「2025年ベスト展覧会」番外編としてTokyo Art Beat編集部が選ぶ8展をお届けします。ほかの有識者・筆者の方々から挙げられらなかった展覧会のなかから、スタッフがひとり1展を取り上げます。
有識者とユーザーが選んだ「2025年ベスト展覧会」はこちら。
「令和6年度 文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業 成果発表イベント『ENCOUNTERS』」 (TODA HALL & CONFERENCE TOKYO)
今年マイページで「行った」にしたイベントは200近かったけれど、どれかひとつを選ぶとなるとやはりなやましい。かつてTokyo Art Beatでも屈指の人気イベントだった「文化庁メディア芸術祭」のプログラムの後継としての取り組みでもある、文化庁メディア芸術クリエイター支援事業、そしてその成果イベントを挙げてみたい。これまで展覧会、としての形式ではなく、授賞こそすれたんなる褒賞でしかなかった反省が着実に活かされている。民間のアワードもここ数年で大幅に増えたが、メンター制度など受賞後のサポートがどれも充実してきている。

「伊藤慶二 祈・これから」(岐阜県現代陶芸美術館)
死、喜び、悲しみ、美しさ、遊び、愛。それらすべてを「祈り」という言葉で静かに包み込む展覧会だった。展示室を進むほどに胸の奥が揺さぶられ、気づけば涙がドバーッと溢れていた。今年見た展覧会のなかで間違いなくもっとも心を震わせるものだった。

榎本八千代 「20050810」(WHITEHOUSE)
4歳だった最愛のひとり息子を保育事故による熱中症で失った榎本八千代。彼女が息子の喪失と向き合うために残した遺品の写真作品、そして当時の新聞記事などを用いたコラージュ作品は、榎本自身が体験した深い悲しみや怒りが率直に表現されていた。私が展示を訪問した日は8月9日。息子である侑人さんの命日の前日だったこともあり、写真に映る保育所の廊下や展示台に置かれた小さなアンパンマンの靴がいまでも生々しく脳裏に焼き付いている。

「近藤亜樹:我が身をさいて、みた世界は」(水戸芸術館 現代美術ギャラリー)
取材する機会を逃してしまった展覧会のなかから本展をあげたい。
子供が放つ圧倒的な光、そして母子像の温かく湿った力強さ。近藤さんの絵の前に立つと、充満した生命のエネルギーが爆発してこちらに降り注いでくるような感覚を受ける。どうしても我が身を振り返り、感応し、心を揺さぶられずにはおれない。東日本大震災以降、災害や戦禍にある人々への想いを表現し続けてきた作家。2018年には妊娠中に旅先で夫が亡くなるという大きな悲しみを経験し、その後出産している。想像できないほどの苦しみや葛藤があったのではないかと思うが、それでも原色が躍動する画面は、悲しみではなく喜びと光に満ちている。展覧会にはサボテンの絵も数多く展示されていたが、サボテンは成長するときに自分の身を裂いて成長していくのだという。そんなあり方がタイトルに付された本展は、「こういうふうにしか生きられない」不自由さや困難をも丸ごと抱き込んだまま、生を祝福するかのようだった。
福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)
「Tokyo Art Beat」編集長
「国松希根太 連鎖する息吹」(十和田市現代美術館)
今年は数多くの展覧会が印象に残ったが、そのなかでも12月に訪れた本展をベストに挙げたい。取材で初めて足を運んだ十和田市現代美術館——コレクション展の充実はもちろん、同月に開幕した企画展がとりわけ心に残った。北海道を拠点に活動する国松希根太の作品は、力強さを湛えながらも、どこか神秘的な美しさで目を引きつける。作品にもちろん触れることはできないが、その存在感は十分に伝わってきた。東京ではなかなか出会えない、力強い彫刻だった。

灰咲光那(編集部)
灰咲光那(編集部)
「プラカードのために」(国立国際美術館)
1960年代に「たった一枚のプラカード」が社会を変える可能性を綴った田部光子の言葉と作品を出発点にしたグループ展。田部だけでなく、その思想や作品に共鳴しつつ、それぞれの方法で表現する現代作家たちの作品が並んだ。切り絵を用いる谷澤紗和子や、「ひとりデモタイ」をインスタレーションで提示する牛島智子、自身のポートレイトと長崎の平和祈念像を対比させる金川晋吾など、作家たちは多様な手法で、時にユーモラスに社会へと応答する。個人の行為や声が持つ力を改めて実感させられ、エネルギーをもらえる展示だった。

「Tsu-tsu-mu展 世界をやさしく繋ぐデザインの作法」(松屋銀座)
本展のテーマは「包む」。卵やおにぎり、日本の折形、現代のプロダクトや建築まで、身近な事象に潜む「包む」という行為を、ケアの視点からとらえ直す展示。会場では約90点の作品を通して、その本質と可能性が示されている。
なかでも印象に残ったのは、各展示に添えられたキャプション。バナナの皮を「食べごろを伝えるパッケージ」ととらえる視点や、ピエール・エルメ・パリ〈イスパハン〉を「名菓のオートクチュール」と表現する言葉、PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKEの「着る人の分だけ、形がある」という一文。展示物と言葉が響き合い、読み進めるほどに心があたたかくなる。
包むとは、守ることでもあり、受け入れることでもある。そんな当たり前でいて見落としがちな感覚を、そっと思い出させてくれる展示だった。


「KAAT EXHIBITION 2025 大小島真木展|あなたの胞衣はどこに埋まっていますか?」(神奈川芸術劇場)
アーティストデュオ、大小島真木(大小島真木+辻陽介)の個展。メキシコでのレジデンス滞在と第一子の出産を経て開催された本展は、羊膜や胎盤を意味する「胞衣」をキーワードに、生命、世界への祈りを立ち上げる。劇場ならではの環境を活かした空間構成が印象的で、光と音に導かれながら、ふわふわと会場を漂うような体験がとても新鮮であった。
井嶋 遼(編集部インターン)
2025年はTokyo Art Beatをご覧いただき、どうもありがとうございました! 2026年も様々な角度からアートのいまを伝える記事を制作していきます。ご期待ください。
*年末特集「2025年回顧+2026年展望」は随時更新。
「2025年ベスト展覧会」
▶︎五十嵐太郎
▶︎平芳裕子
▶︎和田彩花
▶︎能勢陽子
▶︎鷲田めるろ
▶︎鈴木萌夏
▶︎大槻晃実
▶︎小川敦生
▶︎山本浩貴
▶︎倉田佳子
▶︎小川希
▶︎番外編:Tokyo Art Beat編集部