ゆかりの気鋭の作家36名が、野外を含め広大な敷地の各所で作品を展示する大規模な現代陶芸展だ。
古来、豊富な天然資源を有し、様々な種類のやきものを生み出してきた東海地域。たとえば「六古窯」(ろっこよう)と呼ばれる中世から続く有力な窯場は、同館がある瀬戸や今回の国際芸術祭あいち2022の会場に選ばれた常滑が含まれている。日本を代表する陶磁専門ミュージアムで地域や作家と連携しながら多彩な活動を展開してきた同館が、満を持して国内外に発信するのが本展となる。
展覧会タイトルの「ホモ・ファーベル」(工作人)は、フランスの哲学者アンリ=ルイ・ベルクソンが定義した言葉。人間の知性の本質を、道具のための道具を製作し、あるいは製作に変化をこらしていく能力にあると指摘し、その創造性をもつ人をそう呼んだ。本展は、現代陶芸を作り手の自由な意思に基づく造形行為で、時代をも映す「ホモ・ファーベルの断片」ととらえ、多様性に満ちた作品群を通して人とものづくりの関係を再考するものだ。
展覧会は3章構成。それぞれ制作に用いられる「素材」、造形に駆使される「技」、形成されてきた「場」に焦点を当てる。
第1章「創造の源泉―素材―」は、まず創造の前提になる素材に着目する。現代陶芸において、土や釉薬など素材が潜在的に持つ性質を探求することは、表現のために欠かせない要素になっている。最終段階で行われる焼成も、何を使いどのように焼くかは作品を左右するので、重要な「素材」と言えるだろう。
本章では土や釉薬の性質、または焼成との密なかかわりのなかで生み出された作品が並ぶ。多種多様な表現は、大地に根差すやきものの魅力と、現代陶芸の限りない可能性を感じさせてくれそうだ。出品作家は、植松永次、奥直子、加藤清之、桑田卓郎、柴田眞理子、田中陽子、田中良和、横田典子、吉川正道、渡邉太一郎の10名(出品作家名は展示順、敬称略、以下同)。
第2章「ars(アルス)―技法・技術―」では、現代陶芸の創造性を支える「技」に焦点を当てる。陶芸の「技」といえば、一般的に人間国宝(重要無形文化財保持者)ら個人が習得した伝統技法と思われがちだが、産業の要請で生み出されて各時代を牽引してきた窯業技術の側面もある。本章ではタイトルにart(芸術)の語源であるラテン語のars(技)を掲げ、個人の技と産業技術の両面、あるいは両方が複合的に存在している表現を紹介する。
第2章の会場では東海地域に根ざす技法を用いた表現を展望するほか、石膏型の鋳込み成形を用いた作品、デジタル技術やプロダクトデザインの視点を導入した造形など、新しい技術や手法を駆使したものが並ぶ。出品作家は、伊藤雅風、伊藤秀人、井戸真伸、小形こず恵、加藤孝造、清水潤、鈴木藏、鈴木徹、田上知之介、樽田裕史、長江重和、林恭助、前田正剛、松永圭太、水野教雄、森克徳、山浦陽介の17名。
やきものと土地固有の地域性は切り離せない関係にあり、街の風景やコミュニティも醸成してきた。たとえば瀬戸の赤津瓦や陶壁、常滑の土管や耐酸瓶を使った塀。どれも暮らしに溶け込んだ、やきものの街ならではの風景といえるだろう。一方で、時代の流れとともに全国的に街が均質化し、そうした地域性は薄れつつある現実もある。
第3章「場―記憶・原風景」は、そうした街の原風景に人々の記憶なども含め注目。地域性とつながりを持ちながら制作する作家、原風景や記憶を紡ぎ出す作品を紹介する。出品作家は、安藤正子、伊藤慶二、岩村遠、内田鋼一、川田知志、酒井智也、戸田守宣、中田ナオト、松藤孝一の9名。
本館ロビーでは、室町~江戸時代後期の陶製狛犬のインスタレーション展示も実施。地域が歴史的に生み出してきた古陶磁と、伝統を引き継ぎつつ変化を遂げている現代陶芸の共演も見どころになっている。
「STILL ALIVE」をテーマに、名古屋市や常滑市などを主会場として開催中の国際芸術祭「あいち2022」は、現代アートの視点から愛知の伝統産業を再考するのも狙いのひとつ。地域の人とものづくりの関係性を再考し、世界へ発信する目的で企画された本展は、現代陶芸のもつ表現の多元性や多様性、社会的・産業的な事象との連続性を感じ取ることができる。芸術祭を訪れる人は、国際的にも注目される「日本の現代陶芸のいま」を併せてぜひ目撃してほしい。
*国際芸術祭「あいち2022」4会場ごとのレポートはこちら