公開日:2023年12月2日

アート界影響力ランキング「Power 100」、2023年の1位はナン・ゴールディン。日本からは片岡真実、蜷川敦子

美術雑誌『ArtReview』が毎年発表している、アート界での影響力ランキング「Power 100」、2023年版が発表

ナン・ゴールディン 『All the beauty and the Bloodshed』(2022)スチルより Courtesy of Mad Men Films.

アート界の影響力ランキング「Power 100」

毎年恒例のアート界でもっとも影響力のある100組をランキングで発表する「Power 100」の2023年版が発表された。イギリスの現代美術雑誌『ArtReview』が2002年から毎年発表しており、全世界のアート界の識者から匿名で寄せられた意見をもとに、この12ヶ月間に現代アートの発展に貢献した100組をリストアップする。

1位はナン・ゴールディン

2023年の1位には、アメリカのアーティスト、ナン・ゴールディンが選ばれた。

ここ数年の1位を振り返ると、2022年は「ドクメンタ15」で芸術監督を務めたインドネシアのアート・コレクティヴ「ルアンルパ」、2021年は「ERC-721」(NFT[非代替トークン]の取り扱いをするための規格)、2020年は「Black Lives Matter」、2019年はグレン・D・ロウリー(ニューヨーク近代美術館館長)、2018年はデイヴィッド・ツヴィルナー(ギャラリスト)、2017年はヒト・シュタイエル(映画監督、作家、批評家)となっているので、単独のアーティストが選ばれるのはシュタイエル以来。ちなみにシュタイエルはこの23年も2位に選ばれている。

1970年代から写真家として頭角を表し、ドラッグ、セックス、バイオレンスといった70〜80年代のサブカルチャーを写した「性的依存のバラード」でよく知られるナン・ゴールディンは、80年代以降はエイズ危機、そして近年はオピオイド中毒の問題に取り組んできた。

自身が手術の際に鎮静剤として処方されたことをきっかけにオピオイド中毒となったゴールディンは、「P.A.I.N.」(Prescription Addiction Intervention Now)という団体を設立。オピオイドの普及の元凶であるサックラー一族の責任を追求すべく、寄付を受けていたメトロポリタン美術館などの美術館に対し抗議活動を行い、複数の美術館がサックラー一族との関係を解消した。

こうしたゴールディンのアーティストとしての歩みとオピオイド危機に対する戦いを、ローラ・ポイトラス監督がドキュメンタリー映画『All the Beauty and the Bloodshed』(2022)で描き出し、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞、アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にもノミネートされた。社会的な危機に対し倫理的な声をあげるアーティストとして、ゴールディンの存在感はますます高まっている。

また「Power 100」の選定コメントでは、今年10月以降、戦闘が激化しているパレスチナとイスラエルの衝突を受けて、ゴールディンがコレクター、ギャラリーらの圧力に負けず、パレスチナのために声を上げてきたことにも言及。「ゴールディンにとって、アーティストは怒りを表現するだけでなく、それを変革のための行動に移すことが重要なのだ。彼女にとってアートとは、『自分には主体性がない』と言われ続ける世界で、自分には主体性があることを気づかせてくれるメディアなのだ」と締めくくっている。

ブラック・アートへの注目とパレスチナ・イスラエル問題

2位は前述の通り、2013年以降の上位常連であるドイツのヒト・シュタイエル

3位はタイのアーティスト、リクリットティラヴァーニャが選出。ティラバーニャは12月開幕の「タイランド・ビエンナーレ チェンライ 2023」において、クリッティヤー・カーウィーウォンと共同で芸術監督を務める。

4位は2022年のヴェネチア・ビエンナーレで金獅子賞を受賞した、アメリカの彫刻家シモーヌ・リー

シモーヌ・リー Black House 2019

アイザック・ジュリアン(5位)、スティーヴ・マックイーン(8位)、リネット・イアダム・ボアキエ(47位)などイギリスのブラック・アーティストたちが多くランクインしているのも近年の美術界の潮流を表していると言えるだろう。ブラック・フェミニズムとの関わりで言えば、日本でも『フェミニスト・キルジョイ』が去年翻訳出版された研究者、アクティビストのサラ・アーメッドも21年から3年連続でランクインしている(26位)。

TABではこれまでブラック・アートに関する記事を公開しているので、この機会に改めて紹介したい。

リネッテ・イアドム・ボアキエの個展「Fly In League With The Night」(テート・ブリテン、2020)の展示風景。左が《数々の気がかりなこと》(2010) Photo: Tate(Seraphina Neville)

また、ナン・ゴールディンのところでも触れたが、パレスチナとイスラエルの問題がアート界に与えるインパクトもリストには反映されている。

たとえばフォレンジックアーキテクチャー(13位)は人権をテーマに活動する、建築家、アーティスト、ジャーナリスト、弁護士らによるグループ。以前よりパレスチナにおける人道的危機にアプローチしており、ガザ地区のアル・アハリ病院での爆発に関しても親パレスチナNGOやイギリスのチャンネル4ニュースにモデリングを提供するなどしていた。

また哲学者でクィア理論の代表的な思想家であるジュディス・バトラー(44位)についても、パレスチナとイスラエルの問題に関する独自の意見を主張していることについて「Power 100」内で言及されている。

日本でいま・これから見られるアーティスト

日本からは、森美術館館長で、今年設立された「国立アートリサーチセンター」のセンター長に就任した片岡真実が64位。Take Ninagawaの代表で、「アートウィーク東京」の共同設立者である蜷川敦子が93位に付けている。

7位にランクインしているシアスター・ゲイツは、来年森美術館で個展を開催予定だ。「あいち 2022」での展示も好評だったので、来年の個展には期待が高まる。

[Image: Theaster Gates "The Listening House" (2022) Installation view: Aichi Triennale 2022 Photo: ToLoLo studio]

同じく森美術館で現在開催中の「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」展に出品しているアグネス・デネスが初登場で50位に入っている。

デネスは1960年代から活躍する、エコロジーやフェミニズムの領域に関わる代表的なアーティストだ。長いキャリアのあるベテラン作家だが、現在アート界にとっても喫緊の課題だと考えられているエコロジーというテーマにおいて、その作品や活動が現代的なものとして改めて見直されていると言えるだろう。「Power 100」の説明では、デネスが出品したTOTOギャラリー・間(東京)での「How is Life?——地球と生きるためのデザイン」展についても言及されている。

会場風景より、アグネス・デネス《小麦畑ー対決:バッテリー・パーク埋立地、ダウンタウン・マンハッタン》(1982)

36位のフール・アル・カシミは「あいち2025」で芸術監督を務める。アラブ首長国連邦をはじめ中東、そして世界中のアートをつなぐ支援者として、2009年にシャルジャ美術財団を設立。2023年の第15回シャルジャ・ビエンナーレにおけるキュレーターとしての仕事も高く評価された。

また2021年にオープンした香港の巨大ミュージアム「M+」を率いるスハーニャ・ラフェル(ディレクター)とドリョン・チョン(チーフキュレーター)が17位となっている。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。