国際女性デーにあわせて、Tokyo Art Beatの過去記事から10本をピックアップ。女性作家の表現、フェミニズム、ケア、労働、クィア、アート史における不可視化などをテーマにした対談やインタビュー、論考を通して、アーティストたちの実践や、作品を取り巻く社会的・歴史的文脈を振り返る機会にしてみてはいかがだろうか。
YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)は、1990年代のイギリスで頭角を現したアーティストたちを指す。本記事では、いわゆる「YBA的」とされる表現に偏らず、フェミニズムやクィア理論に基づく「身体のポリティクス」の観点から代表的な作例をたどる。「YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」展は、国立新美術館で5月11日まで開催中。レポートはこちら。
草間彌生や田中敦子のように世界的に評価される作家たちと同時代に活動しながら、歴史のなかで見えにくくなった女性作家たちがいる。「アンチ・アクション 彼女たち、それぞれの応答と挑戦」展を起点に、女性がアーティストとして直面する偏見や制度的な困難、そしてこぼれ落ちた表現を現在の視点でいかに読み直すかを掘り下げる対談をお届け。豊田市美術館、東京国立近代美術館を巡回した本展は、3月25日より兵庫県立美術館で開催される。本展を企画した3館のキュレーターへのインタビューもチェックしてほしい。
日本のアートシーンや美術史におけるフェミニズム、ジェンダー、クィアをめぐる20年を振り返りつつ、その先の表現やメディアの在り方を展望する。ジェンダーの視点から表象文化論や美術史研究を牽引してきた北原恵(大阪大学名誉教授)と、アート・プラットフォーム「FAQ?」の発起人である谷川果菜絵(MES)、小宮りさ麻吏奈による座談会。
第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に招待された嶋田美子とブブ・ド・ラ・マドレーヌ。グループ展「CAMP」(オオタファインアーツ)での28年ぶりのコラボレーションを機に、明治期の帝国主義やクィア、手法としてのドラァグやパロディーについて語り合った。
ベルリンを拠点に活動するアーティストのマヤ・エリン・マスダ。山口情報芸術センター[YCAM]での個展「scopic measure #17:マヤ・エリン・マスダ Ecologies of Closeness 痛みが他者でなくなるとき」を機に話を聞いた。ヴィジュアルやサウンドが生み出す美しさや心地よさの裏に、グロテスクな毒性も同居する複層的な空間。その制作の背景に迫る。
1930年にニューヨークで生まれた作家の回顧展「フェイス・リンゴールド:アメリカン・ピープル」(2022、ニュー・ミュージアム)を通して、フェイス・リンゴールドが黒人女性としてのアイデンティティとアメリカ社会の現実をいかに力強く作品化してきたかをたどる。自由や平等を掲げた当時の社会運動のなかで、黒人女性がいかにこぼれ落ちていたか。差別の交差性を考えさせるレビューをお届け。
戦前の日本では、女子の美術教育に手芸が含まれていた時期もあったが、戦後の男女共通化に伴い消えてしまった。「おかんアート」という親しみやすい呼称の背後にある価値づけの偏りを見つめ直し、手芸とアートの関係をジェンダーと美術制度の観点から問い返す。
日本における第4波フェミニズム・アートを代表するグループ、明日少女隊。2023年の日本初個展「We can do it!」(北千住BUoY)にあわせ、フェミニズム、アクティビズム、アートをどのように結びつけ、日本や東アジアに向けた実践として展開してきたのかを聞いた。
昨年、初の大規模個展「今津景 タナ・アイル」(東京オペラシティ アートギャラリー)を開催した今津景。インドネシアへの移住後に大きく展開した制作を手がかりに、女性性、植民地主義、環境問題への関心がどのように結びつき、新たな表現へと開かれていったのかをたどる。
名作小説『オズの魔法使い』で少女ドロシーがオズの国に迷い込むずっと前の物語。もっとも嫌われた「悪い魔女」ともっとも愛された「善い魔女」、ふたりの過去を描いたミュージカル『ウィキッド』を、ジョン・M・チュウ監督が2部作で映画化。『ウィキッド 永遠の約束』を見る前に、現代魔女の円香によるレビューを読み返したい。