サエボーグ、津田道子の個展を開催。「Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞記念展」(東京都現代美術館)レポート

国内外で注目されるふたりの現代アーティストの展覧会が、7月7日まで入場無料で開催中。作家のコメントとともにレポートをお届け。

左から、サエボーグ、津田道子 会場にて 撮影:坂本理

2作家の個展を開催する「Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞記念展」

東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)が2018年より実施する現代美術の賞「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)」。中堅アーティストのさらなる飛躍をサポートするために創設された本賞の第4回を受賞したサエボーグ津田道子受賞記念展が、東京都現代美術館で開催中だ。会期は3月30日〜7月7日

左から、サエボーグ、津田道子 会場にて 撮影:坂本理

TCAAは複数年にわたる継続的な支援が特徴で、受賞者は受賞記念展の開催のほか、賞金300万円と海外での活動支援、国内外での発信に活用できるバイリンガルのモノグラフ(作品集)の作成の機会が授与される。これまで、風間サチコ、下道基行、藤井光、山城知佳子、志賀理江子、竹内公太が受賞し、今年1月には第5回「TCAA 2024-2026」の受賞者として梅田哲也、呉夏枝が発表された。

今回の受賞記念展は、同館3階を会場に2作家がそれぞれ支援を受けて制作した新作を中心とする個展を開催。アーティストの創造性が発揮された展覧会が入場料無料で鑑賞できるのは、アートファンにとっても嬉しいポイントだ。

サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」

サエボーグは1981年富⼭県⽣まれ、東京都在住。半分人間で、半分玩具の不完全なサイボーグとして、人工的であることによって、性別や年齢などを超越できるととらえるラテックス製のボディスーツを自作。それを自身やパフォーマーが着用して行うパフォーマンスや、インスタレーションを国内外で展開する。

サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」会場風景 撮影:坂本理
サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」会場風景 撮影:坂本理

今回の発表した新作《I WAS MADE FOR LOVING YOU》(2023-24)は、「あいちトリエンナーレ2019 情の時代」で発表したパフォーマンス『House of L』に連なる新作。家畜の有り様に関心を持ち続けてきた作家は、これまでブタやウシなど産業動物をラテックス製のボディスーツで表現してきたが、今回はが登場。愛玩動物であるペットもまた家畜だ。

サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」会場風景 撮影:坂本理

「家畜の定義には人間が生殖をコントロールするというものがあります。また(今回の展示空間に出現させた)『家』は人間生活全般に関わるサンクチュアリであり、同時に潜在的な暴力が存在する両義的な空間だと思っています。これまで屠殺などを扱ってきた家畜シリーズを今回は一歩進めて、より繊細なテーマとして人間と動物、家畜とペットの境目に迫り、生政治に内包される情動について考えたいと思いました。それはエモーション(感情)やアフェクション(愛情、愛着、恋慕)に関わるものです」(サエボーグ)。

展覧室に足を踏み入れるとドールハウスのような空間が広がり、そのかわいさと裏腹の異様さ、巨大なフンや群がるハエなどに目を奪われる。奥へ進むとどこかSF的な空間が広がり、中央の円形台座に犬「サエドッグ」(のボディスーツを纏ったパフォーマー)がいる。

サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」会場風景 撮影:坂本理

近寄ってみると、こちらに気づいた犬は、愛嬌を振り撒いているのか何かを訴えているのか、確かにこちらを見て身を揺らしている。頭を撫でたり、お手をしたり、「可愛いね〜」と声をかける人もいれば、遠巻きに眺める人もいる。

気になるのは、この犬が涙を流していること。潤んだ目で「きゅ〜ん」と上目遣いをされると、「かわいそう」なのが「可愛い」というような、罪悪感まじりの複雑な感情が喚起された。

サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」会場風景 撮影:坂本理

「弱さは人の心に揺さぶりをかける」とサエボーグは言う。参考にした作品としてディズニー映画の『ダンボ』をあげながら、母親と引き裂かれて涙を流すダンボのように、可愛らしく慈悲の気持ちを呼ぶデザインを今回の犬で目指したという。

「私が飼っていた猫が去年亡くなってしまって。大往生だったんですが、最後は少しでも延命させようと毎日点滴を打ったりしました。猫は痛くて鳴いているし、かわいそうで、私のエゴだとわかりながらそれでも生きてほしいと思ってしまう。私は猫にたくさんケアしてもらってきて、それに対して私は彼女に何かしてあげられたのだろうか。これまで作品でジェンダーをテーマに扱い、女性であることやドメスティック・バイオレンスについても考えてきましたが、自分がペットにやっていること、そこには強制的な避妊という生殖のコントロールも含まれますが——それはDVのような暴力とどう違うのかという罪悪感も持ち続けてきました。でも、そうしたコントロールなしでは家畜という存在は生きられません」(サエボーグ)。

サエボーグ「I WAS MADE FOR LOVING YOU」会場風景 撮影:坂本理

作品を作っても、亡き愛猫への気持ちに解決や浄化はないと語る作家。ペットとの感情的な交わりと、生活を共にするうえで生じる倫理的葛藤は、多くの鑑賞者にも伝播し、心を揺さぶるのではないだろうか。

なお、今回の受賞に伴い、海外での滞在・調査活動への支援を受け、各地でリサーチを行ったという作家。印象深い経験としてオックスフォードでのマリーナ・アブラモビッチの個展について話してくれた。そこでは、設置された門状の作品から“オーラ”を浴びるという鮮烈な体験をし、アブラモビッチによる錬金術のような「人の内面から湧き上がる感情やエネルギーを使う力」に影響を受けたという。

「ストリップ劇場のようにも教会のようにも見える場所で、この犬が(来場者の)みんなとどのような情動的な関係を結べるかにフォーカスしています」(サエボーグ)。ここでは鑑賞者や犬たちからどんな感情やオーラが溢れ、交差する空間になるのか。訪れた人ごとに、様々な体験が得られるはずだ。

サエボーグ 会場にて 撮影:坂本理

*犬の着ぐるみは金土日はつねに展示室に在中し、火水木は11:00〜12:00 、14:00〜16:00に在中予定。ただし都合により変更の可能性あり。最新情報は会場の掲示、または作家のSNSを確認してほしい。

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」

津田道子は1980年神奈川県生まれ、石川県在住。映像メディアの特性を探り利用するインスタレーションやパフォーマンスなど多様な形態での作品制作を行う。映像装置とシンプルな構造物を配置した作品空間は、鑑賞者の知覚や身体感覚にも作用し、気づきを与える。2016年からはパフォーマンス・ユニット「乳歯」として、小津安二郎の映画作品における登場人物の動きを詳細に分析し、そこに内在する人との距離や、女性の役割に関する問題を可視化するパフォーマンスを展開してきた。

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」より《カメラさん、こんにちは》(2024) 撮影:坂本理 

これまで津田の作品には、何かをずらしたりちょっとした作用を加えることで「映像」というメディアそのものに迫るような、クールで洗練された印象を抱いていた。しかし今回発表された新作《カメラさん、こんにちは》(2024)は、かつてなくエモーショナルな側面が強く感じられ、新鮮な驚きがあった。

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」より《カメラさん、こんにちは》(2024) 撮影:坂本理 

その大きな理由には、本作が作家とその家族の個人的な記録に基づいていることがあるだろう。展示室にはキッチンとダイニングテーブル、椅子が置かれたセットと、12本の映像が映し出されるモニターが壁に設置されている。映像はすべて同じ脚本をもとに異なる俳優・配役によって演じられる。脚本のもとになったのは、1988年、作家の幼少期にビデオカメラが初めて家に来た際に撮影されたホームビデオだ。ビデオカメラが撮影を開始したことを知らせるライトの点灯に気づいた子供(当時8歳の作家)が「あ、ついた」と発するところから始まる、カメラテストのような家族のワンシーン。映像を使うアーティストの、ビデオカメラとの出会いの瞬間であることを思えばそれだけでワクワクするが、ここで繰り広げられる子供とその両親の数分のやりとりには、現在の視点から見ると図らずも象徴的に感じられる場面があり、引き込まれる。

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」より《カメラさん、こんにちは》(2024) 撮影:坂本理 

「28歳だった2008年にこのホームビデオの映像を見つけて、いつか作品にしようとデジタル化したのですが、その後この映像とどう向き合っていいのかわからずうまく作品化できずにいました。15年ほど経ち、いまがそのときかと思えました。受賞のタイミングがコロナ禍と重なり、私も生活や仕事の仕方を変え、スポーツを始めて身体との向き合い方も変化した。そうしたことから、いちばん身近な自分の身体や、いちばん身近な社会である家族について、じっくり考えてみようと思いました」(津田)。

スポーツを始めたことと本作の関係について聞くと、「ランニングを始めたことで、これまで以上に身体性に踏み込めるようになった」という作家。

「スポーツをしていると『思っているように走れない』ということがあったりして、ではどうすればいいかと動かし方を変えてみたりして、自分自身の身体を対象として見るようになったんです。あとは、新しい土地に行ったときに街中をランニングして気づいたことで、その土地や国特有の振る舞いを客観的に観察することができて、街の中にいながらそこに根付くルールから外れた存在になれるという感覚がありました。走ったり身体を作ったりして、身体に向き合うことはその土地のルールから外れられる「レジスタンス」につながると思っています。そうした経験は、本作に活かされていると思います。もとの映像を作品化したいと何年も考えていましたが、子供の頃の自分の姿や当時の父や母の姿を見続けるのは、恥ずかしさやしんどさも感じるタフな作業で、なかなか進まなかった。でもスポーツの経験を経てそうした感覚はだいぶなくなり、過去の自分や両親をいまの自分とは切り離して見られるようになりました」(津田)。

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」より《カメラさん、こんにちは》(2024) 撮影:坂本理 

オーディションによって選ばれた様々な性別や年齢、国籍や言語を持つ12名の俳優が、映像ごとに子、父、母を入れ替えて演じる。たとえば最初に父を演じた男性の俳優が、次の映像では子を演じるなどポジションが変わることで、同じ脚本でも映像の長さや家族間の雰囲気に違いが出て、「いろんな家族が立ち上がる」(津田)。その様子は、現在における多様な家族の在り方も想起させる。作家が研究を行う小津安二郎作品に登場する家族のシーンで、しばしば家父長制を象徴するように父が中心に据えられた画面と、比較してみても面白いだろう。

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」より《カメラさん、こんにちは》(2024) 撮影:坂本理 

実際、本作では、登場人物たちが「中心」という言葉を口にするのも示唆的だ。カメラを入手してきた父親が最初はその場の中心として振る舞っているが、そこに子が割って入ったり、母にフォーカスが当たったりと変化していく。子は父の膝の上に乗っておしゃべりするなどふたりは親密だが、その輪から外れたような母は始終不機嫌そうで、カメラの中心が自分に向いたときにわずかに佇まいが変化する。「本作の主人公をあえて言うなら母かなと思います」と津田。家族という最小単位の社会的集団におけるコミュニケーションやシステムへの、作家の関心がうかがえる。また本展入口には、作家と母、祖母が出演する過去作が展示されており、当時から家族やその中の女性たちの関係を作品で扱いたいと考えていた片鱗が見える。

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」より《カメラさん、こんにちは》(2024) 撮影:坂本理 

会場では、作品の中に鑑賞者が入るインタラクティブな体験も味わえる。ダイニングのセットの中に入るとカメラがその姿をとらえ、その前の壁に映し出される家族の映像に鑑賞者の姿がオーバーラップする。

「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」という展覧会タイトルについては、「ホームビデオの映像を改めて見たときに、この映像が先にあって、私の人生はその後に遅れてやってきたものだと考えてみよう、と思いました。また映像の技術としてディレイというものがあり、その言葉をLifeとつなげてみた。このタイトルにした意味を、後から考えてみようという思いもある」(津田)。本展では、このディレイの効果を利用した作品や、日常的な振る舞いに焦点を当てた映像インスタレーションも展示されている。

津田道子「Life is Delaying 人生はちょっと遅れてくる」より《生活の条件》(2024) 撮影:坂本理 
津田道子 会場にて 撮影:坂本理 

今回受賞した両作家は異なる個性を持っているものの、それぞれジェンダーに関する問題意識を制作に組み込んできたこともあり、両展示には「家」やペットを含む家族、そこで交わされる感情や、それらを取り巻くシステムへの批評的な視点が感じられたのが面白かった。国内外で活躍する注目の中堅アーティストの作家性を十分に感じられる規模の展覧会が美術館で開催されるのは貴重な機会。ぜひ多くの人に足を運んでほしい。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集。音楽誌や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より現職。