
青木淳 撮影:橋口天姫子
建築家の青木淳(1956〜)と美術家のリチャード・タトル(1941〜)による二人展「ほぼ空、青木淳+リチャード・タトル」は、会場の東京オペラシティアートギャラリーの空間そのものを展示するような展覧会だ。柱頭を持つ白い円柱、モミの木の枝が入るバスケット、薄紙が連なる色の帯(ストライプ)。この3つの要素が繰り返し会場に現れ、鑑賞者は見上げるようにして様々な表情を持つ美術館空間を巡る。通常とは異なる空間の使い方も特徴。本展では企画展示室や収蔵品展示室(寺田小太郎メモリアルギャラリー)、ミュージアムショップの場所や枠組みを一時的に組み替えて、空間全体を編成し直している。
青森県立美術館や京都市京セラ美術館(西澤徹夫との共同設計)などの設計で知られ、2019年から京都市京セラ美術館の館長も務める青木。ニューヨークとニューメキシコを拠点に活動し、ポスト・ミニマリズムの代表的作家として知られるタトル。日本と米国を代表する建築家と美術家のふたりのコラボレーションが実現した展覧会はどのように作られたのか。本展の会場で青木に話を聞いた。
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──最初に白状しますと、開幕翌日に私は「ほぼ、空」展を予備知識なく訪れ、2時間近く会場で過ごしました。柱やバスケットを仰ぎ見ながら歩き回り、美術館が収蔵する野又穫さんの絵画を心ゆくまで鑑賞し、展示室内のベンチで休んで、日常の感覚が洗われるような気持ちが良いひとときでした。
青木淳(以下、青木):それはよかったです。

──本展について様々な感想や解釈が届いていると思います。とくに印象的な反応はありますか?
青木:意外だったのは、普通は二人展ならどちらの作家がどの作品を作ったかといった、区別のようなものを気にして会場をご覧になる方が多いと思うんですが、そうした反応が「ほぼ、空」展はほとんどないことです。本展についての記事やSNSの投稿を見ても、あまり区別を感じません。タトルさんと私の一体的な展覧会として見ていただけている感じがして、それは嬉しいことです。
2週間ずっと一緒に作業をしたタトルさんも、会場設営の最終日に同じような感想を私に伝えてくれました。どこを自分が作り、どの部分は青木さんが手がけたかはもう分からない、と。
──ふたりの一体的な展覧会が最初から目標でしたか?
青木:それは理想的だと思っていたけれど、なかなか難しいことですね。美術家と建築家のコラボレーションは、美術家は作品を作り、建築家は作品の配置や会場構成を担当するのが一般的です。ただ今回は最初からタトルさんに協働しようと言われ、でもそうなると建築家の私は何をするのかよく考える必要があった。


──実際はどうなりましたか?
青木:タトルさんとふたりで会場を作りました。アプローチが違うだけで、作業自体は話し合いながら一緒に作り上げました。ただ、立脚点が違うんですね。アーティストとしてのものの見え方と、建築家としてのものの見え方は違う。今回の展覧会は、その交差点があったということだと思います。
タトルさんとは10年ほど前に初めてお会いし、その後も何回かお目にかかる機会がありました。私はもともとタトルさんの作品が好きだったし、親近感を──自分とまったく違うことをしている方だけど、できあがった作品を見ると「どうしてこれを作品にしたいのか」という気持ちがなんとなく理解できるという意味で──持っていました。
タトルさんの作品の多くは、最小限の要素で作られ、手数も少なく、素材も日常的なそこらのものを使って、それらがある「在り方」を生み出しています。その在り方は何にも似ていなくて、ひとつの意味に収束することなく、いろいろなものに見えます。多義的な見え方をする彼の作品は、鑑賞者にとって意味が開かれていると言えます。それは一種の自由だし、私はそこに解放されるような心地よさを感じます。
自分も建築を作るとき、そういう空間ができたらいいなと思っています。「こう感じてほしい」という意味を派生させるのではなく、日によって、あるいは体験する人の気持ちによって、見え方や使い方が様々に変わる空間がベストだと考えています。それを私は「はらっぱ」と呼んでいるのですが、意味が固定されないあらゆる人に開かれた空間を目指しているので、タトルさんとは交差するところがあるのではという期待を持っていました。
